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私たちの目・耳・口をふさぐ秘密保全法案

2012年7月23日



清水雅彦さん(日本体育大学准教授・憲法学)

はじめに

 民主党政権は、2010年の尖閣諸島沖事件の際の映像流出問題を一つの理由にして、秘密保全のための法制に関する検討を行ってきた。そして、2011年8月、政府の「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(以下、「有識者会議」と表記)は、「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書を提出した。
 この報告書では、@国の安全、A外交、B公共の安全及び秩序の維持の3分野を対象に、国の存立にとって特に秘匿を要する秘密を「特別秘密」に指定し、この故意の漏えい行為、過失の漏えい行為、特定取得行為、未遂行為、共謀行為、独立教唆行為及び煽動行為をそれぞれ処罰するものとし、法定刑として5年以下又は10年以下の懲役刑を提案している。
 また、従来にはない提案として、秘密情報を取り扱う者についての適性評価制度の導入が検討されている。この評価の対象は秘密の作成・取得・伝達者のみならず配偶者も検討されており、調査事項も@人定事項(氏名、生年月日、住所歴、帰化情報を含む国籍、本籍、親族等)、A学歴・職歴、B我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、C外国への渡航歴、D犯罪歴、E懲戒処分歴、F信用状態、G薬物・アルコールへの影響、H精神の問題に係る通院歴、I秘密情報の取扱いに係る非違歴、とかなり広範なものである。
 民主党政権はこの報告書を受け、今後国会に法案を提出する予定である。ここでは、今回提案されている秘密保全法案について検討してみたい。

1 そもそも立法事実がない

 そもそも有識者会議は尖閣諸島沖事件の際の映像流出問題を口実に設置されたが、果たしてこの時の映像は「国家秘密」といえるものなのであろうか。映像を流出させた海上保安官は起訴猶予となり、罰せられておらず、この事件は法律制定の理由にはならない。
 また、国家公務員法や自衛隊法、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法など現行法によって、既に秘密保護法制は整備されており、現行法の不十分さは立証されていない。
 以上の点から、今このような秘密保護法制を新たに制定する立法事実はないといえる。

2 国民から国家などの情報を覆い隠す秘密の拡大

 1980年代の国家秘密法案が対象にした秘密は防衛と外交に関するものであったが、今回の秘密保全法案が対象にすると思われるものは、防衛・外交のみならず「公共の安全と秩序の維持」も入っている。この表現は非常に抽象的であるが、報告書で警視庁の国際テロ捜査情報流出事件をあげていることから治安情報が当然含まれ、福島原発事故後のSPEEDI情報やTPPの交渉に関する情報など何でも秘密事項になりうる可能性がある。
 また、秘密の指定は秘密の作成・取得主体、すなわち、国の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体、行政機関等から事業委託を受けた民間事業者・大学も行うとなれば、この点でも秘密の範囲が歯止めなく拡大する可能性がある。
 民主主義国家において国民が意思決定を行う際に、情報は大変重要なものであるが、秘密保全法案は情報公開の流れに反して国民から国家などの情報を覆い隠す危険性がある。

3 国民を萎縮させる処罰対象の拡大と厳罰化

 秘密保全法案が秘密の作成・取得主体を国や自治体に限定せず、民間事業者・大学にまで拡大していることは、処罰対象が公務員に限らず、広く民間人にも及ぶことを意味する。また、特定取得行為や独立教唆行為及び煽動行為も処罰の対象にするということは、国民の知る権利に応えて取材・報道活動を行う報道関係者の活動も処罰される可能性がある。
 そして、従来の秘密保護法制における最高刑は、国家公務員法では懲役1年以下、自衛隊法では懲役5年以下であるが、秘密保全法案では懲役10年以下となる可能性がある。
 とすると、これだけ広範な国民が処罰の対象になること、また、実際に法律が適用されなくても法律の存在自体が国民の表現活動に対して大きな萎縮効果を持つ。

4 さまざまな国民の権利侵害

 もしこのような法律が制定されたならば、まず、報道関係者を筆頭に広く国民の取材・報道など表現の自由が制約され、国民の知る権利が十分に保障されないことになり、第2第3の「西山記者事件(外務省機密漏洩事件)」が今後発生しかねない。
 また、適性評価制度の導入によって、関係者のプライバシー権や思想・良心の自由が侵害され、場合によっては大学等の学問の自由も侵害される可能性がある。
 さらに、規定の仕方によっては秘密保全法違反で起訴された者の公開の法廷で裁判を受ける権利や弁護を受ける権利が侵害されることもありうる。
 今、民主党政権が行おうとしていることは、秘密保全法案によって「国家のプライヴァシー」を保護し、国民の知る権利を侵害する一方、マイナンバー法案によって「国家の知る権限」を保障し、国民のプライヴァシー権を侵害するという、従来の国家と国民との関係を180度転換することである。このような法案は当然許されるべきものではない。

5 官僚主導の法案作り

 今回の有識者会議委員は五名の学者から構成されているが、会議には委員以外にも事務局(防衛省・外務省・警察庁などの出向者からも構成される内閣情報調査室)、防衛省・外務省・警察庁などの職員が同席し、新聞報道にもあるようにこれら官僚が会議資料を作成していた。これらのことから誰がこの法案を望んでいるかが明かである。国民やその代表者である政治家主導ではなく、官僚主導で準備が進むこのような法案は不要である。

おわりに〜必要なのは情報公開と国民の権利保障

 1980年代の国家秘密法案は、1986年の中曽根政権による衆参同日選挙で自民党が300議席に達する大勝利を収めたにも関わらず、制定できなかった。それは、当時の学生・市民・労働者・法律家・マスコミ関係者などの反対の声が大きかったからである。私たちはこの時の経験から、国会外の取り組みによっては国会内勢力の関係から簡単に成立しそうな法案でも、成立を拒むことが可能であることを学んだのであり、悲観することはない。
 この間、有識者会議の発言内容を記録したメモが破棄されたことが発覚し、この法案自体秘密主義の下で制定されようとしている。今、必要なのは、国家の秘密を覆い隠し、国民のさまざまな権利を侵害し、私たちの目・耳・口をふさぐ秘密保全法案の制定ではなく、国民主権の下で国民が適正な民主的決定を行うための情報公開である。

◆清水雅彦(しみず まさひこ)さんのプロフィール

明治大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。札幌学院大学法学部教授を経て、2011年4月より日本体育大学准教授。他に、明治大学軍縮平和研究所特別研究員、日本民主法律家協会常任理事。専攻は憲法学。主たる研究テーマは平和主義・監視社会論。主な著書に、『治安政策としての「安全・安心まちづくり」—監視と管理の招牌—』(単著、社会評論社、2007年)、『クローズアップ憲法』(共著、法律文化社、2008年)、『平和と憲法の現在—軍事によらない平和の探求』(共編著、西田書店、2009年)、『憲法入門』(共著、文化書房博文社、2011年)、『平和への権利を世界に—国連宣言実現の動向と運動—』(共著、かもがわ出版、2011年)など




 
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