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今週の一言

 

いのちの市場化を進めるTPP

2014年2月3日



内田聖子さん(アジア太平洋資料センター〈PARC〉事務局長)


★新自由主義政策とTPP

 2013年7月23日、日本はTPP(環太平洋パートナーシップ経済連携協定)の交渉参加国となった。TPPとはアジア太平洋の12か国による貿易協定で、その最大の特徴は以下の点に尽きる。
 @すべてのモノやサービスの関税撤廃(=徹底した自由貿易の推進)。
 A関税以外にも、各国の法制度や基準、慣行などの「非関税障壁」についても一元的なルールづくりを目指す。
 B徹底した秘密主義の交渉
 C米国を中心とする多国籍大企業の利潤追求の手段

 私たち国際NGOは、1980年代から世界中で進められてきた新自由主義政策と自由貿易の波に、一貫して反対し警鐘を鳴らしてきた。なぜならばそれは「いのちの市場化」そのものに他ならないからだ。すでに途上国・先進国を問わず大企業の進出により、水道や教育、医療などの公共サービスが民営化されている。私たちの周りには外国産の安いモノがあふれている。例えば米国には日本のような皆保険制度はなく、国民のほとんどは民間の医療・保険会社のサービスを受ける。虫歯1本直すのに何十万円の費用がかかり、盲腸手術をするために家を売り払って入院する中間層も当たり前だ。またアフリカや中南米の途上国では水道サービスが外資系企業によって民営化され、料金が何倍にもあがって払えない人たちが続出。即座に水道は止められてしまった。米国では日本では使用許可されていない多くの農薬や添加物も使用できるため、モンサントやカーギルなどの食物メジャーは、大量の安い農産物・食品を国内で売り、海外へと輸出している。グローバル企業は、各国に工場進出し、もっとも安い人件費で最大限の利潤をあげている。
 食べ物や水、医療や教育など、人間のいのちや尊厳に関わる産業はそもそも徹底した自由競争の市場(マーケット)に放り投げてはいけない人間の営みなのだ。しかしTPPは、まさにそれ自体を市場化しようとしている。「邪魔な規制を取っ払い、劣悪であっても安くて大量に生産できるものを地球の隅々にまで売っていこう、そうすれば大企業は儲かる」。これがTPPの理念である。
 TPPがカバーする領域は広く、農産品の関税、金融サービス、医療、労働、知的財産など実に21分野にもなる。これら全分野において、つまり私たちの生活や制度、文化まで含めて、丸ごと市場に投げ出されることになる。安倍首相は、アベノミクスのスローガンとして「日本を世界で一番、企業が活動しやすい国にする」と述べたが、まさにこれがTPPの目指すところである。

★多国籍企業が牛耳る交渉

 私はこれまで3回、TPP交渉の現場にNGOとして参加したが、会期中に1日だけ参加を許されるステークホルダー(利害関係者)として参加していた多くは、米国の大企業だった。カーギル、フェデックス、GE、フォード、ナイキなど私たちもよく知った企業が、交渉官に対し「セールストーク」を盛んに行っていた。モンサントやシェブロン、ウォルマートなど名だたる企業約50社が加盟する「TPPを推進する米国企業連合」も参加していた。これら大企業は、日常的に自国の交渉担当官や国会議員などと密に連絡をとり、自らの利益を最大限TPP交渉に反映させるべく活動を行っている。つまりTPPとは「国と国との貿易交渉」という顔をしながら、実は米国を中心とする「多国籍企業」によるルールづくりなのだ。そして、交渉のプロセスはすべて秘密裡で行なわれ、参加国の人びとの暮らしに大きな影響があるにもかかわらず、決して知ることができない。これほどに不正義で、屈辱的で、非民主的な協定はかつての貿易交渉でも類を見ない。
 秘密主義はTPPの最大の特徴の一つであるが、実は米国では「回転ドア人事」といわれるように、大企業の元トップや重要人物が「転職」して政府の貿易交渉官になることが当たり前となっている。例えば現在、TPP首席交渉官を務めるフロマン氏はCITI出身であり、TPP交渉の保険分野の交渉官が大手保険会社出身であったり、知財分野の交渉官が製薬会社出身だったりする。これら企業出身者は、「どうすれば米国企業にとって有利な交渉となるか」「何を獲得すべきか」をビジネスの現場の経験から熟知しており、TPP交渉のまさに最前線で交渉官としての力量を最大限発揮するのである。当然、秘密であるはずの交渉内容は、こうした人事ルートを通じて各業界のトップに漏れ伝わっているという認識は国際NGOの間では「常識」となっている。
 自民党の国会議員ですら交渉テキストを見ることはできない。自民党内のTPP交渉参加反対・慎重派である「国益を守り抜く会」の約250名もの国会議員も同じである。これら議員の多くは先の衆参院選挙にて「TPP断固反対」を訴え当選した農山村を基盤としており、当然、交渉参加後は地元から不安や懸念、失望の声を日々浴びている。有権者には突き上げられ、しかし交渉についての情報は知らない、という板挟みの状態に、これら自民党議員は苛立っている。

★いま交渉はどうなっているのか

 昨年10月のインドネシア・バリ島のAPEC会議でも交渉はまとまらず、昨年末の時点でも妥結はされていない。
 なぜか。
 一言でいえば、「早期に妥結したいが、内容は一切譲りたくない」という米国のわがままな姿勢のせいだ。国内の大企業からの激しい圧力により、米国政府は企業の利益を最大限追求しようとしてきた。それに対し、マレーシアやベトナム、チリなどの国が反発している。その一方で、今年11月の中間選挙に向け、オバマ政権にとって「TPP妥結」という成果は重要なアピールとなる。通常の交渉であれば、何かを勝ち取りたければ何かを譲ることが常なのだが、「早期妥結」「自らの利益」という矛盾に満ちた二兎を追う米国は、実はかなり追いつめられている。
 ではこうした状況の中で私たちには何ができるのだろうか。
 全国各地を講演で歩くと、「もう交渉に入ったんだから、何もできない」「絶望とあきらめで力が出ない」というような声を聞く。特に農山村での怒りと絶望は深い。
 しかし、あきらめている場合ではない。先に述べたように、そもそもTPPとは単なる貿易の問題ではなく、私たちの暮らしや社会全体を市場に投げ出そうとする攻撃だ。そのこと自体は、これまでも、そして仮にTPPが妥結しなかったとしても、引き続きやってくる大きな波なのだ。そう考えたとき、私たちは地域で、職場で、友人や仲間たちと、SNS上で、それぞれの運動をさらに大きくしていく必要がある。
 私の参加する国際NGOのネットワークは、TPP交渉の情報を日々キャッチし、メールで共有、分析をして、すぐに各国でのロビイングやキャンペーンに活かしている。私自身も、首相官邸前での抗議アクションや、国会議員へのロビイ活動、政府への情報公開請求などを行なってきた。10月には学習会やイベントなどで気軽に上映できるDVD教材『誰のためのTPP?—自由貿易のワナ』をPARCでリリースし活用いただいている。
 この3年で、各分野でTPPを反対している運動体やグループが横につながり、大きなネットワークを組むことができた。業界や組織の規模・性格の壁を越えて、つながりあうことも可能だろう。自由貿易の波を押し返していけるような地域づくり、暮らしづくり、仲間づくりには、情報と知恵、各自の異なる経験が武器になる。私たち一人一人は、微力ではあるが、決して無力ではない。

◆内田聖子(うちだ しょうこ)さんのプロフィール

NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長・理事。
自由貿易、多国籍企業などの調査研究、政策提言、キャンペーンなどを行う。
TPPに関しては国際NGOとして交渉をウォッチ、TPP反対の立場からの発言を行う。
「STOP TPP官邸前アクション」呼びかけ人。
ツイッター:@uchidashoko





 
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