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国政を左右する情報を国民から隠蔽可能にする改憲草案 ― 国民主権の骨抜き

2013年6月17日



喜田村洋一さん(弁護士・自由人権協会代表理事)

 自民党が昨年4月に決定した「日本国憲法改正草案」は、市民の人権を保障するために、国家権力を制約するという近代的な憲法とは全く異質のものである。改正草案は、「すべての人は生まれながらにして『奪い得ない権利』(基本的人権)を有する」という天賦人権説を否定するものであり、このような考えに基づいて憲法が改正されてしまえば、日本は世界の中で異質な存在となってしまうということは別のところで指摘した(東京新聞2013年4月1日夕刊「『人権の共同体』との訣別」)。

 今回は、そのような総論ではなく、改正草案の1つの条文を取り上げ、そこに見られる根本的な問題点を指摘したい。

 改正草案では、19条の2という新しい条文を新設するとしているが、この条文はこのようなものだ。

 第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

 自民党が作成した改正草案Q&Aでは、この条文は、「新しい人権」の1つとされ、「プライバシー権の保障に資するため、個人情報の不当取得等を禁止しました」と説明されている。

 本当にそうだろうか? 上の条文をよく読んでほしい。「何人も・・・してはならない」と書かれている。しかし、このような形式の憲法の条文があるだろうか? 憲法で、「何人も」と始まる条文は、たとえば、「何人も・・・居住、移転及び職業選択の自由を有する」(22条1項)や、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」(18条)のように、積極的か消極的かの違いはあっても、すべての市民に何らかの権利を保障するものだ。

 しかし、自民党の改憲草案は、これとは全く異なる。「何人も・・・してはならない」というのは、市民に権利を保障するものではない。それは、「何人も・・・児童ポルノを所持し・・・てはならない」(児童ポルノ改正法案6条の2)のように、すべての市民に対して、「〜をしてはならない」と命じる禁止規定なのだ。

 したがって、これを「新しい人権」と呼ぶこと自体、「不当表示」である。

 しかし、この規定の問題は、人権保障か行為禁止かという条文の性格にとどまらず、もっと根深いところにある。

 最初に言ったように、憲法は、市民の人権を保障するために、国家権力を制約するものだ。だから、憲法では、「国及びその機関は・・・いかなる宗教的活動もしてはならない」(20条3項)や、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」(36条)のように、「〜をしてはならない」という禁止規定の対象は国や公務員となっている。したがって、市民のプライバシー権を本当に守りたいのであれば、「国及び公務員は、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない」という条文にするのが、憲法上、当然ということになる(民間の、たとえば新聞・雑誌・テレビなどによるプライバシー侵害に対しては、今でも、民法の不法行為の適用によって、損賠賠償等を求めることができるから、新しく憲法の条文を設ける必要はない)。

 ところが、自民党の改憲草案は、禁止行為の対象を「国及び公務員」ではなく、「何人も」とする。「何人も」というのは、あなたであり、私であり、会社員、学生、自営業者、農漁業従事者、記者、作家、年金生活者等々、すべての人のことである。しかも、取得等が禁止される「個人に関する情報」は、その範囲が著しく広い。個人情報保護法だと、生存者に関する情報で、特定の個人を識別することができる情報は、すべて個人情報になる。したがって、「元総理大臣が、外国の大統領と交わした秘密文書を、私邸に保管している」といった情報や、「与党の幹事長が、深夜、若い女性が1人で住むマンションをしばしば訪れている」といった情報も、個人に関する情報として、取得すること自体が禁止される。取得とは、具体的な例でいえば、記者が取材して、その情報をつかむことである。だから、19条の2が新設されると、国政に関する貴重な情報や、議員の適格性を判断する上で重要な情報が、「個人情報の取得等の禁止」の美名の下に、取材することもできず、新聞・雑誌・テレビで報道されることもなくなってしまうことになる(「不当に」という3文字は、実際には大きな意味を持ち得ない)。

 憲法が保障する表現の自由は、民主制国家の存立の基盤を提供するものであるから、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない(最高裁の北方ジャーナル事件判決)。にもかかわらず、上記の条文は、プライバシー権を守ると称して、国政を左右する情報を国民から隠蔽することを可能にするのであり、国民主権という憲法の大原則を骨抜きにするものである。

 このように、自民党の改憲草案は、19条の2という条文1つを取り出してみても、市民の権利を守り、国家権力を制限するという近代国家の憲法とは全く異なるものなのである。

◆喜田村洋一(きたむら よういち)さんのプロフィール

1950年生まれ。東京大学法学部・ミシガン大学ロースクール各卒。弁護士・ニューヨーク州弁護士。法廷傍聴者のメモの権利を争ったレペタ事件(最高裁が大法廷判決でメモの自由を承認)、在外日本人が国政選挙で投票できないことを違憲として争った在外邦人選挙権事件(最高裁が大法廷で在外日本人が投票権を行使できることを確認)、ロス疑惑(三浦)事件(銃撃事件で無罪確定)、血友病専門医の業務上過失が争われた安部医師事件(地裁で無罪判決〔高裁で公訴棄却〕)などを担当。名誉毀損・プライバシーに関する事件を多数取り扱うほか、刑事事件、憲法事件も担当する。著書に『報道被害者と報道の自由』(白水社)などがある。

 


 
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