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住んでみてからの沖縄発見
<その1>大自然の尊厳と権利

2014年4月14日



河野道夫さん(国際法市民研究会世話人) 



 永住するつもりで本島中部の読谷村民になって2年半。住んでからわかった沖縄について、「大自然の尊厳と権利」と「人間の誇りと尊厳」という視点から報告します。この二つは、これまでの護憲運動などに希薄だったと思われるからです。なお、後者は<その2>として5月中旬に掲載の予定です。

自然を家族化する人々

 朝まだ暗いうちから海岸と公園のゴミを拾い、草を刈って砂浜に花壇を作り、手押し車のバケツに公園で水を汲み、海岸の花壇に戻って水遣りをする、未組織・無報酬の中高年女性グループを村のあちこちで見かける。辺野古海岸と大浦湾を埋め立てる普天間基地移設計画に反対する陣営にも、同じように自然を"家族化"している人が多い。これらの人々は、ジュゴン・ウミガメ・サンゴ礁を子や孫のように想い、その「権利を奪うな」と叫び、河口のマングローブ林や近くのヤンバル(原生的自然林)の動植物が損傷されることにも心を痛めている。しかし、ここに大型のクレーンとブルドーザー、測量船と監視船が、続々と結集する日は近い。

護憲派も開発優先 

 恩納村は人口1万数百人だが、海岸沿いの米軍通信施設60ヘクタールが返還され、跡地に収容人員4,500人のホテル群ができる。マレーシアの開発会社が跡地を買占め、すでに8割以上の土地が売却または100年の賃貸契約を済ませた。2∼300人といわれる地主の中で、契約を拒否しているのはたった3人。廃棄物や下水の処理、水源の確保、通学路の安全などを問題視し、生態系の破壊を憂慮するためである。だが村長も議会もこぞって推進派。全16議員中2∼3人の革新系までも、推進か沈黙かのどちらかだという。地主3人によれば、環境よりも開発を優先する議員は、自然を生かす沖縄のビジョンを描くことができず、護憲派であっても「革新」の名に値しない。

人類規模の幸福追求

 ところが国連その他国際機関はつとに80年代後半から、物質的豊かさの偏重を反省し、自然と人間がともに豊かになる道を本格的に探求している。たとえば1993年に国連の提唱した「環境・経済統合勘定」は、「人間の権利と人間ではないものの権利との最適バランス」を強調し、開発・成長という短期的概念を「人間と自然双方の利益」という長期的概念に置き換えよと主張。また国連開発計画は94年版報告書で、「経済成長を目的とせず手段と考え、現世代だけでなく将来世代が生きる条件を保護し、あらゆる生命体が依存しあう自然体系」の尊重を訴え、最近では2011年、OECD の「グリーン成長に向けて」はGNP に替わる包括的指標を提起した。つまり幸福追求権の内容や方向が、人類規模で追求されているのである。日本でも政府の2011年度委託研究が、「GNPの急激な伸びにかかわらず、1970年代以降、国民の幸福度や生活満足度は一向に向上していない」と指摘している(京大「持続可能性指標と幸福度指標の関係性に関する研究報告」2012年)。

自然との精神的なつながり

 国連総会による2007年「先住民族の権利宣言(以下、権利宣言)」は、大地や海に対する「特有の精神的つながり」を維持・強化する権利を規定した(第25条)。これも、人類規模の幸福追求の一環である。人間は自然生態系の構成要素である以上、この権利は先住民族でなくても主張できる普遍的な人権だからだ。また、世界の少数民族による2010年「コチャバンバ人民合意」によると、先住民族は「大地を生き物と考え……大地と不可分の関係にあるとともに、相互に依存的かつ補完的、また精神的な関係」にあるとし、「母なる大地の権利宣言」を提唱した。ただし、自然との「精神的な関係」を自覚する人は、民族を問わず世界中に存在している。

先住民族の定義

 国際人権規約人権委員会は2008年対日審査報告で、琉球・アイヌ両民族を「先住民族」と認めるよう勧告した。これに対し政府は、「先住民族の定義がない」として、拒否している。しかし1997年札幌地裁による「二風谷ダム事件」の確定判決によると、先住民族とは「国家の統治が及ぶ前に……その支持母体である多数民族と異なる文化とアイデンティティをもつ少数民族が居住していて、その後その多数民族の支配を受けながらも、なお従前と連続性のある独自文化およびアイデンティティを喪失していない社会集団」であり、少数民族が先住者の場合は「一層の配慮を要する」とした。この司法判断は、政府によって完全に無視されている。

日米植民地の延長

 いまなお人々の記憶に残り、日常的に語られているのは、1609年薩摩藩による武力征服、1879年ヤマトの琉球処分による植民地化、1945年沖縄戦で陸軍が住民を盾に利用した事実、そしてアメリカによる植民地化である。また1972年日本復帰いらいの現状は、「日米両国による植民地の延長」と考える人が多い。復帰後、米軍基地がかえって拡大され、在日米軍地位協定という不平等条約を押しつけられているからだ。したがって、先住民族の権利宣言が前文で、植民地化などによって先住民族が「発展する権利の行使を妨げられ……歴史的不正義に苦しんでいる」と指摘したことが歓迎され、「定義がない」とうそぶく政府が嘲笑される背景になっている。

軍事活動の禁止

 「権利宣言」は、大地や海との「精神的つながり」を維持・強化する権利に加えて、その土地・領域・資源の使用権と管理権を規定するとともに(第26条)、その場における軍事活動を禁じるが、「公共の利益により正当化される場合」は別とした(第30条)。ここで軍事活動が禁じられたのはなぜか。軍事力は通常、支配民族の政府が組織しているから、先住民にとっては諸権利の侵害や抑圧の原因となることが多く、文化享有権も妨げられる。一方、国際人権規約は少数民族に属する者の「固有文化享有権」を自由権として規定する(自由権規約第27条)。同規約の自由権には公共の利益など「抽象的・一般的な制約には服さない」特徴がある(桐山孝信「二風谷ダム事件」―『判例国際法第2版』東信堂2006年p300)。したがって、琉球民族(先住民族と同時に少数民族)の固有文化享有権のためには、公共の利益(政府からすれば日米安保条約)によって沖縄での軍事活動を正当化することは許されないと考えられる。

自立沖縄の市民パワー

 沖縄の人々が自然との一体観を持ち、大自然の尊厳と権利をよく理解しているのは、独特の自然環境のうえに450年余の歴史を持つ独立琉球の伝統文化に基礎があるだろう。しかもそれは、先に見た世界規模の幸福追求の方向と合致している。つまり自然と人間の関係に見る沖縄の伝統価値は、未来価値でもあり人類普遍の価値でもある。沖縄に「懐かしい未来」を感じる人が多いのも、それが理由かもしれない。しかし、その方向はすでに日米の軍事活動や内外資本の開発によって歪曲され破壊されている。それを阻止または是正するため、自立沖縄の市民に何が必要か。それは、少なくとも内外の法・制度に関するリサーチと、研究討論の組織化であり、私たちがお役に立つ余地もそこにある。皆さんの参加をぜひお願いしたいと思います。
(メール)international_law_2013@yahoo.co.jp(電話)080-4343-4335河野
(ブログ)「国際法市民研究会」で検索。

◆河野道夫(こうの みちお)さんのプロフィール

1942年東京都生まれ。1945年5月25日の空襲で家が全焼。早大政経学部政治学科卒。1968年社会党本部書記。政策審議会に配属され、2002年の退職まで立法政策活動が中心。その間、1995∼6年村山総理大臣秘書官、00∼02年「今週の憲法」編集長。退職半年後、スコットランドに留学。英語スクールの後、05年からアバディーン大学院で国際法を学ぶ。修士論文「対テロ戦争の合法性」で「非合法性」を精査し08年4月パス。この間、警察からアルカイダの友人扱いされ、でっち上げ事件で1年間刑事被告。むろん無罪。比較宗教学やスコットランド独立運動も学んだ。





 
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