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今週の一言

 

憲法25条と健康保険法の本旨に立ち還って、患者救済と公的医療制度の再建(社会保障の再興)の両立を目指す。
―医療現場・発!「ゼロの会」の取組み―

2010年4月19日

池川 明さん(神奈川県保険医協会理事長・医師(産婦人科医))


 「わたくしは物事を考えても分からなくなると、必ず憲法を読み返してみるのです。」
 「憲法25条には、こう書いてあります。『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』。『国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』。」
 ―詩人・作家の辻井喬氏は、去る4月3日に当会が主催した対談講演会で、憲法25条の全文の朗読から切り出し、会場を埋め尽くす500名近くの聴衆に語りかけました。その語り口は極めて柔和でしたが、辻井氏の「憲法に立ち還る」との揺るぎない言葉の力は、私たち「ゼロの会」の運動にも、大きな勇気と確信を与えるものでした。
医療ドキュメンタリー映画『シッコ』 注1
 「ゼロの会」は、医療費の窓口における負担“解消”を通じて、経済力の多寡に左右されず「いつでも、どこでも、誰でも」保険証1枚で受診できる、日本の皆保険制度の原点回帰を掲げて発足しました。すなわち、患者負担を限界まで引き上げ、公的な医療支出・給付を抑制・縮小した「臨調行革路線」に始まる「医療『改革』」に対して、必要な医療それ自体の給付(「現物給付」)を謳う健康保険法の本旨に還り、医療を安心して享受できる(患者サイド)・提供できる(医療者サイド)、療養権が保障される社会の実現が目標です。辻井氏はその詩人的感性と市民感覚に基づき、この「ゼロの会」の本旨を簡潔に表現してくれたのでした。

 母体となる神奈川県保険医協会は、県下で開業する医師・歯科医師5800名の団体です。当初より開業保険医の生活と権利を守る「互助」的な側面と、地域住民の受ける医療内容を定める公的保険(「公助」)充実を掲げ、患者・国民の権利保障と医療の質・医療者の地位向上を“車の両輪”に発展して来ました。社会保障審議会「50年勧告」や「3000万の無保険者を医療保険に」とのスローガン等も背景に、1961年皆保険制度が創設(当初、健保本人10割(患者負担ゼロ)、家族5割、国保5割給付)され拡充されましたが、「臨調行革路線」で一転します。1984年に健保法1割負担導入を皮切りに、国庫負担・企業拠出割合も後退、保険給付の縮小による患者・医療機関への負担転嫁も、以来一貫して続きます。最近でも、リハビリ日数制限(打切り)問題は記憶に新しい所です。一連の「改革」で、万が一に備え保険料を拠出しているのに、国民の85%が病気になっても「3割」を直接負担する事態となりました。厚労省の計算式(「ナガセ指数」)では3割負担が“臨界点”、4割になると半数が受診を控えるため、“保険”と呼べなくなるからです。
 この“臨界点”から、まさに公的医療制度の「メルトダウン」が始まり、経済的理由の受診控え・治療中断が顕著になりました。これは各種調査・統計でも明白です。例えば、慢性・精神疾患の増加、高齢化の進展とは裏腹に、厚労省調査で外来22.7万人・入院7万人も患者数が減少(3年前と比較・1日当り)。また、日本医療政策機構の調査では、「経済的理由の受診控え」の経験者が26%。イギリス3%、カナダ5%、そして公的保険が未整備のアメリカ24%にも劣る先進国最低でした。国民の生存権が脅かされている、まずは受診機会・療養権の保障を。そうした現場の危機感から、「ゼロの会」は動き始めたのです。

書籍『ドキュメント医療崩壊』 注2

 一方で、療養権の危機は、「医療崩壊」としても深刻な状況です。これは、先述した公的支出・給付範囲の抑制(縮小)策が主因ですが、マスコミ報道が伝える産科・小児科、救急など目立つ事例だけではありません。辻井氏と対談した当会名誉理事長・平尾紘一医師は、糖尿病専門医として診療所を開業、患者数は大学病院より多い程です。治療には看護師に加え、栄養士・保健師・運動指導士・検査技師など多くのスタッフが必要です。しかし、この10年間、医療の質・内容の向上と逆行して、その治療単価(1人平均)は一般患者(外来)で12,888円→11,067円(▲14.1%)、高齢患者(外来)で20,536円→16,329円(▲20.5%)と抑制は強化されました。医療は労働集約産業(人件費5割)です。経営余力の弱体化は、納得できる医療提供(雇用)や質・安全を脅かし、それは患者さんに跳ね返ります。しかし、医療再生に必要な公的支出の拡大(例えば先進国水準)は、比例して患者3割負担を増大させます。この患者・国民と医療者を二律背反させる「窓口負担」=矛盾解消により、患者救済と公的医療再建を同時に達成する。この「ゼロの会」の核心部分に、元・朝日新聞編集委員の田辺功氏は「逆転の発想」と大きな期待を寄せてくれました。

 勿論、それで全て解決される訳ではありません。窓口負担解消は、税・保険料で医療費支出を分かち合う事であり、相対的な「負担増」に国民理解も不可欠です。また、医療者・患者モラルの問題など、様々な課題もあるでしょう。一方で、医療費ベースの約8割が重病・高度医療など生命に絡む事例で、患者数で約8割相当の通常受診を窓口負担で抑制しても財政影響は皆無であること。また、先進諸国と比べ日本企業の社会保障拠出(事業主負担)が極端に低いこと等、知られていない事も多数あります。「窓口負担ゼロ」を契機に、社会全体に関わる医療の問題として、国民的議論の成熟を期待し、問題提起を続ける所存です。
 いずれにしても、体調が悪ければ受診機会を奪われず、医療を受けられるのが大前提ではないでしょうか。平尾医師が学会等でヨーロッパに滞在した際、窓口負担の話をしても「お金がなく医療にかかれない」ことの意味が理解されないそうです。私たちは、病人が窓口でお金を払うことが「当たり前」と慣らされているのではないでしょうか?
 ぜひ、多くの皆様よりご賛同を、またご意見・ご批判も含めて戴ければ幸いです。

※ぜひ「ゼロの会」HPをご覧ください。Q&A形式でも、疑問にお応えしております。

注1:医療ドキュメンタリー映画『シッコ』(M・ムーア監督作)医療構造改革が目指したアメリカ医療の現実、ヨーロッパの窓口負担ゼロも紹介。
注2:書籍『ドキュメント医療崩壊』(著者・田辺功、朝日新聞社刊)ご自身の集大成と位置付けた連載記事の書籍化。「ゼロの会」も紹介。

◆池川明(いけがわあきら)さんのプロフィール

産婦人科医・池川クリニック院長
神奈川県保険医協会理事長

1954年生まれ。帝京大学医学部・大学院卒業。医学博士。
上尾中央総合病院・産婦人科部長を経て、1989年に横浜市金沢区に池川クリニックを開業。2009年より、神奈川県保険医協会理事長に就任。発起人の1人として、2007年に「ゼロの会」設立。朝日新聞、日経新聞、週刊東洋経済などで、その活動・発言が紹介されている。



 
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