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今週の一言

 

1人ひとりの生活が守られる社会を

2010年5月17日

赤木智弘さん(フリーライター)

 

――赤木さんは、朝日新聞出版の雑誌「論座」2007年1月号に「『丸山眞男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は、戦争。」を執筆され、大きな反響をよびました。“希望は、戦争”という表現に、当時ようやく社会問題として認識され始めた“格差と貧困”の深刻さを思い知ったという人も多かったと思います。
(赤木智弘さん)
 誰かが誰かを足蹴にしている状態をそのままにして、現に戦争をしていないから「平和」とみなしている、それが「平和」なら、守るだけの価値があるのかという問題提起でした。今の社会システムが守られることによって不利益をずっと受け続ける人と、利益を得る人が出てしまうというのは、やはり良くないと思っています。戦争をする国になれば、格差はなくなるかといえば、そんなことはないわけです。しかし、ここまで固定化された格差を生んだ社会体制は、外からの大変動がなければ変り得ないのではないかという思いがありました。フリーターは、1つつまずけば、自分の下に保護が何もないという状況にさらされています。それは今の自分の生活状況でも本質的に変りはありません。1人ひとりの生活が守られなければと思っています。

――1人ひとりの生活が守られる社会体制を築くには、何が必要だと思われますか。
(赤木さん)
 北欧では、税金が高くても福祉水準を高くするというコンセンサスがありますが、日本にはそれがない。それが一番問題だと思いますね。どういう社会にするのかという議論より、努力すれば報われるという高度成長期の“成功体験”にしがみついたまま、成功した人は努力したからだ、失敗したのは努力しなかったからだという自己責任論が幅を利かせていると思います。
 これまで日本社会では、企業は正社員の生活を守るけれども、正社員を守るためにむしろ非正規労働者を使い捨てにするということがまかり通ってきました。正社員として守られてきた人は、これまでどおり企業が個人の生活を守るべきだと思っている。自分は、政府・行政が個人の生活を守るべきだと思っています。なぜ派遣村が必要になったかといえば、派遣労働者は企業から首を切られることで、同時に住む家まで失ってしまったからです。企業に属することが生存の条件であるような体制を変えて、つまり日本国民であれば誰でも、生存、衣食住が保障されるべきで、企業活動の保障はその後に来るようにすべきだと考えています。

――派遣村のとりくみで、非正規労働の問題が浮き彫りになったものの、一方で自己責任論に根ざすバッシングもありました。
(赤木さん)
 個人の生活が企業に保障されることで―それは企業に個人が依存することでもありますが―、一人前とみなされる時代が過去にありました。つまり我々は企業で頑張って働いて、家を得てきたんだという自尊心は根深く、今の若い人たちが、とりあえず住む場所は国から提供されることを“狡い”と感じてしまうような意識がある。個人の自尊心に関わる意識だから、単純に解体できないと思います。
 たとえば、よく若者の“本離れ”“テレビ離れ”“車離れ”、という言い方がされます。若者の本を読む時間が減った、若者に車が売れない、こういう現象を“変った”とは言わずに“離れた”と表現する。本、テレビ、車、いずれも昭和的価値観では、重きをおかれていたものです。つまり昭和的価値観そのものがベースになっているわけです。若者が家を持てなくなったから、“持ち家離れ”とどこかで言われているのでしょうね。当時と今とでは個人の趣味嗜好は異なって当然だし、自由になるお金も違うのだから当たり前のことなのですが。
 高度成長期が終わるまでの日本人の“成功体験”が 大きな壁になっているように感じています。けれどその“成功”の一方、企業に属すること=社会性だったような社会で、本来の社会性が損なわれ、お互いのコミュニケーションがとられてこなかった。ヨーロッパのバカンスを、日本では長期休暇とみなしていますが、実際には家族と一緒に過ごしたり、ボランティア活動をしたり、社会参加をしたりといった、いわゆる労働ではない社会活動を行うための時間に使われているのです。それを日本人は休息としか表現できない。だから日本では夫が定年になると、家にひきこもるとか、熟年離婚とかが問題になるのは、それまでいかに家族や地域社会とコミュニケーションがとれていなかったかということです。
 
――これからはその価値観そのものを見直していく必要があるということですね。
(赤木さん)
 日本型雇用の影響が強くて、人間を出身大学や会社名で測る見方に傾いていた。それ以外の価値観、実際に社会に出てから、社会活動などで得たものが、学歴や職歴よりもずっと劣っているようにみられてしまうということが、個人の自立を阻んでいると思うのです。

――憲法13条で、個人として尊重されると謳っているのに、そこからも乖離してしまっていると……。
(赤木さん)
 憲法って本来、理想ですよね。理想を実現するために、自分たちが行なうべきことを提示しているのではないかと思っています。だから、それを国に守らせるためには、国民がその理想を共有していかなくてはならない。そのために、議論は必要だと思っています。改憲派も護憲派も、相手の意見を聞かないのは良くない。護憲派は、変えた場合に日本にどういう可能性が広がるかということを考えなければならないし、改憲派は、変えない場合の利点をもっと考えなければいけないと思うんです。本質的には、こういったことをきちんと論じなければいけないと思うのですが、残念ながら、今の日本人に、国のベースとなる憲法について議論できるだけの慎重さがあるのか疑問に感じてしまいます。
 多分日本人にはまだ、社会的な人間としての自覚が足りないのだと思うのです。会社に価値をおきすぎて、会社人であっても社会人ではない。一個人として、一人の社会人としては、自立できていない。この価値観を見直して、個人が自立していくと、個人を社会が守るべきだという価値観が醸成されてくると思います。そこで初めて、政府は個人を守れということが言えるようになってくる。憲法25条が実現される社会に近づくと思います。

――お忙しい中、刺激に満ちた有意義なお話を伺うことができました。有難うございました。

(聞き手=法学館憲法研究所事務局)

◆赤木智弘(あかぎ ともひろ)さんのプロフィール

1975年8月生まれ フリーライター
長きにわたるアルバイト経験から、非正規労働者でも安心して生活できる社会体制を目指し活躍している。
『若者を見殺しにする国』(双風舎)
『当たり前をひっぱたく』(河出書房新社)



 
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