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「『撫順』−加害と再生の地から現代と未来を考えるシンポジウム」

2008年9月8日

川上詩朗さん(弁護士)
■「撫順」−平頂山事件と撫順戦犯管理所

 中国東北部・遼寧省の省都である瀋陽から車で1時間ほど行ったところに「撫順」という都市があります。ここには露天掘りで有名な「撫順炭坑」があり,その南側に「平頂山」という集落があります。
この地で,いまから76年前の1932年9月16日,日本軍による住民虐殺事件(平頂山事件)が起きました。事件が起きる前日,中国の抗日組織が撫順炭坑を襲撃する事件が起きます。当時撫順市を防備していた日本軍は,抗日組織が平頂山を通過するときに通報しなかったことを取り上げ,報復のために平頂山住民を皆殺しにすることを決めます。翌26日,日本軍は,「平頂山」集落の住民約3000人を一カ所に集め,機関銃で掃射し,生存者を刺殺し,倒れている住民らにガソリンをまいて焼き,最後には背後の崖をダイナマイトで破壊し埋めるという住民虐殺を行いました。現在,虐殺現場は一部発掘され,累々と骨が連なる状態のまま残されています。「撫順」が「加害の地」であるといわれる所以はここにあります。

撫順戦犯管理所(入り口)
 他方,「撫順」には,敗戦後に日本軍の将兵たち1000人あまりを収容した「戦犯管理所」が残されています。そこには,満州国最後の皇帝溥儀も収容されました。将兵らは,最初は戦犯として扱われることに激怒し抵抗をしました。しかし,平頂山事件の被害者らの体験を直に聞くなど中国人被害者の痛みと嘆きに直面することで,自らが行った中国人への略奪・殺戮など数々の罪業に気がつき,徐々に人間としての心を取り戻していきます。それは「撫順の奇蹟」とも言われており,「撫順」が「再生の地」であるといわれる所以がここにあります。

■平頂山事件訴訟と戦争の語り部として

 
 いま,日中間には友好的なムードが生まれつつあります。中国は今や日本の最大の貿易相手国として日中間の相互依存関係は深まっており,平和で安定的な日中関係を構築することは両国にとって有益なことはいうまでもありません。
 他方,靖国問題や歴史問題などいまだに解決されていない課題があり,何かのきっかけで反日・反中感情が吹き出すおそれをいまだに秘めています。
 このような課題を克服し,平和で安定的な日中関係,さらにはアジアの人々との信頼関係を築くためにどうすればよいのでしょうか。
 このテーマを考えるにあたり,私たちは中国東北部の都市「撫順」に着目しました。

平頂山事件の現場
 平頂山事件の被害者らは日本政府を相手に裁判を行い,10年間にもわたる訴訟活動を行ってきました。その裁判の支援活動を通じて,多くの日本人と中国人が関わり,新たな関係を築いてきました。また,撫順戦犯管理所の将兵らは,戦後日本に戻り,先の戦争の真実を語り継ぐ活動を行ってきました。それらの活動は,日本と中国の市民レベルでの取り組みの積み重ねであり,そこで築き上げてきた人と人との信頼関係こそが日中間さらにはアジアの人々との間に横たわる課題を克服するための礎になるのではないかとの思いを強く抱いています。
 シンポジウムでは,平頂山事件の被害者である王質梅さん(女性87歳)が初来日し,自らの体験を語ります。その話を受けて,これまでの取り組みを振り返りながら,加害と再生の地である「撫順」から,日本の「未来」のあり方を考えてみたいと思います。

■10年間の訴訟で得た財産−国境を越えた人と人との信頼関係

 平頂山事件の被害者である莫徳勝,楊宝山,方素栄の3名は,事件から64年を経た1996年,日本政府を相手に損害賠償の訴えを提起しました。莫さんらは,事件当時3歳から11歳の子供でした。父母兄弟らが皆殺される中で奇蹟的に生き延び,事件から64年を経て初めて日本政府に対して声を上げたのです。
 残念ながら,裁判では住民虐殺の事実は認められたものの,「国家無答責の原則」を理由に請求は棄却されました。
 裁判は負けたものの,2006年の最高裁の上告棄却までの10年間の訴訟活動は,私たちに貴重な財産を得ました。それは,訴訟支援活動を通じて,国境を越えた人と人との信頼関係が構築されてきたことです。
原告である莫さんは,1997年,事件後65年を経て,はじめて自分の両親兄弟を殺害した国である日本を訪問しました。それは敵地に乗り込む意気込みであり、生きて帰ることができないかもしれないとの悲壮な決意をもってきた,と後に述べています。莫さんは,各地で証言集会を重ねるなかで,多くの日本人が無償で裁判の支援活動をしてくれている姿に触れます。莫さんは,それまで「日本」といえば一つの「国」のイメージしか思い浮かばなかった。しかし、日本に来てはじめて、「国」とは別に、自分たちの体験を聞いて涙を流し、自分たちと一緒に怒り、そして自分たちに深い愛情をもって接してくれる日本の「人」がいることを知り感動したということを述べていました。同じことは,来日した他の原告や,中国の支援者らもたびたび口にしたことです。また,莫さんは,広島の原爆記念館を訪ねたとき,「原爆の被爆者も平頂山と同じだ。」と感想を述べました。そこには,同じ人として,痛みや苦しみを共感しあえた瞬間だったのかもしれません。
 日本を訪ねた中国の人々は,帰国後その感動をまわりの人たちに伝え,それにより徐々に中国の人々の日本人観にも変化が生まれてきます。最初は,私たち弁護団に対しても疑心暗鬼であり,平頂山事件の記録を調査しようとしても,なかなか協力を得られない状況が続きました。しかし,徐々に私たちに対する態度が変わってきます。日本で市民組織がボランティアで訴訟支援をしている姿を見て,同じようなことが中国でもできないか,と考えるようになります。そして,ついに,中国国内にも,訴訟を支援するために,学者,弁護士,教師,学生,労働者など実に多様な人々が参加した「市民声援団」が結成されます。
 私たち日本人も,被害者らの生々しい話を聞くことで,あらためて日本軍が中国の人々に対して行ってきた数々の非人道的行為に対して痛みを感じるとともに,二度と同じ過ちを繰り返してはならないとの思いを強く抱くに至ります。
 このように,私たちは,この10年間の訴訟活動を通じて,お互いに共感し感動しあいながら,強い信頼関係を築いてきました。私は,この国境を越えた市民レベルでの人と人との信頼関係こそが大切であると確信しています。
 なお,このたび,私たちの訴訟支援活動をまとめた本が出版されました(平頂山事件訴訟弁護団編「平頂山事件とはなんだったのか−裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな」高文研。定価1400円)。平頂山事件とともに,この10年間の裁判支援活動について,市民間のきずなに焦点をあてて,赤裸々に書いたものです。是非,お読み下さい。

■過去を克服し,真に平和で人権が大切にされる社会をめざして

 被害者らは,引き続き日本政府に対して事実を認め謝罪をすることを求めています。平頂山事件の被害者は現在6名です。みな80歳を超える高齢です。事件は過去に起きたものですが,被害者は現に今生きており,救済を求め続けています。この問題はまさに現代及び未来に向けた人権課題といえます。
 いま日本に求められているのは,平頂山事件の事実に真摯に向き合い,被害者に対して誠実に事実と責任を認め謝罪をすること。そのことは,被害者との関係のみならず,アジアの人々との信頼関係を築き上げるためにも不可欠なことです。そして,その信頼関係の構築こそが,日本国憲法9条が掲げる平和な社会を築く礎になるのではないでしょうか。また,日本が過去の人権侵害に対しても真摯な態度をとることこそ,現代及び将来において真に人権が尊重される社会を築く試金石であるといえるのではないでしょうか。
 平頂山事件を解決する営みは,日本国憲法が掲げる基本的人権の尊重,恒久平和主義という基本的な原理を日本の社会に根付かせる営みの一端を担っているのではないでしょうか。
 シンポジウムでは,みなさんと一緒に考えていきたいと思っています。是非,ご参加下さい。

(シンポジウムのお知らせ)

  日 時:2008年9月13日(土) 12:30開場・13:00開演
  場 所:東京大学弥生講堂(一条ホール)
       【地下鉄】 南北線「東大前」駅下車 徒歩1分
             千代田線「根津」駅下車 徒歩8分
       【都バス】 茶51駒込駅 王子駅 または
             東43荒川土手行「農学部」前バス停 徒歩1分
  資料代:一般1000円・学生500円
  プログラム:平頂山事件・撫順戦犯管理所の紹介(映像)
        王質梅さん(予定)のお話
        パネルディスカッション
          伊藤真さん(伊藤塾塾長・弁護士・法学館憲法研究所所長)
          傅波さん(撫順市社会科学院院長)
          高橋哲郎さん(撫順戦犯管理所に収容されていた元日本兵)
          井上久士さん(駿河台大学教授)


◆川上詩朗(かわかみしろう)さんのプロフィール

1996年弁護士登録。平頂山事件弁護団,中国人「慰安婦」訴訟弁護団など中国人の戦争被害者に関する訴訟を担当。



 
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