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核廃絶とモデル核兵器条約、そして国際立憲主義

2009年9月21日

山田寿則さん(明治大学法学部兼任講師)

 2009年4月5日、米国のオバマ大統領は、チェコのプラハで演説し、核軍縮と核不拡散に関する米国の新たな取り組みを世界に向けて発信しました。これは、同国の核政策に関する方針の転換を強く印象づけるものでした。これを1つの契機として、核軍縮への機運が大きく高まってきたように見えます。しかし、日本周辺に目を向けると、北朝鮮がプラハ演説の直前にいわゆるミサイル実験を、5月には核実験を行い、核兵器の保有をより実体化させています。中国もその経済発展を背景に核軍備を含む軍事力を強化させており、日本政府はこれを懸念材料と見ています。
 このように核兵器をめぐるさまざまな動きが交錯する中で、法はどのような役割を果たせるのでしょうか。たしかに、国際社会には、国内社会と異なり、上位の権威者が存在しません。法の侵犯者に対して集権的な制裁措置が常に発動されるわけでもありません。このような社会にあって、法は無力なのか。この問題については、国際法学の内外で「国際法は法か」とのテーマで古くから議論されてきました。もう1つ、とりわけ1990年代以降には、国際法の枠を超えて、立憲主義という視点からより広く国際社会における法の支配の在り方を議論する動きがみられます。いわゆる国際立憲主義をめぐる議論です。一般に立憲主義とは国家権力の行使を制約する理論として理解されていますが、冷戦終結後、急速に進むグローバリゼーションを背景として、地球規模での権力政治の在り方を、とりわけ法的視点から批判・検討するものとして、国際立憲主義をめぐる議論が盛んになってきています。
 もともと立憲主義の理解それじたいが論者によって多様ですが、国際立憲主義についても、憲法や国際法の専門家だけでなく、国際関係論や国際政治学、EUの研究者などにより、学際的に論じられています。西欧で生まれた近代立憲主義を採用する諸国が拡大している現象を指して、立憲主義のグローバル化と捉える視点がある一方で、個別国家を超えた国際社会全体に関わる秩序として国際立憲主義を捉える見方があります。またその中でも、現実の実定国際法に即して、どの程度立憲主義が実現されているかを検討する論者もいますし、他方で、国際立憲の理念を憲法政策として実現させるという、より政策論的な視点から論じる立場もあります。
 これらの議論は、21世紀に入ってからの米国によるアフガンやイラクに対する攻撃に象徴される、力の行使に対する反応として生じている面もありますが、現実に、EUの中で「憲法」条約の制定が議論されていたり、市民社会(NGO)が制定に深く関与する形で対人地雷禁止条約(オタワ条約)やクラスター弾禁止条約(オスロ条約)が成立するなど、これまでもっぱら国家間交渉を通じて形成されると考えられてきた国際法とは異なる形での、秩序形成の方式が生じていることも背景にあると考えられます。
 核兵器廃絶との関係でも、同じ現象が見られます。1996年、国際司法裁判所(ICJ)は「核兵器の使用・威嚇の合法性に関する勧告的意見」を出しました。これは国連総会からの付託に応えたものです。この国連総会による付託決議採択の背景には、「世界法廷プロジェクト」という市民社会による運動がありました。これは、国際平和ビューロー(IPB)や核戦争防止国際医師の会(IPPNW)、国際反核法律家協会(IALANA)などを中心とした多くのNGOが、核兵器が合法かどうかについて世界法廷(国際司法裁判所)の勧告的意見を求めようと起こした運動です。これに賛同する国連加盟国が国連総会決議の採択を促進し、ICJの勧告的意見に結実しました。この勧告的意見の結論は、核兵器の使用・威嚇は一般的に違法だが、自衛の極端な状況下ではわからないとするもので、問題性を残しつつも、核兵器の使用・威嚇に対する適用法を明確にした点で意義あるものでした。また、核軍縮交渉を誠実に遂行しかつ完結させる義務があるとした点も注目されます。
 この勧告的意見以降、国連総会は毎年決議を採択し、ICJが核軍縮交渉完結義務を認めたことを強調するとともに、核兵器禁止条約の早期締結に至る交渉の開始を呼びかけています。また、世界法廷運動を進めたIALANAやIPPNWは、核兵器禁止条約の草案を「モデル核兵器条約」として独自に作成し、1997年にはコスタリカがこれを国連総会に提出しています。2007年には、これらのNGOが作成したこのモデル条約の改訂版を、コスタリカとマレーシアが核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会と国連総会に提出しています。なお、このモデル核兵器条約については、これらNGOが解説書を作成しており、邦訳も出版されています(メラフ・ダータン他著『地球の生き残り[解説]モデル核兵器条約』日本評論社、2008年)。
 実は、このような市民社会による核廃絶条約案の歴史は日本にもあります。1976年には、国際法学者7名が「核兵器使用禁止国際条約(案)」を、1978年には日本弁護士連合会が「核兵器使用禁止条約案」を、1993年には、松井康浩弁護士が「核兵器廃絶条約要綱」を発表しています。最近では、非核兵器地帯についてNGOのピース・デポが「北東アジア非核兵器地帯条約案」を、また、NPTの場では、広島・長崎の市長らが中心となり結成されている平和市長会議が「ヒロシマ・ナガサキ」議定書を提唱しています。
 もっとも、これらの条約案は、オタワ条約やオスロ条約のように実現するには至っていません。対人地雷やクラスター弾に比べて、国家の安全保障における核兵器の役割は遥かに大きいと言えます。しかし、国家権力の究極的発現形態とも言える核兵器を法の支配の下で廃絶へと導くことができれば、そしてそれがグローバルに出現しつつある市民社会の手によってなされるとすれば、そこに新たな国際立憲主義の地平を展望することも可能になるかもしれません。
 2010年5月にはNPTの再検討会議が開催され、「核兵器のない世界」への動きがどのようなるのかが注目されています。市民社会の智恵と工夫が試されています。

◆山田寿則(やまだとしのり)さんのプロフィール

1965年 富山県生まれ
明治大学大学院博士後期課程法学研究科 単位取得退学
現在:明治大学法学部兼任講師
著書・訳書:『わかりやすい法学・憲法』(共著・文化書房博文社)、ジョン・バロース著『核兵器の違法性―国際司法裁判所の勧告的意見』(共訳・早稲田大学比較法研究所叢書27号)、C.G.ウィーラマントリー著『国際法から見たイラク戦争』(共訳・勁草書房)、メラフ・ダータン他著『地球の生き残り 解説モデル核兵器条約』(共訳・日本評論社)など。



 
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