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「陸に上がった軍艦」

2008年12月8日

川嶋博さん(シネマ・ディスト代表)

 航空自衛隊制服組トップである田母神空幕長(前)の一連の発言と対応には驚かされた。こんな人物を5万人とも言う組織のトップとし、20数万と言う自衛隊の最高幹部とした政府がその責任もあいまいにしたままにしていることも驚くばかりである。自衛隊の士気が揺らぐという声もあるようだけれど、その“士気”とはいったい何に向けられた士気なのであろうか。こうした状況は自衛隊を信じ入隊したはずの隊員達にとっても迷惑であろう。
 国民のために命を懸ける唯一の存在であるかのように言う方もおられるが、消防士をはじめ、命や人生をかけて国民のために尽くしている職業は他に数え切れぬほどにある。そうした職業の方々と自衛隊が唯一違う訓練があるとしたら、“敵”を殺す訓練が欠かせないという事であろうか。以前に見た「クラブ進駐軍―この世の外へ」と言う作品の中にこんなシーンがあった。映画のラスト近く。朝鮮戦争の前線に送り出される米兵に日本人のジャズメンが「死なないでくれ」と声をかける。その声に彼はふと立ち止まり振り返りゆっくりと言う。
 「俺は死にに行くんじゃない、殺しに行くんだ...」ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。私の頭の中では「生きて帰ってくれ」と無事を祈るシーンしか思いつかなかったけれど、兵隊は命を守るためにではなく命を奪う可能性をこそ想定して送られるものなのだ。
 4年前ほど前のこと友人の平形則安プロデューサーが「陸に上がった軍艦」と題した一冊の脚本を持って私を訪ねてきた。10年ほど前に新藤さんが書き下ろしながらも種々の事情で製作に至らなかったものだという。その日すぐに読み終えた。1944年3月、敗色濃い中で32歳にして召集を受け海軍に配属された新藤さんの敗戦までの約1年半の軍隊体験を書かれたものである。 “戦争(戦闘)シーン”は殆どないが、普通の市民の目から見た“戦争”と”軍隊“の実相がそこにあった。映画化に向けての数々の困難が予想されたが、“いまつくらなければ、こういう映画をつくれなくなる時代が来るのではないか”と言う平形プロデューサーの強い決意がそれを乗り越えさせた。
 およそ1年半後。昨年の4月「陸に上がった軍艦」の完成披露試写会が京橋の映画美学校で執り行われた。100名弱の試写会場は、マスコミ関係者で埋め尽くされた。セミドキュメンタリーともいえるこうした小作品にこれだけのマスコミ関係者が集まるのは異例のことであった。
 映画上映前に舞台挨拶に立たれた新藤さんは少したどたどしい足取りではあったけれど、お話はよどみなく声は力強かった。
 「国家にとって、また軍隊にとって一人の死はあくまでも戦死一名に過ぎないのですが、しかし残された家族にとってそれはかけがえのない人、父や兄、あるいは息子という一家にとって本当に大切な大黒柱なわけです。それは個の破壊というだけではなく残された家族のその後の人生まで破壊してしまうんです。」場内はしんとして聞き入る。そして最後にこの日本最高齢の映画監督は言った。
 「どんな理由があろうと、いかなる正義があろうと戦争はやってはならないのです。」
 小さな試写会場は拍手で包まれた。
 映画が始まると繰り返しどよめきや笑いが沸き起こった。一人の市民を“兵隊”にしていくための暴力を要素とした軍隊の日常と、あまりにもばかばかしい訓練。“本当にあったことなのか”と言う質問が試写終了後に寄せられたほどであった。
 映画公開から1年が経った今、最初に触れた田母神前空幕長の発言とその後の対応、自衛隊の中で繰り返されるリンチまがいの訓練やセクハラ報道、自衛隊員自殺の頻発の報道にあらためて思う。「陸に上がった軍艦」はやはり軍隊と言うものが必然的にもたざるを得ない“特性”と言うべきものを描いていたのではないか、と。
 私の大学の先輩に秋葉重雄と言う人がいる。現在、骨髄移植に伴う重症な後遺症と闘っている。その病床から長文の「憲法ノート」をまとめ私に送ってくれた。2年ほど前、「戦争をしない国 日本」と言う映画の製作が進められていることを伝えた時に、“ばか、俺も参加しているようなもんだ”と私を叱った方である。彼は憲法ノートの最後をこうまとめた。
 「憲法を6法全書の中に閉じ込めてはならない。また、単なる103条の文章として、棚ざらしにしてもならない。今日の日の生命として、未来の指針としなければならない。」
 憲法九条は、私たちの願望ではない、私たちが国に対し国民と世界へ約束させたものであり、私たち自身の決意であらねばと私はあらためて思っている。

◆川嶋博(かわしま ひろし)さんのプロフィール

1948年生まれ。新潟市出身。学生時代の70年、当時日活で製作の進められていた「戦争と人間」の製作と上映を支援する運動を全国の学生に呼びかけたのが映画界入りのきっかけとなった。その後全国的な「若者たち」三部作の上映運動、「月光の夏」の製作・上映運動の中心を担った。現在、定期刊行誌「シネフロント」にコーナーを持ち映画界全般についての発言も行っている。映画・企画・製作・配給を行うシネマ・ディストの代表。



 
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