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生きる価値をとりもどせ、広がるプレカリアート運動

2009年10月26日

雨宮処凛さん(作家・プレカリアート活動家)

――今、雨宮さんは、プレカリアート運動に意欲的にとりくんでおられます。プレカリアートとは、失業者やニートも含め、フリーター、派遣、請負などの不安定雇用層全体を指す言葉と聞いていますが、彼らを中心に運動が大きな広がりをみせている、その要因はどこにあると思われますか?
(雨宮さん)
 プレカリアート運動が、非正規雇用・フリーター当事者たちの間で広がり出したのは、2006年頃からだと思います。もちろんその10年以上前、90年代中盤ぐらいから、若者の雇用は厳しかったのですが、その頃は何かおかしいと感じていても、その原因が社会的に明らかにされることはありませんでしたし、フリーターは周りからのバッシングに晒されるという状況でした。フリーター自身も、一生フリーター生活が続くとは考えていなくて、一過性のものという認識でしたから、当事者意識が生まれにくかったのかもしれません。
 それが、2005・6年頃には、ロストジェネレーションの人たちが30代にさしかかり、安定した働き場所が見つからないまま、生活はどんどん厳しくなる、このままだと将来どうなるのか、と当事者たちが気づき出したんです。加えて小泉政権下、弱肉強食の新自由主義が猛威を振るい、その中で若者のホームレス化が進みました。ネットカフェ難民の存在や、都市が“寄せ場”と化し、携帯で毎日次の日の仕事を請けるという、その日暮しの日雇い派遣の問題が浮かび上がってきたのがこの頃です。

――プレカリアート運動を担っている皆さん自身も、生活の厳しさを抱えながらのとりくみです。皆さんの熱意を支えているのは?
(雨宮さん)
 今日の食べ物、今夜の寝床がない、という人たちにとっては、当然運動どころではありません。この運動に参加している人の多くは、とりあえずまだ家と仕事はある、という状態の人たちですが、自分も不安定層だから、いつ野宿になるかわからない、お互いに助け合おう、という感じですね。お金がなくてもないなりに生きていける、そういう生き方を択んだら、人のつながり、ネットワークを大切にして、助け合って生きていくしかない。
 でも助け合うというのは、社会の極めて健全な姿で、もともと人間が生きる営みの根底にあるものだと思います。だから、プレカリアート運動は、労働運動であり、生存運動であり、文化運動という側面もあって、人が生きるにあたって最も必要なものを取り戻す運動でもあると思うんですね。
 今まで競争社会の中で、徹底的に、個々人が分断されてきたわけですよね。学校に通っているときから、人間関係のベースにあるのが競争で、人を蹴落としたり蹴落とされたりという状況におかれて、連帯しろとかいわれても、まず信頼感なんて生まれない。そんな中で、競争ベースではない人間関係、信頼ベースの人間関係が、今のプレカリアート運動の現場にはあって、そういうところが、多くの人を惹きつけているのだと思います。

――従来の運動では、憲法25条生存権、27条勤労権、9条平和主義と、それぞれ個別の問題として扱われていました。雨宮さんたちのプレカリアート運動は、これらの問題を全てひっくるめ、さらに、これまでそこに包摂しきれていなかったメンタルな問題をも“生きづらさ”として把握し採り上げておられるのは、生き方の問題、13条幸福追求権に関わるものですね。憲法の視点からも新たな地平を拓いていくものと感じています。
(雨宮さん)
 私たちのとりくみが、25条生存権の問題だということは、当初から共有されていたと思います。「生きさせろ」という言葉がデモのスローガンとなることに、最初私はびっくりしたんですね。2006年の日本で、若者が「生きさせろ」と叫ぶ。では、ただ生存できればそれでいいのか、というとそうではない。今までの、正社員で長時間労働か、非正規でネットカフェ難民前提の生活か、というどちらも択びたくない二者択一ではなく、自分たちで生き方を一から模索しようという運動です。
 もともと私は、自殺とか自傷とか、生きづらさ、まさに精神的な部分の問題に関わる取材を6年位していました。その取材の過程でも、自分の周りでこんなに多くの人が生きづらさから死を択んでしまう、何故なんだろうと。自殺の問題を突き詰めていったら、やはりそこに、構造的な問題がある。
 労働も生活も、この10年ほどの間に凄まじく破壊されました。善良だけれどもちょっと要領が悪い、真面目で誠実だけれども世渡りがあまり上手くない、といったごく普通の人が、もう全く生きていかれないような世の中になってしまった。競争に勝ち抜いて、市場原理に役に立つ人間でないと生きている価値がない、という世間の空気によって自殺へと追いつめられてしまう。
 あたりまえに生活し、働き、人に認めてもらうこと、そういう人間として最低限の尊厳を保ち得なくなってしまったんだなということに気づきました。
 生きづらさの問題は、労働だけでなく、家族関係の問題であるとか、様々な問題が絡まり合っているんだと感じますね。

――9条の問題についても伺いたいと思います。生存がかかっているのに9条どころではないという声があり、一方で格差解消のための戦争待望論もあったりしますが……。
(雨宮さん)
 プレカリアート運動に関わり始めた2006年頃から、現場では貧困と戦争の問題というのは、いわばセットだったんですね。戦争は貧者を求めるといわれます。イラク戦争に行った米軍兵士の大学の奨学金問題など考えると、全く他人事ではない、と運動の現場では話していました。湯浅誠さんが事務局長の自立生活サポートセンター・もやい関連情報)にも自衛隊の勧誘がくるそうです。お金がない、仕事のない若者がたくさん集まっているだろうと、足元をみられているんですね。狙い撃ちのように、そういう勧誘がくる。
 それから、取材をしていて分かったのは、今ホームレスになっている比較的若い人でも、元自衛隊員という人が結構存在するということです。家が貧困状態だったのか、中卒でそのまま自衛隊に入ったというケース。そういう人たちが、自衛隊を除隊しても仕事が見つからず、野宿者になってしまうという現実があります。ですから、貧困と戦争というのはとても近しい問題だとうけとめています。

――生存と平和を求める運動は、今後どのような展開になるとお考えですか?
(雨宮さん)
 これまでプレカリアート運動は、まず自分たちのおかれている状況への社会的な理解を得ることが課題だったんですね。貧困や失業は自己責任だという世論が、去年ぐらいまで強かった。が、リーマンショックや派遣村のとりくみなどをきっかけに、そういう世論が―全くなくなったとはいえませんが―、だいぶ変わってきたところに手応えを感じていますし、運動への一定の理解が得られるようになったと思います。
 これからは、ここまで壊されてきたものをどう修復していくかということが課題でしょう。簡単なことではないと思いますが。けれど、民主党政権になって、これまで私たち運動側の要求してきたことが、現実に政策の形をとりつつあることに期待を感じてもいます。みな、もう新自由主義の弱肉強食の論理には、こりごりしていると思うんです。信頼関係ベースのプレカリアート運動に居場所を見出している人たちが、これまでの流れを変えていくのではないかと思っています。

――本日は、お忙しい中とても示唆に富んだお話をいただき、有難うございました。いっそうのご活躍を期待しています。


◆雨宮処凛(あまみやかりん)さんのプロフィール

1975年北海道生まれ。作家・プレカリアート活動家。
2000年、自伝『生き地獄天国』でデビュー。著書に『バンギャル ア ゴーゴー』『生きさせろ! 難民化する若者たち』『雨宮処凛の闘争ダイアリー』など多数。
反貧困ネットワーク副代表。フリーター全般労働組合賛助会員。
雨宮処凛さんの公式ホームページはこちら

<法学館憲法研究所事務局より>
※当研究所では、雨宮さんのお話の中にありました自立生活サポートセンター・もやい事務局長で国家戦略室・政策参与に起用された湯浅誠さんをお招きして、来る11月14日に公開研究会を開催します。あわせてご案内いたします。
※また、当サイトでこれまで、NPO法人POSSE代表の今野晴貴さん首都圏青年ユニオン書記長・「反貧困たすけあいネットワーク」事務局長の河添誠さんらにも、反貧困のとりくみと憲法について語っていただいています。あわせてご覧下さい


 
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