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少数であることを恐れず“論”を“愉しむ” 「WEB多事争論」スタート

2008年9月8日

天野環さん(「WEB多事争論」編集委員)
<【変わらないもの】から【「論」も愉し】へ>

「力の強い者、権力に対する監視の役を果たし」、
「ひとつの方向に流れやすいこの国の中で、少数派であることを怖れず」、
「多様な意見や立場を登場させることで、社会に自由の気風を保つ」 。
(News23 筑紫哲也『多事争論』3月31日放送 “変わらないもの” より)

 こんな言葉を残して筑紫哲也氏は、スタジオを去りました。18年半に亘りメインキャスターを務めたTBS系列「News23」は、日本で初めて個人名を冠したニュース番組として1989年にスタート。この年は昭和天皇が死去し、ベルリンの壁が崩壊、冷戦構造が崩壊した、内外共に激動の年でした。新聞記者から雑誌編集そしてテレビの世界へと、あらゆるメディアを渡り歩いてきた筑紫氏が去年、自らのガンを告白したのは多くの方々がご存知のことだと思います。番組もこの3月末をもって「筑紫哲也」の看板を降ろし、現在彼はがん治療に専念する傍ら、雑誌でのコラム執筆活動などを続けています。
 番組最後の「多事争論」で、彼が述べたのが上記三点。最後の「多様な意見による自由な社会を」というのは、「多事争論」の意そのものを言い表しています。これらの言葉は、「視聴者へのメッセージ」であると同時に、我々報道に限らず文化・芸術・音楽全ての「表現」に携わる人間が常に念頭に置くべき「原点」であると改めて考えさせられました。私はスタジオで彼の言葉を聞きながら、彼が番組を去る寂しさ以上に、自らが記者・ディレクターとしてしてきたこと・してこなかったこと=組織内記者としての「不作為の責任」を恥じ入りました。
 テレビで「好きな内容を一人一分四十秒間一方的に喋り続ける」という、コラム「多事争論」は前代未聞の試みでした。テーマは事前に当日編集長と打ち合わせはするも、きちんと原稿が用意されるわけでもなく、その時の気分・アドリブも交えて「生放送」で時評を語り、自らの立ち位置を示す。この「多事争論」を何らかの形で継続させられないかと模索した上、TBS有志で立ち上げたのがこの「WEB多事争論」です。

 「WEB多事争論

「週5日・18年半に亘る深夜のテレビ出演」から解放された筑紫氏に相談したところ、寄せられたメッセージが、【「論」も愉し】でした。

【「論」も愉し】
近ごろ「論」が浅くなっていると思いませんか。
その良し悪し、是非、正しいか違っているかを問う前に。
そうやってひとつの「論」の専制が起きる時、
失なわれるのは自由の気風。
そうならないために、もっと「論」を愉しみませんか。

二〇〇八年夏 筑紫哲也


 閉塞感漂う今の日本社会にあって、自由な言「論」を、意見の是非は別として「愉しむ」、そんな余裕を持ちませんか、それがひいては自由な社会の気風を保つことになるのではないでしょうか、そんなメッセージです。デイリーの番組出演から解放された筑紫氏らしい、「肩の力の抜けた」、それでいて「本質」を突いたメッセージだと思います。
 「多事争論」は一見、憲法21条「表現の自由」を想起させますが、番組「News23」に留まらない筑紫氏のこれまでの言動を見ていますと、究極的には憲法13条「個の尊重」を叫んでいるのではないかと、個人的には受け止めています。

<【9条】から【99条へ】>

筑紫氏が憲法に関して、常日頃訴えていたのが「9条」より「99条」を読みなさい、ということでした。「戦争の放棄」は言わずもがなですが、前文と9条に象徴される日本国憲法の平和主義・基本的人権の尊重は、まず第一に国会議員・公務員といった権力者に「尊重・擁護する義務」があるということ。そして国民は、保障された自由と権利を「不断の努力によって保持しなければならない」(12条)。この法学館憲法研究所HPをお読みになっている方々には当たり前のことかもしれませんが、現実社会は完全に逆転しています。しかし憲法は、まず権力にタガを嵌め、国民は保障された権利を守る義務がある、「であることとすること」、この違いを訴えた丸山真男最後の門下生・筑紫氏ならではの想いです。

<【転向】は【ジャーナリスト】から始まる>

 こう述べていたのは丸山真男一人ではありません。戦中・戦後の歴史を振り返っても、そして現在に至るまで、「気付いた時には遅かった」のが現実です。ビラ撒きやデモ行進だけで逮捕・拘束され、職員会議で手を挙げることさえできないという教育現場の異常さ。数え上げたらきりがありませんが、もの言えぬ人々、もの言わぬ人々が増えていると思いませんか。最も恐ろしいと感じるのは、もの言えぬ場合の「敵」が「自分自身」であることです。かつて60年安保闘争、その後の全共闘時代には、良かれ悪しかれ可視化された「敵」=「権力」なるものが存在しました。しかし今現在はどうでしょう。戦前戦中の隣組ではありませんが、「相互監視社会」の中で「空気の読めない」人間が排除される社会が果たして健全なのかどうか。そうした社会の中で、個々人の発言は自然と萎縮していきます。そのお先棒を担ぐのが、現在のマスメディアです。開き直るつもりはありませんが、もの言えぬ社会=即ち自ら口を閉ざして無難に過ごすのを良しとする社会を形成している大きな要因は、映像も含めたコトバを使うマスメディアにあります。かつて「社会の木鐸」という言葉がありましたが、現在のマスメディアは誰を恐れるわけでもなく、安易に自ら口をつぐんでしまう、「思考停止状態」にあると、自戒を込めてあえて記しておきます。朝日の「論座」も講談社の「月刊現代」も相次いで休刊となります。リベラルの旗印を掲げ、「何でもあり」を標榜してきた「筑紫哲也News23」も既に看板を降ろしました。今後はこのHP「WEB多事争論」が、少しでもより自由な言論空間を提供できれば幸いです。
 HP上には、隔週で筑紫氏の最新版「多事争論」をアップしていきます。賛同人として、番組でもお馴染みの姜尚中さん、藤原帰一さんにも加わって頂いています。アカデミズムとジャーナリズムの垣根を意識的に横断する試みを実践されている両教授にも、それぞれの「多事争論」をネット上で紡いでいって頂きたいと考えています。また、第一回目の「WEB多事争論」は「この国のがん」というテーマですが、同じ病を共有したジャーナリスト・鳥越俊太郎さんには、往復書簡という形で、この国の在り様を「がん」という視点でどう見つめるか、掲載させて頂く予定です。この書簡は、さらに別の論客にも「論の輪」を広げて行きたいと考えています。
 去年は安倍首相(当時)が、前文と9条の改憲を前面に掲げ、「美しい国」づくりなるものを目指していました。憲法施行60年特集の打ち合わせの時に呟いた、筑紫氏の言葉が今も耳をよぎります。
 「ま、僕の目の黒いうちは触らせないね」。筑紫哲也氏、敗戦当時10歳でした。

◆天野環(あまのたまき)さんのプロフィール

TBS筑紫哲也News23元ディレクター。今年の憲法記念日特集には二夜連続で『もの言えぬ人々』を放送。現在、報道局政治部記者。



 
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