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今週の一言

 

在特会らに対する京都地裁判決の社会的意義

2013年11月4日



冨増四季さん(弁護士・京都第一初級学校嫌がらせ事件弁護団事務局)


1 京都地裁判決の概要 〜当然の帰結〜

 京都地裁は10月7日、在特会らに対し、朝鮮学校周辺でヘイトスピーチ街宣を繰り返したことにつき、1200万円余りの賠償と街宣の禁止を命じました。
 この判決については、在特会に高額の賠償を命じたことや人種差別撤廃条約を適用したことなどで注目を集め、大きく報道されましたが、学校が受けた深刻な被害実態(脚注)を知っている我々弁護団の認識からすれば、至極当然、当たり前の帰結と受け止めています。
 弁護団でなくとも、少しでも法律の知識がある人が今回の街宣動画を見れば、即座に、表現の自由による無罪などがありえない「威力業務妨害」「名誉毀損」事案であることがわかったはずです。そして、これによって子どもたちが受ける心の傷や、教員や保護者のみなさんの不安がずっと続くことについても容易に想像できることです。事件直後の呼びかけには、すぐさま97名もの弁護士が弁護団参加を表明しました。
 判決はある意味、事件直後においても予想することができた当然の結果であったということができます。

(脚注:ヘイト被害の特徴として、各種ヘイトスピーチの研究において沈黙効果、特殊な精神的苦痛といった点が指摘されますが、本件では特に顕著に現れ、学校の被害を深刻にしました。ご関心がある方は、ぜひ、雑誌「世界」に連載(本年7〜9月号)された中村一成氏のルポ「ヘイトクライムに抗して」をご参照ください。本稿で用いた「共犯的な寛容さ」という表現は中村氏の言葉です。)

2 警察の「共犯的な寛容さ」

 判決の当然さ加減との対比として、異常であったのは、悪質な街宣を目の前で現認しながら「共犯的な寛容さ」をもって介入せず、漫然と被害が拡大するにまかせた警察の対応です。
 かねてより、日本の警察組織は、国家権力や大企業に対する正当な表現行為に対しては過剰ともいえる介入をしてきました。それなのに、ひとたび被害者が在日コリアンというマイノリティや社会的弱者となると、悪質な威力業務妨害行為を現認しながら、積極的な指導も現行犯逮捕もしなかったというのです。
 在特会等のヘイト街宣の動画には、臨場した警察官の「共犯的な寛容さ」も写り込んでいます。これが、在特会らを勢いづかせ、社会的に許されている行為であるかのような誤解を多数の視聴者に広め、その後の全国各地でのヘイト街宣の蔓延を許した一つの要因となったと考えられます。
 さらに言うのであれば、起訴まで9ヶ月もかかった検察官の事件処理の遅さも問題です。これに続く刑事裁判での量刑評価で、差別扇動やヘイト被害について全く無反省であった被告人らを執行猶予とした点も疑問です。再度、今回の判決の評価をふまえ、そして、人種差別撤廃条約の趣旨を照らし合わせながら精査して批判される必要があるでしょう。

3 今後の警察の対応

 本件については刑事裁判の有罪判決が確定しているうえに、さらに本件判決では違法な人種差別と明快に判断されています。裁判所は、日本政府の人種差別撤廃条約上の義務にまで踏み込んで判示しました。それでもなお、警察幹部は、「表現の自由もあるので、これまでどおりの対応となる」といった趣旨でコメントしているようです(毎日新聞記事)。警察も、裁判所と並んで、日本政府の一機関である以上、条約上の義務を遵守しなくてはいけないはずなのですが、この点については理解されていないようです。
 もちろん、現行法に抵触しない態様でのヘイト街宣もありえますので、どのような行為態様を念頭に置いたコメントなのかは分かりません。しかし、本件のように、現行刑法に明らかに抵触し、極めて悪質さも見られる街宣に対してもなお、警察が「共犯的な寛容さ」を維持することは許されません。

 本判決が出る前にも既に、警察庁長官官房 河辺審議官は、有田議員の国会質問に対し、民族を指して「殺すぞ」という場合には被害者が特定されないから現行法では対応できない、としながらも、「具体的なものをしっかり見極めていかなければいけない。」「警察としては集団行進(デモ)の許可に際して、違法行為がないように事前にしっかりと指導している。」「違法な事実があれば、しっかりと対応する。そういう言動が刑罰法令に抵触するものであれば、当然対応する。」と明快に答弁しています(2013.5.9参議院法務委員会)。判決後には、菅官房長官も「最近、ヘイトスピーチと呼ばれる差別的発言で商店の営業や学校の授業などが妨害されていることは、極めて憂慮すべきものがある」(時事通信2013.10.7)とコメントしています。こうした官僚答弁を積み重ねて、全国の警察組織において責任ある対応を促していく取り組みを進めていく必要があるでしょう。

4 表現の自由との関係について

 ヘイトスピーチ規制と表現の自由の論点については、ごく最近の国連のラバト行動計画(PDF)(2012)、CERD一般的意見35(2013)といった公式見解で、両者は相互に補完する関係にあって表現の自由の充実のためにもヘイト規制が必要であることが示されています。
 もっとも、今回の事案は、高度な法律論が必要となるような行為ではありません。条約の適用や国連意見の浸透を待つまでもなく、現行の日本法において犯罪行為に該当し、深刻な被害を生じさせた以上、重い量刑や高額の損害が当然に要請される違法行為です。ですので、今回の判決そのものが、表現の自由を過度に抑制する萎縮効果をもたらすことはありえません。萎縮効果を懸念される方にお話をきいてみますと、今回の街宣動画を見ていなかったりであるとか、事案をあまりご存知いただいていないことが多いようです。

5 判決の社会的意義

 本件があった2009年以来、インターネット、なかでも動画配信・視聴の急速な普及という、時代の新たな動きのなかで、ネット上の社会ではそれまでの日本社会では共通認識であった善悪の判断基準や規範意識といったものが揺らいでしまっている状況があります。これが現実の世界にもあふれ出てきた、というのが私の印象です。そして、警察の「共犯的な寛容さ」の様子と、また、それで自信を強めた在特会等が公然に堂々と街宣を行う様子が動画配信されたことの影響は大きく、法律専門家ではない一般の視聴者にとっては、どこまでが法的に許される行為であるのか、違法・適法の線引きが不明確となっていたと思われます。
 そもそも、他人を傷つけてはいけない、他人の気持ちに配慮すべき、というのは一般常識として当たり前のことです。インターネット動画を配信する場面でも、ネットやSNSを触媒とした新しい街宣活動でもそれは変わりません。今回の判決は、時代の新たな動きに対し、当たり前のことを当たり前に確認した判断であったわけです。そして、違法行為である以上は、主催団体のみならず街宣に参加した個人一人一人も、連帯してこの高額の賠償義務を負うことになります。判決が確定すれば一生をかけてでも、与えた損害を償っていくよう義務づけられ、執行裁判所が個人の給与や預貯金が差し押さえることもできるのです。
 今回の判決は、国際条約を適用するという点においても、おおむね近年の最高裁の変化や下級審の流れに沿った判決といってよいでしょう。まずもって学校に長期にわたって生じた影響を吟味して重大な「無形損害」を認め、そこに損害の加重要素として条約の趣旨を加味したという判断であり、新しい法理論を打ち立てたとか、独創的な理論構成で高額の賠償を導いているというわけではありません。
 他方で、この新たなインターネット時代において、上述したような当然の帰結を、法律の知識のない一般の人にもわかりやすい形で示したこと、そこにこの判決の大きな意義があると思います。ヘイト被害を受けた方々の心の傷は深く、賠償で癒えるようなものではありません。とりかえしのつかない一生の傷を与えるのです。この判決が、ヘイト街宣に参加する人々に対し、被害者への影響を考えて慎重に行動するように促す警鐘となることを、心から期待しています。

6 各地方自治体は、「ヘイト撲滅都市宣言」を急ぎ採択せよ

 京都市はもちろんのこと、日本の各自治体は「ヘイト撲滅都市宣言」を採択する必要があると思います。今回の判決は、国家機関が示した公的判断には違いありませんが、特定の事件で特定の裁判官が示した「点」の意思表明にすぎません。国会、地方議会といった行政機関が、市民の総意の体現として、人種差別やヘイト街宣を許さない姿勢を打ち出し「面」の展開とすることが急務です。在日や外国人住民に限らず、あらゆるマイノリティの安心を大切にする姿勢が全市民に共有されている地域社会、そして、異文化が互いをきらめかせあう風景に子どもたちが目を輝かせるような、そういう都市を目指さなければなりません。
 今回の判決は、アジア諸国、BBC、ニューヨークタイムズなど海外でも報道され(海外報道一覧)、日本の地方都市に排外主義が存在することが全世界に発信されました。排外主義が蔓延しているイメージが広まれば、観光都市京都にとっては大打撃です。私は、国益を重視する考えに共感を覚えるわけではありませんが、少なくともヘイト街宣が国益を損なうことは自明だと感じます。
 あるべき多文化共生社会をめざす第一歩としての「ヘイト撲滅都市宣言」。まずは私の住む京都で、もしくは、第一初級学校がある京都で実現できるように、努力していきたいと考えています。

7 書籍「なぜ、いまヘイトスピーチなのか」のご紹介

 本件では、民事訴訟に先立つ仮処分、間接強制、刑事告訴と引き続く公判での被害者支援など、多種多様な法的手続を講じました。また、法廷における二次被害の実情や、被告らの法廷での態度などについても、同種事案の対応に参考になるであろう経過もあります。法的にも、民族教育権の意義、インターネット撮影者・動画配信者の法的責任、ヘイト犯罪の量刑評価など、多様な論点があります。新刊「なぜ、いまヘイトスピーチなのか」 では今回の文章におさめきれなかった多くの内容も詳しく論じておりますので、ぜひお読みいただければと思います。

◆冨増四季(とみます しき)さんのプロフィール

弁護士(京都弁護士会、鴨川法律事務所)。京都第一初級学校嫌がらせ事
件弁護団事務局。著作に「医薬品副作用被害救済給付とその争訟制度の問題点 」賃金と社会保障2010年1月 (通号1505・1506)、「京都朝鮮第一初級学校に対するヘイト・スピーチ街宣」法学セミナー2011年10月号など。


<法学館憲法研究所事務局から>
当研究所は10月から「2013年憲法フォーラム — 主権者として社会への向き合い方を問う!!(全3回)」を開催しています。その第2回(11月11日(月))では「憲法感覚の培い方」をテーマに、当研究所の伊藤真所長と水島朝穂客員研究員(=早大教授)が参加者の質問や問題提起に回答・コメントし、参加者とともに憲法についての認識を深めます。多くの方々にご参加いただきたく、ご案内します。



 
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