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「日本国憲法と裁判官」 −不幸な時代と裁判官の良心−

2011年2月7日


林 醇さん(京都大学大学院法学研究科教授)

 1971年4月,裁判所内部に激震が走った。宮本康昭判事補の判事への再任が拒否されたのだ。その理由は明らかにされていないが,裁判官の多くが,裁判官の身分保障が危うくされたと受け止め,大きな衝撃を受けた。私もその1人だった。平賀書簡問題,裁判官の青年法律家協会(青法協)への加入に対する様々な批判,宮本判事補の再任拒否と続いたいわゆる「司法の危機」の時代である。「司法の危機」については様々な評価があり得ると思われるが,以降、多くの裁判官が内部的評価を気にするようになり,一時期,裁判所本来の自由闊達な雰囲気を重苦しいものとしたことは間違いない。


 憲法76条によれば「裁判官は独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。」とされている。「日本国憲法と裁判官」は,「司法の危機」に遭遇し,この不幸な時代を経験した30人の元裁判官が,この憲法上の責務を果たすために,当時からそれぞれが退官するまでの長い裁判官生活を通じて,裁判官の良心とは何か,裁判官はどのようにあるべきかを考え,また,民事裁判官・刑事裁判官として何を大切に裁判をしてきたか等を実践的に語った講演集である。中には平賀書簡問題の福島重雄氏や宮本康昭氏など「司法の危機」のいわば当事者となった方も含まれ,当時の生々しい経験が語られ,司法行政上の措置に対する厳しい批判がなされている。自由闊達な雰囲気を取り戻した裁判所しか知らない今の若い裁判官には信じられないような出来事ばかりであろう。しかし,戦後の司法の中でこのような時代のあったことを忘れてはならないと思う。

 E.H.カーは,その著書「歴史とは何か」の中で,「歴史とは未来と現在と過去との対話であって,現代の視点から過去を断罪するものでもないし,過去の事実のみを語るだけのものでもない。人類の未来にとって何がよいのということを常に意識したものでなければならない。」と述べている。司法制度改革が実現した今,その意義を再確認し,司法の未来をよりよいものとするためにも,過去の不幸な出来事に対して誠実に向き合い,対話をしなければならない。もちろん,過去を批判するだけのものであってはならないし,単なるノスタルジーとして語られることであってはならない。

 この本は,「司法の危機」の実態,その裁判所・裁判官への影響などを知り,今後のよりよい司法・裁判所を考える上で多くの重要な示唆を含んでいる。語られている様々な苦労は,同時代を裁判所に生きた者として多くは共感できる。ただ,裁判官の処遇に関して支部や家裁勤務について否定的にのみ述べられている点は違和感もある。裁判は裁判を受ける者のために存在する。支部管内に居住する市民であっても優れた裁判官による充実した審理を受けたいのではないだろうか。しかし,そのような逆境の中でも裁判官として凛とした生き方を貫かれた方には敬意を表したいと思う。

 さらに,この本には,元裁判官として魅力的な人物が多く登場し,裁判官の在り方や裁判官の役割,民事・刑事裁判官の職務などについて貴重な意見や経験を披露している。「裁判官は良心に従い独立して職務を行うとするとき,内部的評価を気にすること自体この独立性に沿わない。・・・評価を気にせずベストを尽くすのが裁判官本来の姿だと気づかされ,その意欲が沸いたと同時に,気持ちが自由になり,伸び伸びとした心境になり,こういう姿勢で通そうと思いました」という大石貢二氏,住友電工男女差別事件において,「女性のための権利宣言」のつもりで和解の勧告文を作成し−企業側も勧告を受け入れ請求に含まれていなかった昇進も実現した−和解を取りまとめられた井垣敏生氏,無罪事例を題材に事実認定の方法論について示唆に富む意見を述べられた虎井寧夫氏,事実に即して裁判官の資質について興味深く論じておられる丹羽日出夫氏,雄大な構想の下に「戦後裁判官物語」の執筆に取り組んで居られる梶村太市氏,退官後知的障害者の刑事事件に弁護人として関わった貴重な経験を披露されている須藤繁氏,失敗という視点から裁判と司法行政について論じられている石塚章夫氏などなど・・・・。裁判の面白さや難しさ,裁判官の生き甲斐や悩みなどについても生の声で語られ,裁判官の生活の一端を垣間見ることもできる。司法のさらなる発展のために,若い裁判官,司法修習生や法科大学院生には是非読んでもらいたいし,一般市民の方にとっても興味深いものがあろう。

◆林 醇(はやし あつし)さんのプロフィール

司法修習22期。1970年4月任官 大阪,東京,福岡各高裁管内の裁判所で主として民事裁判を担当。神戸地裁所長、大阪家裁所長を経て2010年3月高松高裁長官で定年退官。同年4月から京都大学大学院法学研究科教授(法学部教授兼任)。






 
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