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七生養護学校事件と「教育の自由」をめぐる攻防

2010年3月29日

窪田之喜さん(七生養護学校「ここから」裁判弁護団員・弁護士)


2つの事件
 2003年に起きた都立七生養護学校に関係する事件は、2つありました。1つは、同校で積み重ねられてきた広い意味での性教育「こころとからだの学習」を東京都教育委員会(都教委)と3人の都議会議員と産経新聞が共同して破壊した行為に対し、「教育の自由」を侵害する不法行為として裁く事件です。当時の父母や教師31人が原告となり、三者を被告として起こした慰謝料請求裁判(以下「ここから」裁判)です。もう1つは、元七生養護学校長であった金崎満氏が、都教委から受けた1ヶ月出勤停止の懲戒処分と校長から教諭に降格させる分限処分の取消を求めた裁判(以下、金崎裁判)です。
 金崎裁判は、一審、二審とも「処分取消」判決が下り、去る2月23日、最高裁が都教委の上告を受理しないと決定して、金崎氏の勝利が確定しました。「ここから」裁判は、東京地方裁判所の一審判決で、都議会議員と都教委の行動に違法があったとして合計210万円の慰謝料支払いを命じられましたが、都教委らは全面的に、原告らは敗訴部分について控訴し、東京高等裁判所の審理が進んでいます。

金崎裁判の勝利確定とその要点
 金崎裁判の勝利確定は大きな意味をもつことになりました。校長でも、都教委の意向次第で降格させる。この仕打ちは、学校現場から自由の雰囲気を奪おうとするものでした。
 都教委は、金崎校長も「不適切な性教育」を理由に処分しようとした形跡がありました。しかし、「性教育」関連よりもっと端的で重大な「違法」を言いたかったようです。都教委は、金崎氏らが七生養護学校で進めていた「情緒障害児学級」は実体がなく、教員を多く配置させるための見せかけの学級申請であった、と処分理由を主張しました。
 しかし、一審東京地裁、二審東京高裁の両判決は、丁寧な事実認定の結果、都教委の否定した同校の「情緒障害児学級」が、逆に、実態のある創意工夫され教育効果を挙げていた貴重な教育実践であったことを認め、都教委の主張を退けたのです。
 東京地裁判決は、担当教諭が作成し金崎校長が都教委に提出した「情緒障害児学級の試行について」と題する提言に注目しました。そこには、@個別指導を基本とした情緒安定の取り組み、A対人関係の向上や集団性を理解する学習、B集団参加の力を高める学習、C認知発達を促す学習が計画され、これを実現する学習方法として、流動性のある学級編制が構想されていました。情緒障害児学級での教育効果を期待し得る生徒について、情緒障害児学級をベースにしつつ、学習内容、本人の情緒の安定の状況を総合的に判断しながら、個別指導、情緒障害児学級での学級指導、学年、知的発達段階別のグループへの合流による集団指導など、様々な形態での学習を計画化する試みが、ここにありました。この、提言は都教委も認めて実践され、「情緒著障害児学級」は成果をあげ、何人かの生徒が普通学級に移行できるようになったのです。
 高裁判決も、この実践を認め、元々都教委自身が認めていた方針であったことを指摘しました。
 両判決は、金崎校長が「情緒障害児学級」を教員加配の手段として濫用していたとする都教委の処分理由には根拠がないと断定し、処分を取消しました。処分こそ、「教育の自主性」の侵害だったのです。成果を挙げていた「情緒障害児学級」は潰されてしまいました。
  
「教育の自主性」破壊の違法を問う「ここから裁判」
 七生養護学校の「ここから裁判」も、金崎裁判と同様に「教育の自主性の侵害」という共通項をもっています。2003年7月の都議会で、ある都議が七生養護学校「こころとからだの学習」教材の一つである「からだうた」を取り上げ、そこに男女の性器の名称が入っていることをとらえて「不適切」と決め付け、教育長も石原都知事も「きわめて不適切」等と答えました。教育破壊の始まりでした。その直後に、都議らと都教委職員らが七生養護学校に赴き、保健室で都議が乱暴な行為と教材「没収」の進言をし、都教委が殆どの教材を「没収」し、年間指導計画を変更させ、多数の教師を厳重注意処分とし、翌年度の人事異動で教員集団をばらばらにして、「こころとからだの学習」を破壊したのです。
 七生の「こころとからだの学習」は、多数の生徒間の性的事件の発覚や子どもの深刻な性的被害など、困難な現実に立ち向かう教師たちの教育姿勢から始まりました。子どもたちを性的犠牲から守り、子どもたちが自分も他人も暖かく認め合える人間観(感)をもてるようにしようと話し合い、創りあげたものでした。その実践は高く評価され、2001年、2002年の都教委・校長会共催夏季研修会で七生の教員による「こころとからだの学習」報告が為されていたほどでした。それが一転、一部都議らが政治先導し、都教委自身が積極的に動き、産経新聞がその広報役を担い、「こころとからだの学習」を破壊してしまったのです。子どもの学習権と教育の自由が踏みにじられたのです。
 戦前、軍国主義の先導役を担ってしまった反省から、教育基本法は、教育の自主性と教育行政の条件整備性を明確にしました。教育基本法制定を担った田中耕太郎文相は、著作の中で、教師は公務員であるが「上級下級の行政官庁の命令系統の中に編入されるべきものではない」、「教育は不当な行政的権力的支配に服せしめらるべきではな(く)、教育者自身が不羈独立の精神を以て自主的に遂行せらるべきものである」と強調しました(『新憲法と文化』)。かつて最高裁旭川学テ判決が指摘したように、教育が「子どもと教師の人格的接触」を通して、「教師の自主的な創意工夫」によって創られるという原理が確認されるべきです。七生の2つの裁判は、その可能性を追求する歴史的たたかいになりつつあります。

◆窪田之喜(くぼた ゆきよし)さんのプロフィール

弁護士歴35年。「診療所のような法律事務所を」を合い言葉にする日野市民法律事務所に所属し、地域市民の様々な相談・事件に取り組む 七生養護学校「こころとからだの学習」裁判、檜原村住民訴訟、日野梅ヶ丘「旧陸軍地下壕陥没事故」国家賠償請求事件などの弁護団に参加。NPO法人日野・市民自治研究所理事など地域での市民活動に参加。



 
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