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今週の一言

 

戦争と経済を人間の目で見る(その1)

2010年11月22日

品川正治さん(国際開発センター会長)

憲法9条と日米安保条約の矛盾

 今憲法で一番大きな問題は、憲法9条と日米安保条約には矛盾があり、どちらを日本の国造りの基本に置くのかということを、国民がはっきり意識してきたことです。

 私は経営者になる前、就職して10年間は60年安保の頃まで労働組合の専従でした。このとき、安保体制は崩せませんでした。しかし、この闘争で、戦争することは人間として許されないことだと初めて成文憲法に書いた9条の持つ意味と安保が持つ意味とは相反するものだということが、はっきりと確認されました。

 しかし、矛盾しているということは分かっていても、核をめぐり一触即発の東西冷戦の最前線に置かれているという地政学的な面があり、また、高度成長経済時代になって、憲法か安保かは、国民にとって突き詰めた問題とはなりませんでした。矛盾は仕方がないという感覚が国民にあったと思います。

 9条と安保の矛盾について、一見論理的なつじつまを合わせるために、官僚は一生懸命やってきました。広島、長崎の人は核兵器を本気で世界からなくそうとしています。しかし、政府は、核の抑止力の傘の中に入りながら世界に核廃絶を呼びかけています。よそから見たら一体何を言っているのか、と受け止められるのではないでしょうか。これについても官僚がつじつまを合わせてきました。

矛盾はもうごまかせなくなった

 しかし、自衛隊をインド洋やイラクやソマリアに出し、今、沖縄の普天間基地の撤去も大きな問題になっています。支配階級、政財官にも、憲法と安保条約とは両立できないということがはっきり意識されてきました。明文改憲か集団的自衛権の行使を認める解釈改憲かを選択しなければなりません。民主党は当面、内閣法制局長官に国会で答弁させず解釈改憲でやろうとしています。今まで政治家は両立を官僚にやらせていましたが、「政」が責任を持つと言い出だしたので、「官」としては「政」に対してこの問題をはっきりさせてくれということになるわけです。

 政府は、武器輸出禁止3原則を持っていると言っていますが、米軍基地が最大の「武器」ではないでしょうか。米軍基地は不沈空母何百隻分に相当します。普天間基地を撤去せよと言ったら新基地を作れと言われそのとおりにしています。もうごまかしではつじつまが合わせられない、誰が見ても矛盾ではないかという段階になっています。これまでの情勢とは全く違ってきています。権力側はおそらく急ぐでしょう。

 鳩山さんは、普天間基地の県外または国外移設を目指し、日米安保を見直すという姿勢を採っていましたが、マスコミは、アメリカを怒らせたら身も蓋もない、そんなことができるはずがないと完全に愚弄しました。マスコミがあの時点で、大変ではあるけれども、これがこれからの日本の行く道だということを一言でも書けば、世の中は全く変わってきたと思います。マスコミは、論理的に矛盾しているという認識を国民に持たすまいとしてきました。しかし、普天間基地の問題で、今年の4月の読谷村における大集会や名護市の市長は容認派から反対派に変わり市議会も安保条約を問うという形になってきた以上は、名護市への移設を強行することは非常に無理だと思います。すると、9条と安保のどちらかを選ばざるをえません。

 60年安保以降本当の意味での国民運動は起きていませんが、もし名護市への移設を強行しようとしたら、どうしても激しい国民運動が起きるだろうと思います。それに間に合うように私たちは発言して行かなければいけないのではないかというのが私の気持ちです。

戦争を起こすのも防ぐのも人間だ

 私は「戦争・人間・憲法9条」という題であちこちで話しています。人間という言葉にいろいろな意味を置いています。戦争に行った人間として、また、学生時代はカントやヘーゲルなど哲学を勉強した人間として、最大の主題は国家は理性を失っていないのかと考えていました。もう一つは、国家が戦争をしているときの人間の生き方として何が一番正しいのかとことです。実際の戦場の経験を持っている私としては、国家が戦争をしているという問題の立て方は間違いだったと思います。哲学から見ると完敗です。戦争は天災事変でなく起こそうとする人間が起こすものであり、それを防ぐことができるのも人間だということをどうして考えられなかったのか、ということが私の原点になりました。

戦争を誰の目で見るか

 もう一つは、戦争を誰の目で見るかということです。戦場に送られる兵隊の目で見るのか、戦争を指導している立場の人の目で見るのかで、全然違います。私は戦争の最前線にいたために、8月15日が終戦だということは全くありませんでした。中国の奥地の延安に一番近い所にいましたので、8月15日以前から11月の末まで国共内戦に巻き込まれていました。11月の末に武装解除され、俘虜収容所に入れられました。そこには、私たちのように戦闘していた人間と大都市などで占領行政をしていた人間とが一緒になりました。
 行政をしていた参謀や将校たちは、「終戦」と呼ぶ日本政府に対して、「なぜこれを"終戦"と呼ぶのか、"敗戦"と呼べ。これからの大和民族は国力を回復してこの恥辱をはらす」と激しい弾劾文を作りました。それに対して私たち実際の戦闘に参加していた側は、「もう2度と戦争しないというという意味で"終戦"でけっこうだ」と主張し、両者の間で大乱闘になりました。

9条との出会い

 "終戦"の思いを強くして私たちは上海から復員船に乗船しました。1946年の5月、山口県の仙崎という港に上陸する間際のことでした。隊長が私に、公表された新しい憲法の草案が書いてある古新聞を「全員に向かって大きな声で読め」と言って渡しました。「戦争は放棄する。陸海空軍は保持しない。国の交戦権は認めない。」という9条まで読んで、全員が泣き出しました。私も声が出なくなりました。隊長が一番大声で泣いていました。よくぞここまで書いてくれたな、これだったら生きて行けると思いました。これが憲法との最初の出会いであり、9条が私の原点になりました。

 しかし、日本の為政者、支配階級だった人たちは、日本を戦争できない国にしようなどという気持ちはさらさらなかったことも事実だと思います。しかし国民の感覚を考慮すると憲法は改正できないので、解釈改憲という形で自衛隊を作り、有事立法を作りました。
 9条は、一言で言うなら、戦争は人間として許されないということです。国連の安保理が決めたからといって人は殺せるか、というのが日本の憲法です。今の戦争は、戦国時代と違って、爆弾を使い、ミサイルを使い、必ず罪のない子供や母親を殺します。そんなことはもう2度とできないよ、というのが、国家でなく人間の目から見た9条です。

 "敵はいません、日本は戦争をしません"ということを世界に宣言する以外に方法はありません。ということは、安保を否定するということです。どちらを選ぶかというギリギリの所に今立たされています。腹をくくらなければならない時です。

私たちが主権者だ

 もう一つは、伊藤所長さんたちが言っておられるように、行政官とか政治家に国を任せる前に、私たち一人ひとりが主権者だということです。9条を守り戦争を起こさせないということを、主権者の意思としてはっきり自覚しなければなりません。「九条の会」とか伊藤さんがやっておられる仕事は、他人に頼むのではなくて自分が主権者として憲法を考えなければならないということであり、これは一番正道だと思います。(談)

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◆品川正治(しながわまさじ)さんのプロフィール

1924年兵庫県神戸市生まれ。東京大学法学部卒。現在、経済同友会終身幹事、財団法人国際開発センター会長、全国革新懇代表世話人。日本興亜損害保険(旧日本火災)の社長・会長を経て、91年から相談役。93〜97年、経済同友会副代表幹事・専務理事。
映画「戦争をしない国 日本」成功させる会呼びかけ人代表。

主な著書
『戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言』(新日本出版社、2006年)、『これからの日本の座標軸』(新日本出版社、2006年)、『9条がつくる脱アメリカ型国家』(青灯社、2006年)、『立ち位置変えず―品川正治対談集』(新日本出版社、2010年)、『手記 反戦への道』(新日本出版社、2010年)


<事務局より>
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