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今こそ「労働権」の活用を

2008年10月13日

今野晴貴さん(NPO法人POSSE代表)
若者の雇用・労働をめぐる問題点

 若者の雇用問題についてはさまざまな問題があります。低賃金で比較的単純な労働を将来の見込みもなく継続しなければならない非正規雇用の問題は広く知られてきたところだと思います。その代表格は派遣労働です。しかし日本の非正規雇用労働者は派遣労働に限らず、契約社員やパート・アルバイトなどあらゆる雇用形態で低賃金・不安定雇用です。彼らの賃金はほとんど上昇せず、一生低賃金で働かなければなりません。だから「正社員になれ」、と学校では教えています。正社員で2億、フリーターで5千万円が生涯賃金だというグラフまで使用されているそうです。
 しかし実を言えば、正社員であっても必ずしも安定した賃金と雇用が保証されているわけではありません。私たちPOSSEの行った調査では、若年正社員の半数近くが定期昇給かボーナスの支給がないと答えました。従来の正社員と違って、若者正社員の多くは男性であっても年功賃金の対象にならないのです。そのため将来の見通しを立てることができない場合も少なくありません。これは従来では考えられなかった事態でしょう。
 さて、このように若者の雇用は総じて不安定で保証のないものです。それは派遣労働などの非正規雇用だけではなくて、極端に言えばすべての雇用形態において起こりえます。昔は正社員になれば安心だと考えられてきました。ところがそれは幻想だということが分かりました。それはなぜでしょう? 昔と何が変わったのでしょうか? 
結論からいうと、日本の雇用に関する法律はあまり昔と変わっていません。つまり、昔から法的な規制(より正確には労働組合法を利用した社会的規範の確立)の枠組みは基本的に変化していません。昔から日本では規範があとで詳しく述べるような社会的な規範の確立が行われていませんでした。正社員が安定していたのは、企業が恩恵的に年功賃金や企業福祉(家族手当や住宅扶助)を支払ってくれていたからです。それは法律に定められたことでも、労働組合法を利用して社会的な「規範」として企業に義務付けられたものでもありませんでした。もっぱら個別企業が恣意的・任意的に企業が行ってきたに過ぎないのです。したがって、企業が「利益を優先するために企業福祉や年功賃金をやめます」といったときに、それを阻止するような法的な根拠は基本的にありません。このように労働条件に対する歯止めが社会的にほとんど確立していないという状況は、ヨーロッパ諸国と比較するとかなり特異な状況だということができると思います。注意しておかなければならないのは、それが「今はじまった」ことではなくて昔からそうだったということです。これまでは法規制がなくても高度成長とバブル経済の中で、企業が恩恵を施す余裕を持っていたわけです。

その解決の課題・展望

 こうした状況に陥ってしまった原因は、日本の労働組合が憲法に定められた「労働権」を十全に活用してこなかったことにあると考えられます。憲法は労働者が団結し、集団的に使用者と交渉する権利を定めています。これに基づいて定められた労働組合法は、労働者が集団的に交渉する権利を強力に擁護し、集団的交渉によって決定された労働条件については法的に特別な効力が発生すること(規範的効力)を定めているのです。つまり、労働組合が労働組合法に基づいて使用者と交わした約束は、ただの約束ではありません。労働組合の全加入者、場合によっては加入者以外の職場や産業の労働者や、地域の労働者も巻き込んで、全員に強行的に適用される一種の「社会規範」としての効果を持つのです。この「社会規範」が産業や地域を巻き込んで確立すると、一企業が恣意的に賃金を決定することはできなくなります。
 正社員であろうと、派遣や契約社員であろうと関係なくすべての労働者に社会規範が作用することになり、賃金格差は縮小します。会社ごとに賃金を安くすることはできなくなるからです。ヨーロッパ諸国ではこうした社会規範が強固に確立しています。そのため非正規雇用が増加しても、極端な低賃金化や不安定化が進行することには一定程度の歯止めがかかっています。
 このように、若者の格差や貧困層の拡大、そして雇用の全般的不安定化という状況を改善していくためには社会全体のルールを構築していく努力が必要です。日本ではあまり活用されてきませんでしたが、憲法28条にはその理念があります。これを十分に活用していくことが不安定雇用と格差を乗り越えていく王道であることは、世界的な認識としても否定されえないところだと考えます。

違法状態すらもまかりとおる

 私たちの行った若者およそ3000人を対象とした調査では、若者の約3割が残業代不払い状態にあることが分かりました。また、約5割が労働基準法の内容の一部を具体的に知っていました。ところがこの労基法を知っている若者と知らない若者の間で、残業代不払いの割合についてほとんど変化がありませんでした。一方、今年行った500人規模の調査では、違法状態の経験者が5割に上りました。そしてその対応について「何もしなかった」との回答がほとんどを占めたのです。労働組合など社会的な組織に相談した人は皆無でした。
 労働組合が社会的な規範を確立していないことが日本の格差や不安定さの根源にあります。日本の現状ではこうした社会的規範以前に、国家が定めた法律すらも守られていません。これもまた、労働組合が若者に身近ではないためだと考えることができるのです。つまり、憲法28条が活用されていない。

雑誌

 この9月、私たちは雑誌『POSSE』を創刊しました。この雑誌は学生や研究者が今後の日本の政策をどのようにすべきなのか、その方途を探求するために創刊されました。とかく格差や貧困は「悲惨」というイメージや実態だけが先行して語られます。そういう映像や報告を読まれた方も多いかと思います。
 しかし私たちに必要なことは、悲惨を憂うことでも、ましてそれをドラマのように「消費」することではありません。この状況を変えるために必要な施策は何か。政策や法律のはたす役割は何なのか。こうしたことを深めていく必要があります。憲法の理念が実現していないとすれば、それはどのような具体的な政策によって実現できるのかを考える必要があります。
 法学館憲法研究所のHPの読者の皆様にも、ぜひこうした試みにコミットしていただければ幸いです。

◆今野晴貴(こんのはるき)さんのプロフィール

1983年生まれ。一橋大学大学院修士課程。NPO法人POSSE代表。
POSSEにて、労働相談活動やアンケート調査活動などを行っている。


*NPO法人POSSEは法学館憲法研究所の下記の講演会の協賛団体として、当日報告もしていただくことになっています。(法学館憲法研究所事務局)

講演会「雇用、福祉、生活のあり方と日本国憲法」
【日 時】11月15日(土) 15時〜17時
【会 場】伊藤塾高田馬場校
【講 演】森英樹氏(龍谷大教授)
【入場料】1000円(法学館憲法研究所賛助会員・学生・伊藤塾塾生は500円)
【主催・問合せ】

 
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