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今週の一言

 

あなたに伝えたい戦争の悲惨さと平和の大切さを

2010年8月23日

中村桂子さん(元日本兵・日比野勝廣の娘)

 

 自分のことを元日本兵の娘と称することが不思議な気がしますが,最近,この立場で,お話をする機会が多くなりました。私の父,日比野勝廣(糸数アブチラガマ負傷兵)の戦争体験を通して,「戦争の悲惨さと平和の大切さ」をお伝えします。
 父は,戦地に赴く前は,雛人形をつくる職人でした。その平凡な若者が,1943年に陸軍に徴集され兵士になり,62師団64旅団独立歩兵23大隊4中隊(通称石4284部隊)に属しました。1944年8月19日に,対馬丸で中国大陸から沖縄に渡り,4月10日に嘉数の高地で第一戦の戦闘に参加しました。その時は,誰しもが言葉には出さなかったが「勝てると思わなかった」「足がすくんだ」と言っておりました。
 沖縄の嘉数でも,あの特攻隊で有名な肉弾戦法が行われていました。父はその肉弾戦法の配置班長でした。どこの場所で誰を飛び込ませるのか。お腹に爆弾を抱えて,敵の戦車1台に3名ずつで飛び込んでいかせなければいけませんでした。体当たりで玉砕した兵士は,ちょうど卵を床に叩きつけたようになり骨1本も残らず肉片もない状態になったそうです。さっきまで名前があった一人の人間が,性格も分かっている人が,自分と同じくらいの年齢の人が,家族を残してきた人が,自分の「突っ込め」という命令で,一瞬で,骨1本も残らず肉片もない状態に。
 いよいよ戦闘がひどくなりました。道に横たわる数知れぬ兵隊の頭は飛び上がり,足は切れ両眼はとび出,全身焼けただれていました。

 5月2日3時頃部下8名とともに山の中腹に陣取っていると,約200名の敵兵が100メートル近くまで迫ってきました。必死の思いで機関銃乱射。続いて,互いに手榴弾を投げ合う乱戦。敵兵の投げつけてきた手榴弾がシューっと火を吹いているのに気づき父たちはわれ先にと拾い上げて投げ返した。正面の敵が姿を消してほっと一息われに返るとすぐに集中砲撃。頭をかかえて伏しました。砲撃は一向に止みません。その時,右腕を真っ赤な鉄の棒で殴られたようにガァンとしたと思ったら,腕から血が滝のようにながれて生温かい血が次々と体に伝わり軍服は見る見るうちに血でそまり,右大腿部にも血が流れるのを感じました。「最期だ」と薄れゆく意識の中で思いながら運命のなすままに。一緒に並んでいたはずの部下の兵士は無数の肉片となり散り散りとなって横のソテツの葉に服の切れ端とともにかかっていました。
 負傷したものは後方の陸軍病院へと。そこで,父が見た戦場の光景は,母親のお腹から赤ちゃんが飛び出し二人とも死んでいる。木の下に履き物が揃えてあるので木を仰げば首つりをして死んでいる母と子。体中にうじがわいて死んでいる兵士。「水・水」と叫んで死んでいく兵士たち。父は,糸数アブチラガマで,九死に一生を得て,1945年8月22日に,住民・負傷兵9名と共にガマを出ることができました。私が,父から語り聞いた悲惨な戦場のほんの一部です。戦場での悲惨さは想像しただけでも心が痛みます。
 ここでもう一つ,戦争の悲惨さがあります。それは,私が見てきた父の戦後の苦しみ,生きる苦しみです。父の戦後の苦しみをあえて短くすると「僕だけ生きて悪かった」「どうしてあんなに人を殺したのだろう」です。父は,よく「今日はなぁ・・」とつぶやいていました。父の「今日はなぁ」は65年前のあの日あの時なのでした。特に,春先から沖縄戦を戦っていた時期にはちょっとした音でも目をさまし,毎晩うなされていました。暗闇が嫌いで,電気を消して寝ることはできませんでした。父にとって,「毎日が誰かの命日」なのでした。かつて亡き母は,父の「生きる苦しさ」を短歌に詠みました。

    負傷兵たりし夫の寝言に「やられたっ」と怯えて叫ぶことのときおり
    戦場の夢見てうなされる夫のひたいに汗にじみおり
    沖縄にて受けし戦傷うずくという五十路の夫にいくさ終わらず

 そして,私は,八十路の父にいくさ終わらずと詠みました。
 父は亡くなる2年前に「自分の想い」を活字に,本に残したいと思うようになりました。「今なお,屍とともに生きる」これは,父がつくった本の名前です。この本をつくる過程で父の苦悩が,想像した以上に「深い心の傷」であることを再認識しました。そして,「戦争は勝っても負けても悲惨だ」「戦争は国と国がすること。我々兵士は戦闘=人殺しをしなければならない。人殺し反対!」「戦争が始まったら逃げなさい」の言葉を遺しました。今,「戦争をしない」「武力を持たない」と誓ったはずなのに,憲法9条を投げ捨てようとする人々がいます。私は,人が,「無数の肉片となって散っていく」戦争をもう二度と起こしたくありません。戦争の悲惨さと平和の大切さを伝え,憲法を守り発展させていきたいと思っています。

◆中村桂子さんのプロフィール

1953年生まれ
元日本兵日比野勝廣(糸数アブチラガマ負傷兵2009・7・29永眠)の娘(三女)
小学校教員
2008年3月3日(平和の日)発行・日比野勝廣著「今なお,屍とともに生きる沖縄戦 −嘉数高地から糸数アブチラガマへ」(発行所 夢企画 大地 tel052-712-0706)の自費出版を4人姉妹で編集する。
「あなたに伝えたい戦争の悲惨さと平和の大切さ」のテーマで亡き父の戦争体験を語り継いでいる。



 
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