法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

中国と日本の刑事手続き・司法を検証する(その1)

2012年1月30日


陳有西さん(中国弁護士)、欺偉江さん(中国弁護士)、阿古智子さん(早稲田大准教授)、伊藤真さん(弁護士)、土井香苗さん(ヒューマンライツ・ウオッチ日本)


 *2011年12月20日に開催された座談会の内容を紹介します。

<中国での刑事訴訟法改正の動向>

―――中国と日本の刑事手続きに関わる問題点や改革の状況などを中心に交流したいと思います。まず、阿古さんから中国の刑事手続きをめぐる問題状況について口火を切っていただけますか。
(阿古智子准教授)

 いま中国では刑事訴訟法の改正が全国人民代表大会で議論されている最中です。冤罪や自白強要などの問題が深刻化するなか、今回の改正では取り調べの可視化、弁護士の役割強化など、捜査過程の透明化を追求しようとしています。しかし一方で、改正草案には「秘密拘束」を合法化すると解釈できる規定があり、弁護士たちが強く反対の意を表明しています。
 中国の弁護士たちは訴訟活動においてさまざまな圧力を受けています。免許の更新を阻止されたり、弁護士事務所の営業許可を取り消されたりするほか、突然拘束されるというケースも頻発しています。私は、弁護士が生き生きと活躍できる社会があってこそ、国が栄えていくのだと考えます。中国は、そのような条件をどう整えていくのかを真剣に考えるべき時に来ています。
(陳有西弁護士)
 いま中国では、刑事訴訟法に60条にわたる新しい条項を加え、90の条文を改正することが提案されています。これは15年に1度と言われる大きな改正であり、主に被告人と弁護士の権利を守ることに重点を置いています。しかし一方で、公安機関や国家安全部門の権限を広げる内容も盛り込まれています。そこには、弁護士の接見の権利を制限することも含まれています。
 中国では、この10年間に100人以上の弁護士が証拠偽造の罪に問われています。中国の弁護士が活動する環境は良くなく、弁護士が当然得るべき正当な権利が侵されたり、制限されたりしています。中国では、改革開放政策を実施してからの30年間で弁護士の人数が約2000人から約30万人に増えました。しかし、弁護士の業務が急速に発展しても、弁護士の権利の保障は楽観できるものではありません。いま、中国の多くの人々は、困ったことがあればすぐ弁護士に尋ねるようになっていますが、弁護士の権利は尊重されていません。この問題は、中国の刑事弁護制度において将来解決すべき重要課題のひとつです。
 中国は死刑が多い国ですが、死刑の減少も重要な課題のひとつです。そのため、2008年から死刑の審査は再び中央で行うことになりました(注)。つまり、最高裁判所が実際に被告人に会った上で慎重に審議し、死刑の判断を下すのです。その結果、いま死刑の数は以前の半分ぐらいに減っています。以前は窃盗などでも死刑になりましたが、いまは基本的に重大な犯罪を犯した人しか死刑になりません。さらに死刑を減らすための措置も講じられるようになり、死刑を求刑された被告人には弁護人をつける権利が保障され、お金がない人には政府が弁護士をつけるようになりました。
 こうして中国では、「人治」から「法治」へという流れが進んでいますが、現実にはまだたくさんの問題が残っています。

(注)厳罰化を推進していた1983年、『人民法院組織法』が改正され、故意の殺人、強姦、強盗などに関わる死刑については、最高人民法院が必要とする場合において省・自治区・直轄市の高級人民法院が再審査できると規定された。しかし、専門家の間で再審権を任意に地方の裁判所に渡すのは権限の濫用にあたるという声が高まり、2006年10月には再び『人民法院組織法』が改正され、「死刑の審査・認可権は最高人民法院のみが持つ」ことになった(2007年1月1日から施行)。

(欺偉江弁護士)
 今回の刑事訴訟法改正の主な目的のひとつは、テロリズム対策です。いまテロリズムを防ぐことは中国にとって非常に重要な問題です。刑事訴訟法は新しい条項を加え、テロに関する重大な犯罪を犯したとされる被告人を秘密拘禁し、どこに拘束しているかも家族に知らせないようにするとしているのです。さらに、召還後の尋問を24時間にまで延長するという、1979年の刑事訴訟法に逆戻りするような内容が2012年の全国人民代表大会で審議されているのです。

<日本の刑事手続きの現状・問題点>

(伊藤真弁護士)
 いま、テロリズム対策と人権の考え方がぶつかり合っているということは世界共通だと思います。「9.11」以降のアメリカでは愛国法にもとづいて刑事事件の被疑者・被告人の人権が抑圧されてきました。日本でも治安維持という目的のために人々の人権保障が不十分なところが多々あります。
 私は、日本の刑事訴訟法は人権重視の憲法の考え方をふまえたもので、良くできていると思っています。ただ、この法律の運用には不十分なところがたくさんあります。日本の裁判官は形式的には独立しています。しかし、必ずしも検察官の考え方から独立して正しい判断をしているとは思われません。また、裁判官は最高裁判所裁判官の考え方から独立して判断しているとも言い切れません。裁判官が本来の役割を果たしていないことは日本の刑事司法の大きな問題です。
 検察官や裁判官による官僚の支配に歯止めをかけるためには、弁護士や市民、すなわち「民」が力をつけなければなりません。ところが、日本では「民」の力が必ずしも十分ではありません。中国では市民の司法への信頼があまり高くない、と聞きますが、日本では逆に検察官や裁判官に対する市民の信頼が高過ぎます。検察官や裁判官の判断は常に正しいと市民が思ってしまいがちです。検察官が起訴すればその被告人は間違いなく有罪だと考える人が多いです。また、裁判所がいったん有罪判決を出したら、まだ有罪が確定していなくても犯人に違いないと思ってしまう市民が多いです。日本の刑事訴訟の大原則である「疑わしきは被告人の利益に」や「無罪の推定」が市民の中に根付いていません。
(欺偉江弁護士)
 そうすると、裁判員制度は被告人にとってはより不利な状況になりますか。
(伊藤真弁護士)
 被告人にとっては不利となり、刑が重くなってしまう傾向も一部にはあります。
 こうした市民の考え方の背後には、日本のメディアの報道の仕方の問題もあります。凶悪な事件が起こると、テレビは繰り返しその報道をします。
 なお、刑事事件を専門に担当する弁護士がまだまだ少ない、という問題もあります。日本では2004年からロースクール(法科大学院)制度がスタートしました。ロースクール(法科大学院)には学費を払える裕福な学生でないと入学しにくくなりました。お金のない学生は借金しなければならないので、ロースクール(法科大学院)を修了した後に借金を返すのが大変です。そうすると、弁護士になった後、どうしてもお金になる仕事に就きたいと学生は考えてしまいます。刑事事件や人権問題にたずさわろうという意欲を持った学生が少なくなっているように感じます。
 私は、刑事手続きの進化は人権保障の進化の反映だと考えています。その国の人権の状態は刑事手続きを見れば分かると言われます。そういう意味でも日本は人権保障がまだまだ十分とは言えません。それは、国民、市民に対する憲法教育、人権教育、そして法教育が十分にできていないことが原因だと思います。そのような理由から、私はいま各地で頻繁に憲法の講演をしたり、子どもたちに対する憲法教育、人権教育に力を入れています。

(続く)

◆座談会出席者略歴

陳有西さん:
 弁護士。京衝弁護士集団社長、中華全国弁護士協会憲法人権委員会副主任、知識財産権委員会委員などを歴任。中国人民大学、上海交通大学などで兼任教授を担当。
欺偉江さん:
 弁護士。上海大邦弁護士事務所パートナー。華東政法大学や同済大学で兼任講師を務める。
阿古智子さん:
 早稲田大学国際教養学部准教授。現代中国の政治・社会変動を研究。
伊藤真さん:
 弁護士。伊藤塾塾長。法学館憲法研究所所長。
土井香苗さん:
 弁護士。ヒューマンライツ・ウオッチ日本代表。





 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]