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東京「日の丸・君が代」処分取消し訴訟(第一次訴訟)の判決について

2009年4月6日

尾山宏さん(東京「日の丸・君が代」処分取消し訴訟原告団弁護団長)


―――3月26日、日の丸・君が代の強制に反対して処分を受けた東京都立校の教職員が提起した処分取消し訴訟について、東京地裁で大変残念な請求棄却の判決がありました。これはどのような事件なのでしょうか。
(尾山さん)2003年10月23日、東京都教育委員会は都立学校長に対して、卒業式、入学式などにおいて、教職員らが国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること、国歌斉唱はピアノ伴奏で行うこと、国旗掲揚及び国歌斉唱に際して教職員が通達に基づく職務命令に従わない場合、服務上の責任に問うことを内容とする通達を発しました (いわゆる10.23通達)。この通達以降、すべての都立学校において、校長より各教職員に対し、卒業式・入学式等において指定された席で国旗に向かって起立し、国歌斉唱する (音楽教員はピアノ伴奏する) 等という内容の職務命令が出されるようになりました。 通達直後の卒業式・入学式等において、240名以上の教職員が通達及び職務命令に違反したとして、懲戒処分や嘱託再雇用拒否等の不利益処分を受けました。173名の原告は、いずれも10.23通達直後の周年行事・卒業式・入学式において、職務命令に従わなかったとして2004年に懲戒処分を受けた方々で、処分の取消しと慰謝料を請求しています。

―――従来の都立校ではどんな卒業式がなされていたのですか。
(尾山さん)多くの学校で卒業生・生徒も教師と一緒になって卒業式創りをしていました。各学校によって創意工夫に溢れた個性的な、想い出に残るような楽しい卒業式が行われていました。卒業式の舞台全体が、生徒のカラフルな装飾できれいに飾ってありましたね。しかし、その後は、日の丸と都旗と校旗を飾る寒々しい光景に変わりました。教育では、生徒の自主性を尊重させるとか発揮させるとかすると言いながら、実際には逆のことをやるようになりました。

―――それまでの卒業式こそ教育の理念に合致していたのですね。
(尾山さん)そうです。生徒の意見表明の権利とか参加は国際的な条約に入っています。卒業式でも当然意見表明の権利があります。条約の水準にも達していた従前の卒業式のあり方に逆行した通達ですから、ひどいものです。

―――処分の取り消しを求める理由はどのようなものでしょうか。
(尾山さん)第一に、通達で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを強制することは、教職員や生徒の思想・良心の自由(憲法19条)に反するということです。これが中心です。第二に、「実施指針」で国旗の掲揚の時間から方法、卒業式等の会場設営、教職員の座席指定に至るまで非常に詳細に規定することなどは、旧教育基本法10条1項にいう教育に対する「不当な支配」に当たるということです。第三に、教職員の教育の自由(憲法23条、26条)に違反するという主張です。

―――この判決についてご紹介ください。
(尾山さん)判決は、原告らの世界観、日の丸・君が代観が19条の思想・良心の自由に含まれることを認めています。従って、「君が代」の斉唱やピアノ伴奏を拒否することは個人的な思想・良心に基づく行為であることは認めています。しかし、校長の職務命令は、直接的に原告らの思想や良心の内容を確かめるための行為を命じるものではなく、思想信条と切り離して不起立行為等に及ばない選択も可能なのだから、一般的には不起立行為等に出ることが思想信条と不可分に結びつくものではないと言っています。仮に制約に当たるとしても許される制約だということです。
 また、卒業式等での国歌斉唱などは全国的にかなり以前から広く実施されてきたことも、制約が許される根拠の一つにしています。しかし、思想・良心の自由というものは、そういうこととは全く別個の問題です。100人のうちの1人でも異なる思想を持っていたら、その人の思想は尊重するというのが、思想・良心の自由が保障されているゆえんです。
 判決は、「一般に自己の思想や良心に反するということを理由としておよそ外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には、社会が成り立ち難いことは明らかである」と言っています。これが判決の根底にある思想で、儀式においては一律の行為を認めること自体に合理性があるということです。儀式において言われたとおりに立ったり歌ったりするという外形的な秩序や規律を個人の思想・良心の自由の上位に置いています。憲法判断をなすべき裁判所として、イロハから間違っていることを強調したいと思います。裁判所は個人の尊厳や自由が頭に入っているのか、憲法をしっかり読んでくれと言いたい気持ちです。思想・良心の自由の価値の重みを、東京都のみならず裁判所までもが感じていないのは、二重のショックです。

―――日の丸・君が代の強制関係ではこれまでいくつか判決が出ていますね。
(尾山さん)2006年9月21日の東京地裁(難波孝一裁判長)の「予防訴訟」では教職員らに起立・斉唱の義務はないとする原告勝訴の優れた判決が出されました。ある弁護士は読んで涙が出たと言っていました。その後、ピアノ伴奏を命じることは思想・良心の自由を侵害しないという最高裁判決が出されました(07年2月28日)。日本の下級審は最高裁判決が出されるとそれに追随する傾向が根強いですね。自分の頭で考えないという点では盲従です。
 裁判所は行政の行き過ぎをチェックするという三権分立の建前に基づく機能を発揮しておりません。非常に困ったものだと思います。三権分立の基礎の上に成り立っている日本の民主主義にとっても憂慮すべき事態です。

―――判決には日本人の精神的な風土のようなものが関係しているのでしょうか。
(尾山さん)そうです。日の丸・君が代がいやなら日本から出て行けと言われた原告の方もいます。新聞にも載っていましたね。そう思っている人はかなりいるんじゃないでしょうか。言うことに従わないのは秩序を乱すけしからん者だ、皆が同じように行動すべきだという精神的風土が未だに強く残っていることを判決は反映しています。日本ではまだまだ個人の尊厳を大事にするという思想や風土が欠けています。

―――そのような状況はどういったところから来ているのでしょうか。
(尾山さん)250年間鎖国していた間は欧米の自由とか民主主義の思想は全く入ってきませんでした。明治維新後の日本の近代化というものは、奥行きというか、深さが欠けていました。そのまま昭和の軍国主義の時代を迎えてしまいました。戦後の民主主義は、国民が立ち上がって軍部や政府を倒したものではありません。自由と民主主義はアメリカの占領政策によって上から与えられたということがやはり今日まで大きく影響していると思います。

―――その意味ではこの裁判は国民が自由と民主主義を獲得するものですね。
(尾山さん)そうです。原告の方々のような行動は、国民の内発的な力で自由や民主主義を国民の間に広げ、根付かせる歴史的な営みの一環であるという意義があります。
 日本人には先進的な民主主義国家だという感覚がありますね。民主主義がまだ未成熟だといういうことを自覚することがまず必要だと思います。「民主主義的」と言われる集団であっても異論を排除するという傾向が強いです。そういう身近なところ、日常生活から直していかなければなりません。同じ日本人でも、それぞれ違うんだ、それぞれの考え方があるんだということを認め合うという精神的な風土が乏しいです。それが、君が代を歌うか歌わないかという問題でも亀裂として顕在化してしまうのですね。

◆尾山宏(おやまひろし)さんのプロフィール

1930年生れ。1953年東京大学法学部卒業。1957年以降最近に至るまで日本教職員組合(JTU)の訴訟に携わる。1965年以降1997年まで、三次にわたる家永三郎教科書訴訟に携わる。1995年以降、中国人戦争被害者損害賠償請求訴訟弁護団長。1998年中国社会科学院法学研究所名誉教授。2004年以降 東京都立学校教員の日の丸・君が代強制反対訴訟弁護団長

著書
『公務員の労働基本権裁判』(労働旬報社)

主な共著
『講座現代民主主義教育・第五巻』(青木書店)『教育行政と教育法の理論』(東京大学出版会)『教育法学の課題・有倉遼吉教授還暦記念』(綜合労働研究所)『教育黒書』(労働旬報社)『最高裁学テ判決と教育運動』(労働旬報社)『教師の自由と権利』(労働旬報社)
『日本の教育と学テ裁判』全三巻(労働旬報社)『戦後日本教育判例大系』全六巻(労働旬報社)『家永教科書裁判―三二年にわたる弁護団活動の総括』(日本評論社)『家永三郎の残したもの引き継ぐもの』(日本評論社)『私の不服従―東京都の「命令」に反して』(かもがわブックレット)『現代司法の課題・松井康浩弁護士還暦記念』(勁草書房)『共同研究 中国戦後補償 歴史・法・裁判』(明石書店)『砂上の障壁―中国人戦後補償裁判10年の軌跡』(日本評論社)

主な論文
「判例にみる”教育の自由”論」(有斐閣、1983年『日本教育法学会年報 教育行政の動向と教育法』)「教育裁判と教育行政」(有斐閣、1998年『日本教育法学会年報 教育基本法五〇年―その総括と展望』)「「日の丸・君が代」強制違憲判決 難波判決の内容とその意義」(旬報社『労働法律旬報』2006年12月上旬号)(労働旬報社は旬報社に社名変更した)「九・二一東京地裁判決の内容とその意義」(国土社『教育』2007年1月号)「教育基本法「改正」と日の丸・君が代強制反対訴訟の意義」(日本評論社『法律時報』2007年2月号)

 


 
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