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国立の住基ネット裁判 − 国家権力になびく司法を踏みとどまらせた国立の住民自治

2014年6月2日



関口博さん(前国立市長)


 前国立市長の関口博です。現在、市長を辞してから住基ネット関連の裁判を3つ抱えることになりました。どの裁判も住民自治を守るために決して負けられない裁判です。その中の一つ「住基ネット不接続時に要した費用を関口に支払わせる」、という住民訴訟が2009年12月に起こされました。この住民訴訟で、私は敗訴したので控訴中でしたが、佐藤新市長が、控訴審の審議が一度もされないうちに控訴を取り下げるという非常識な行為を行ったため、住民訴訟の判決が確定しました。その結果、私は、40万円を国立市に支払うような状況になりました。控訴審で一度も審議されなかったこと、また市民の裁判を受ける権利を新市長が剥奪したことに抗議し、私は支払いを拒否しました。佐藤新市長は、2011年12月に関口を訴えました。この裁判を40万円裁判と呼んでいます。住民訴訟、40万円裁判一審判決と関口敗訴が続きましたが、2014年2月東京高裁が関口逆転勝訴の判決を出し、確定しました。住基ネットについて全国各地で裁判が起こされましたが、住基ネット不接続に賛成する側がほとんど敗訴しているなか、支援してくださっている市民の皆さんからは、「良く勝ったね」という声をたくさんいただきました。
 40万円裁判に続いて、新市長が住基ネットを接続するために要した約3400万円を国立市は関口前市長と上原元市長に請求しろという裁判が起こされました。この裁判を3400万円裁判と呼び、訴訟を起こしたのは、40万円裁判と同じ防衛大学教授鈴木雄一原告です。3400万円裁判も2014年5月16日東京地裁判決(控訴されるかは未定)で勝訴しました。これらの裁判は、後述するように、住民自治、地方自治の根幹を揺るがす内容を含んでいましたので、支えてくださった市民の皆さん、日弁連の弁護団の皆さんに深く感謝するものであります。
 国立市の住基ネットの裁判は、他の地域の裁判と事情が大きく異なり、住基ネットを切断している首長が接続を要望する住民に訴えられるというものです。私は、市議会議員の時から住基ネットの危険性を訴え切断を要望し、国立市は、2002年12月に住基ネットを切断しました(上原元市長)。2007年市長選で、私は住基ネット切断継続を公約にして市長に当選しました。住基ネット稼働時は、その危険性をマスコミも報道していましたので、全国で8自治体が切断していましたが、私が市長に当選した時、切断していた自治体は、福島県矢祭町と国立市だけになっていました。住基ネットは、2015年から施行されるマイナンバー制度のインフラ整備として使われます。マイナンバー制は、各人に背番号をつけて財産、医療、保険、年金、行動、思想などほとんど全ての個人情報を国が一手に掌握し、さらに民間にも解放されるシステムです。本人の知らないところで、国や企業に監視される社会が到来し、また、個人情報を利用した大きな犯罪の原因になると危惧しています。
 2月に判決が確定した40万円裁判は、当初住民訴訟でした。住基ネットを切断していた時に市民の利便性を考えて年金の本人確認のはがきを国立市が肩代わりして郵送していた費用や住基ネット切断によって本人履歴(市への入出履歴)が損なわれないようにデータを保存していたメンテナンス費用等約600万円の支出が損害賠償に値するとして、原告が、当時市長であった関口を訴え、国立市に支払うことを求めた裁判でした。住民訴訟の一審では、住基ネット切断は違法であり、それに関わる費用に対して損害賠償を認め、関口が国立市に40万円を支払うよう判決が出ました。その後、私が控訴し、佐藤新市長が控訴を取り下げ、住民訴訟一審判決が確定し、40万円裁判へとつながったことは、前述しました。控訴審で私たちが勝訴するまでに3年半もの長い期間を要しました。佐藤新市長が、控訴を取り下げたたことは、一市民の裁判を受ける権利を権力によって奪うばかりでなく、支援してくださった多くの人たちの時間と費用と労力を奪うことになり、許しがたい行為であったと思います。
 住基ネット切断継続は、市長選によって市民の付託を受けた市長(関口)が、公約を実現したことです。公約を実現して、そのためにかかった費用を、市長をやめた市民に負わせるというのが住民訴訟一審判決の内容でした。国の政策に逆らった者は、許さないという判決が住民訴訟、40万円裁判一審判決と続きました。このような判決が、判例となったのでは、首長は委縮して大胆な政策を掲げることはできなくなります。このことを危惧した市民の皆さんが集まり、「市民が選んだ首長なのだから、市民が守らなければ、住民自治の崩壊につながる」と、自分たち自身の問題として捉え、矢面に立たされた私を支えて下さいました。支えてくださった住民の皆さんは、全ての裁判を傍聴し、その内容をチラシにして各戸配布したり、街での情宣活動をしてくださり、住基ネットに対する関心が薄らいでいく市民の意識を喚起してくださいました。
 また、40万円裁判の一審判決は、住民裁判の判決内容よりさらに厳しく、関口が判決に従わず国立市からの請求に応じなかった場合は、国立市は、関口の資産を差し押さえることができるという、判決文になっていました。逃げも隠れもしない関口に対するこのような裁判所の判断に対して、市民は、関口の資産が差し押さえられないように、裁判所に収める供託金を集めるための募金活動を始めてくださり、供託金に必要な額を一日にして集めてくださいました。このように地方自治を首長一人のものとせず、市民一人ひとりが責任を負うということを実践してくださっていることに深く感銘を受け、また感謝しています。
 このような市民の皆さんの具体的支援を受けながら、40万円裁判控訴審で勝訴しました。控訴審での特徴的かつ画期的であると考えられる裁判判断は、首長が、国の政策に反対しそれがたとえ違法であっても、住民の利益に適うものであれば、地方自治の本旨として認められる、と読める判決文になっていることです。
 損害賠償請求項目の一つに、郵送費というのがあります。郵送費は、住基ネット不接続によって、年金受給者の本人確認は、本人がはがきを出さなければならないので、本人負担を軽減するために市が取りまとめて郵送していた費用です。その郵送費に対して、控訴審では、次のような判断をしています。「本件不接続を継続したことは同法に違反し違法というべきである」としながらも「本件郵送費支出は、本件不接続によって生じる住民の負担を軽減、是正するための費用ということができ、住民の上記負担の軽減という当該支出により得られる利益に比して、その支出による損失が著しく多額で均衡を欠くことをうかがわせる事情は認められない」。今まで敗訴してきた裁判判断は、住基ネット不接続は、違法であり、それに要した支出費用は全て違法であるから、賠償金を支払えというものでした。これに対し、控訴審の判断は、住基ネットの不接続は違法であるが、住民の利便性に支出したものは認める、違法としないということです。
 少し前まで地方分権が盛んに叫ばれていましたが、安倍政権下で中央集権的な政策が進められ、日本全体がその方向に向かう中、住民の生活を守るという地方自治の本旨を司法が認めたということは、司法が良心的な判断をしたとも言えますし、市民が住民自治を守るために大きな成果を獲得したとも言えると思います。
 マイナンバー法、秘密保護法、集団的自衛権を認める憲法解釈と現政権は、戦争ができる国へと着々と歩を進めています。そして、この国を根本的に変えるために最後にやってくることは、国民を挙国一致へと向かわせる制度と風土作りです。その為には、地方分権は邪魔なものです。なぜなら、国に従わず、地方が勝手なことを言っていれば、挙国一致できないからです。沖縄の小さな町、竹富町の教科書採択問題で、国が直接是正要求を出すという異常事態がありました。巨大な国家権力が小さな町の独自の意見も許さない、という中央集権の強権的な姿勢を示しました。このような社会状況になりながら国立の40万円裁判控訴審がこのような判決を出せたのは、司法は国家を常に気にしているが、国家権力が一地方都市の司法判断までは支配しきれていないということかもしれません。
 今回の司法判断で見えたことは、司法は判例、先例主義であり、その域を脱することはできない、そして、その枠組みを超えられるのは政治である。しかし、集団的自衛権容認の憲法解釈などのような明らかな政治の暴走を抑えられるのは、住民と地方自治と司法であると。司法の限界をこえることと政治の暴走を抑えることができるためには、どこに視点を持つかということにかかってくるのでしょう。国家を第一と考えるか、一人ひとりの命と尊厳を第一に考えるか。日本国憲法は、後者の視点をもって理想的な社会をつくることを、人々に求め、政治に求めているのではないでしょうか。
 日本には、けっして疎かにしてはならない国是があります。主権在民、基本的人権の尊重、平和主義、これらを貫いているのが日本国憲法の前文にある思想だと思います。一人ひとりの命とその尊厳を大切にする前文の思想を、これからも私は大切にしたいと思っています。

◆関口博(せきぐち ひろし)さんのプロフィール

学歴
1977 昭和52年 東京水産大学(現、東京海洋大学)海洋環境工学科卒業

職歴
1999 平成11年5月 国立市議会議員 1期目就任
2003 平成15年5月 国立市議会議員 2期目就任
2007 平成19年5月 国立市長    就任
2011 平成23年4月 国立市長    退職

資格
昭和49年11月 柔道弐段





 
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