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TPP参加で何が破壊されるのか

2011年3月28日


白川真澄さん(「季刊ピープルズ・プラン」編集長)


トヨタ栄えて、農滅ぶ

 菅首相は、「平成の開国」と称してTPP参加を唐突に言いだした。TPPは現在9カ国が参加して交渉を進めているが、日本が加われば日米両国で全体のGDPの90.4%(2009年)を占める。事実上の日米FTA(自由貿易協定)になる。しかし、2カ国間のFTAとちがって、TPPは「例外なき関税撤廃」を特徴としている。農産物はFTAでは例外扱いされることが多いが、農産物を含む全品目の関税が10年以内に全廃される。
 アメリカは、対日輸入総額の32.2%を占める自動車、電気機械(輸入総額の16.6%のうちテレビなど7.2%)などに関税をかけている。自動車2.5%、テレビ5%の関税が撤廃されると、日本の輸出額は自動車で年2.4%、電機製品で年1.6%伸びると試算されている。しかし、関税全廃の恩恵を最も受けるのは、アメリカの農産物輸出である。日本の対米輸入のトップは24.4%を占める農林産品だが、その半分のコメ・牛肉・バターなどに高い関税(コメは778%)をかけている。この関税を全廃すれば大量の安い農産物が流入してくるから、米作や畜産・乳製品の農家はほとんど経営が成り立たなくなるだろう。すでに40%にまで低下している食料自給率は、14%にまで下がると予測されている。
 TPP参加によって輸出部門のグローバル企業の利益は増大するが、引き換えに農業は壊滅的打撃を被る。農業には、経済効率性の論理だけでは捉えきれない独自の重要な役割がある。生命や健康の維持、地域経済の存立、自然環境や生物多様性の保全。これらは社会を再生産するための不可欠の要素であり、農業が滅ぶとたちまち失われる。

生活のあらゆる分野でルールを破壊

 TPPは、関税撤廃だけではなく、非関税障壁の撤廃を義務づける。実は、非関税障壁の撤廃は、関税の撤廃以上に広い分野を包括し、私たちの生活に深刻な打撃を与えるのである。アメリカ主導で行なわれているTPPのルールづくりの交渉は、24分野の作業部会を立ち上げている。そこには、市場アクセス(農産物や工業製品の貿易)以外に、SPS(衛生と植物防疫のための措置)、政府調達、知的財産権、金融サービス、電気通信サービス、労働者の入国、投資、環境、労働、制度的事項といった分野が含まれている。非関税障壁が撤廃されると、たとえば次のようなことが起こると予想される。
 食の安全性を確保するための規制は、アメリカからすると非関税障壁である。したがって、BSE対策として月齢20カ月の牛に限って輸入を認めているアメリカ産牛肉の輸入規制は廃止される。遺伝子組み換え作物の表示義務も廃止され、食品添加物の審査・承認の手続きは簡素化・迅速化される。
 医療の分野でも、重大なルール変更が行われるだろう。日本では、誰もがいつでも医療サービスを受けられるように、全員加入の公的な医療保険(健康保険)制度が機能してきた。そのため、健康保険が適用されない治療や投薬も自由に受けられる「混合診療」は、事実上制限されてきた。これも非関税障壁と見なされる。
 「混合診療」が全面解禁されれば、医療機関や製薬会社は、高額な医療サービスや薬でも買ってくれる高額所得者を主要な顧客にし、お金がなくて公的保険に頼るしかない人びとを相手にしなくなる。健康保険で受けられる医療サービスが縮小され、お金のない人びとは医療から排除されるにちがいない。このことは、アメリカの保険会社をはじめ民間の保険会社にとって、大きなビジネスチャンスが生まれることでもある。高額の医療サービスを受けるような人は、民間の医療保険に加入するからだ。
 医療、そして保険の分野で予想されるルール変更は、1990年代以降の日米両政府間の「年次改革要望書」(実際にはアメリカ政府からの一方的な要求)ですでに提案されている。「年次改革要望書」やそれにもとづく小泉政権時代の「日米投資イニシアティブ報告書」は、小泉「構造改革」を推進する指針となった。そこではアメリカの対日直接投資の増大が謳われているが、その標的とされたのが医療の分野である。医療法人以外に株式会社の参入を自由化する規制緩和だけではなく、医療保険・ガン保険・損害保険の分野への外資の進出を保証することが、日米政府間で約束されていた。民間保険にアメリカ資本が進出する最大の障壁こそ、郵便局の簡易保険であった。郵政民営化は、簡易保険と郵便貯金を解体し、外資を含む民間の保険会社や銀行がとって代わることを真の狙いにしていたのだ。
 TPP参加に備えて、行政刷新会議の規制・制度改革分科会は、249の項目を挙げて規制緩和を急ぎはじめている。それは、食品添加物の承認手続きの簡素化・迅速化、農業への企業参入、一般用医薬品のネット販売、空港使用料の自由化、駅ナカ保育施設の整備の規制緩和、外国人の介護福祉士の受け入れ促進など、広い分野にわたっている。
 これまで、人びとの生命や生活を守るために市場の暴走を規制し、安全性や公共性や公平性を確保する一連のルールが社会のなかに作り出されてきた。TPP参加は、これらのルールを自由な競争を阻害する非関税障壁と見なして否定し、すべてを市場競争に委ねるというルール一本に置き替えてしまうだろう。

国際競争に勝つことを至上目的にする社会は望ましいか

 民主党政権は、当初は医療・介護・子育てや環境の分野で需要と雇用を創出するという内需主導型の経済成長を打ち出した。それは、小泉政権時代の外需=輸出依存型の経済成長が格差社会(企業の利益は増えても労働者の賃金は増えない)をもたらし、さらにリーマンショックによって破綻したことへの反省からであった。しかし、成長神話に呪縛されたためにこの路線を貫徹できず、「新成長戦略」によって外需=輸出依存型の経済成長へと軸足を移した。
 そのなかでTPP参加が唐突に持ち出されたが、これは、アジアの成長を取り込むという「新成長戦略」にも背を向けるものだ。中国も韓国も、TPPには参加しないからである。TPPは、アメリカにとって米中二極体制(覇権を争いつつ協調する)のなかで中国を牽制する戦略である。政治的・軍事的に日米同盟強化に回帰する菅政権だが、TPP参加はアメリカとの従属的な一体化にのめり込むことにほかならない。
 TPP参加を推進する理由は、日本が成長を回復して生き残るためには輸出を伸ばし、国際競争に勝つしかないという論理である。しかし、国際競争に勝つことを至上目的にする社会は、賃金コストの切り下げのために非正規雇用を拡大し、規制緩和を進め、法人税を引き下げてグローバル企業を優遇する社会である。
 「平成の開国」のライバルとされモデルともされているのが、韓国である。1987年のアジア通貨危機をきっかけに、韓国は自由化推進による輸出主導型の経済に転じ、国際競争力を向上させてきた。だが、サムスンやLGなどはグローバル企業に成長したが、その巨額の利益は労働者に還元されなかった。その結果、所得の不平等度を表わすジニ係数は、1997年の0.26から2008年には0.298へと上昇した。格差がいちじるしく拡大し、貧困が増えたのである。その大きな要因は非正規労働者の急増であり、労働者全体に占める比率は日本の34%を上回る55%である。
 こうした社会が、私たちにとって望ましい社会であるとはとても思えない。

◆白川真澄(しらかわ ますみ)さんのプロフィール

1942年、京都市生まれ。京都大学大学院経済研究科修士課程修了。学生時代から、1960年安保闘争、ベトナム反戦闘争などの社会運動に関わり続け、1990年代からは「地域から政治を変える」運動にも参加。フォーラム90s、ピープルズ・プラン研究所など在野の理論活動の発展を目指してきた。現在、季刊『ピープルズ・プラン』編集長。グローカル座標塾講師。著書に『もうひとつの革命−近代批判と解放の思想』(社会評論社)、『脱国家の政治学−市民的公共性と自治連邦制の構想』(社会評論社)、『格差社会から公正と連帯へ−市民のための社会理論入門』(工人社)、『格差社会を撃つ―ネオ・リベにさよならを』(インパクト出版会)ほか多数。





 
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