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今週の一言

 

私たちはいまどのような事態に直面しているか − 憲法の視座から

2008年11月24日

杉原泰雄さん(一橋大学名誉教授)

1 08年9月以降における経済・財政の世界的激動

アメリカのサブ・プライマリーローン問題を最初の震源とする経済・財政の激動は、短期間のうちに他国をも巻きこみ、世界恐慌の様相を示しています。世界的な規模で、金融・生産・流通企業等の倒産、株価と基準通貨等の暴落、公的資金の注入、公定歩合の引き下げなどがおこっています。若干の国では、財政破綻のおそれも指摘されています。「1929年以来の事態」、「100年に1度の事態」と報道されています。なぜアメリカから始まったのか、なぜ日本・EU諸国・新興国も巻きこまれたのか、この事態にどのように対処すべきか、気になることです。

2 憲法の視座からの検討の必要性

この事態は、経済・財政のあり方を核とするものですから、経済学・財政学による検討こそ肝要です。しかし、憲法の視座からの検討も欠かせません。
近代以降においては、どの国民も、ほぼ例外なしに、社会と政治の根本的なあり方を憲法という「国の最高法規」に定め、法律や行政によってその憲法の求める社会と政治のあり方を具体化する体制をとっています。立憲主義の体制です。この体制は、18世紀末にアメリカとフランスで始まり、19世紀末には極東の日本にまで至っています。また、近代以降においては、各国民は、苦渋にみちた経験をする度に、旧い社会と政治のあり方を定める憲法を修正し、新しい社会と政治のあり方を憲法に導入して、新しい時代に進む、という歩み方もしています。

3 近代市民憲法と現代市民憲法、そして現在

近代市民革命を経て出現する近代市民憲法は、身分制的封建体制の解体と近代資本主義体制の本格的展開を主題として、それに適合的な人権の保障と統治機構を定めていました。形式的な自由・平等、神聖不可侵の財産権、ほぼ野放しの契約の自由・普通選挙と直結しない国民代表制、無差別戦争観等を主内容とするものです。それは、人間開放の新時代(近代)をもたらすものでしたが、同時に性による差別、「自由放任・低賃金長時間労働・平均寿命の低下」の近代資本主義体制、非和解的な労使間の階級闘争と近代資本主義体制の不安定化(経済恐慌の周期化)、帝国主義的進出と帝国主義戦争等の時代をもたらすものでもありました。新しい人間疎外の登場です。
第1次世界大戦後、近代市民憲法とその下での近代資本主義の体制がもたらした悲惨な「陰」の克服を課題とする現代市民憲法が、同様の課題をもつソ連=東欧型社会主義憲法とともに、登場してきます。(1)性よる差別の禁止、(2)すべての国民に「人間らしい生活」の保障を求める社会国家(福祉国家)理念、(3)戦争の違法化(侵略戦争の禁止と国際紛争の平和的解決)と軍縮、(4)民主主義の強化等を内容とする、現代資本主義の憲法です。先進資本主義国の大部分の憲法は、これらをとりいれています。しかし、アメリカの憲法は、いまなお、(2)と(3)を明示していません。日本国憲法は、これらのすべてを明示している現代市民憲法ですが、その政治の現実においては、アメリカに追随して、これらのすべてにつき消極的な対応をしています。
現代憲法の基本的諸課題を憲法上またはその運用上放棄すれば、その体制は、現代においては積極的な存在理由を失い、存続不能にもなります。ソ連=東欧型社会主義体制の諸国は、アメリカとの軍拡競争に消耗し20世紀末に崩壊しました。今回の「1929年以来の事態」についても、この憲法的視座からの検討と対応を忘れるわけにはいきません。

4 なぜアメリカから始まったのか

これについては、次の諸点に注目すべきでしょう。
(1)憲法上、社会国家理念および戦争の違法化と軍縮の規定を欠き、それ故に現実の政治において、市場原理主義の世界化(グローバリゼイション)と冷たい戦争・熱い戦争・軍拡にふける憲法的条件をもっていることです。
(2)第2次世界大戦直後、アメリカは、資本主義世界の工業生産の53.9%、世界の金・外貨準備高の53.7%をもち(いずれも1948年)、「パックス・アメリカーナ」の地位につきました。経済的にも世界の支配者の地位についたのです。
(3)アメリカは、第2次世界大戦後、軍事的・体制的覇権をかける総力戦的な「米ソ冷戦」(1946年−1991年)、「朝鮮戦争」(1950年−1953年)・「ベトナム戦争」(1960年−1975年)・「イラク戦争」(2001年〜)等々の「熱い戦争」に積極的にかかわり、軍拡に狂奔しました。とくにレーガン政権以降、軍事支出は激増し、ブッシュJr.政権の08年度には、国防総省予算は4814億ドルに達しています。この予算には、イラクやアフガニスタンの戦費等は含まれず、アメリカの軍事支出の総額は「控えめにみても、合計で1兆1000億ドルを下らない」と推計されています。軍事支出は、基本的に再生産外消耗です。経済財政を確実に衰退させます。アメリカの国際経常収支と連邦財政の赤字(「双子の赤字」)は、2005年には、それぞれ8049億ドルと4953億ドルに達しています。
(4)アメリカは、軍拡とともに「例外なき自由化」を掲げる市場原理主義の世界化の推進にふけりました。そのなかで生産・消費・大多数の生活者のいずれにとっても破壊的でしかありえない投機活動をも日常化しました。「自由放任」の近代資本主義体制の世界化の進行です。この進行と密接に関係して、多様な形の地球環境の破壊も進行しています。
(5)アメリカが今回の激動の震源地となったのは、その結果です。

5 なぜ日本も巻きこまれたのか、どう対処すべきか

日本は、アメリカと異なって、近現代の経験をふまえて、平和国家、社会国家(福祉国家)の理想を高く掲げる憲法をもっています。この憲法を誠実に実施していれば、日本はこの「1929年以来の激動」に巻きこまれないで歩むことができたはずです。日本国憲法の現代的意義を忘れてアメリカに追随し、この激動に巻きこまれてしまったことは、悔やまれることです。激動には、その要因をふまえて、的確に対処しなければなりません。とくに憲法の第9条と第25条に明示されている平和国家と社会国家の理念を大切にして対処することです。激動の要因を無視した的はずれの対応をすれば、激動を強化して長びかせ、国民を苦しめることになります。この激動を日本国憲法の2つの理念を再考する機会にしたいものです。
国民の大多数の苦しみを取り除くためには、「人民による、人民のための政治」も不可欠です。経験からも明らかなように、権力を担当するものはつねに国民の多数者の生活を忘れがちだからです。民意を公平に議会に反映できる選挙制度とその政治を実行しやすい「地方自治」の強化が不可欠です.

6 08年8月末に刊行した私の『憲法と資本主義』(勁草書房)のこと

近現代の憲法史をふまえて、とくに現在の憲法状況を、主として資本主義体制との関係で検討したものです。20世紀の米ソ2大強国の破綻についても、社会諸科学の成果をふまえて、憲法的視座から検討しています。この本の公刊の翌月、今回の激動が始まったのには驚きました。日本国憲法を積極的に再評価すべきときとの思いを強くしています。目次と序章(「『憲法と資本主義』の概要」)だけでもご参照くだされば幸いです。

◆杉原泰雄(すぎはらやすお)さんのプロフィール

1930年 静岡に生まれる
1961年 一橋大学大学院法学研究科博士課程修了
現在  一橋大学名誉教授、駿河台大学名誉教授
主著  『新版体系憲法事典』(編集代表、青林書院、2008年)
    『憲法と国家論』(有斐閣、2006年)
    『憲法読本(第3版)』(岩波書店、2004年)
    『憲法の「現在」』(有信堂高文社、2003年)
    『地方自治の憲法論』(勁草書房、2002年)
    『憲法を学ぶ 第3版』(共編、有斐閣、2001年)
    『恒久世界平和のために』(共編、勁草書房、1998年)
    『日本国憲法史年表』(共編、勁草書房、1998年)
    『憲法の歴史』(岩波書店、1996年)
    『憲法問題の見方』(弘文堂、1995年)
    『民衆の国家構想』(日本評論社、1992年)
    『人権の歴史』(岩波書店、1992年)
    『人民主権の史的展開』(岩波書店、1978年)
    『国民主権の研究』(岩波書店、1971年)ほか

<法学館憲法研究所事務局から>
■杉原泰雄教授の著書は当サイトの「憲法文献データベース」でも検索できますので、ご案内します。
■憲法の誕生と発展の歴史に関わって、12月6日(土)に講演会「世界史の中での日本国憲法の意義」(講師:浦部法穂教授)を開催しますので、ご案内します。


 
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