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食糧危機が問いかけるもの―世界の食糧危機と日本―

2008年8月18日

大野和興さん(農業ジャーナリスト)
◆世界の農民が苦しんでいる

 中国からのギョーザに農薬が入っていたと大騒ぎしていたら、そこに食料危機が津波のように押し寄せてきた。いま世界中を飲み込んでいる食糧危機を“静かな津波”(Sirent Tsunami)と表現したのは欧米のメディアである。その原因はすでに分析尽くされている。投機資金の食糧市場への流入、バイオ燃料への食用作物の転用、中国やインドなど新興国の畜産需要の高まりによる穀物需要の増加、干ばつによる小麦の減産、といった複合的要因が重なって、穀物価格が高騰したという説明である。
 確かに、いま起こっている食糧価格高騰の直接的原因はそれで説明できる。だが、その背後にある問題について言及されることは少ない。6月はじめには国連・食糧農業機関(FAO)主催の食糧サミットが、7月にはG8サミットが北海道で開かれ、食糧問題をどうするかが話し合われた。そして中長期の対策としてあげているのは、「農業投資の拡大による途上国農業の生産性向上」と「世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハラウンド)の早期締結・途上国農家の輸出機会の確保」であった。
 いま起こっている食糧危機の考える場合、見逃してはいけないのは、現に起こっている出来事の背後にある農の現実である。90年代、世界を巻き込んだグローバリゼーションのもとで、アジアでもアフリカでも中南米でも、農民の営農と暮らしが崩れてきている。世界が一つの市場となり、そこで安さを競わせる自由貿易は、地域でその地の自然や経済的条件を基盤に生きたきた農民は農業で暮らせなくなっているのである。農民の暮らしの根っ子が崩れ、そこの冒頭で挙げたさまざまの要因かぶさってきた結果が、いま起こっている食糧危機なのだ。
 WTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)が進める自由貿易の広がりと深まりのなかで、それぞれの地域で、それぞれの風土と経済的社会的条件に合わせて続けられてきた農民による農業は、より効率のよい農業に駆逐され、農民は地域から、農地から、水から引き剥がされている。世界有数の農産物輸出国であるタイの現状を見ても、サトウキビなど国際商品作物を作る農民も、国内向けの野菜や畜産・酪農製品をつくる農民も、政府が進める自由貿易政策による価格低落のなかで借金が増大、土地なし農民が増えている。加えて最近ではバイオ燃料用のオイルパーム(油やし)やキャッサバを大々的に栽培するために企業が農地を占有するという、土地を巡る新しい問題も起きている。問題をそのようにとらえると、食糧サミットやG8で語られた対策はほとんど何の効果も発揮しないばかりでなく、逆の新たな食料危機を生む出すだろうということがわかる。
 
◆農業恐慌下の日本

 同じことは日本でも起こっている。この10年余りで、生産者の手取り米価は60キロ玄米で二万円から一万円へと半減し、10ヘクタールから15ヘクタールという大規模経営層を含む全稲作農業が赤字を余儀なくされ打撃を受けている。東北の稲作地帯で、規模拡大のために借りた田んぼの借地料や水利組合に払う水利費の滞納が始まっている。コメづくり農家がコメづくりに必要な水代が払えなくなっているのだ。日本のコメ供給のかなりの部分を担当している高齢農家は、速く引退したくて農業機械が壊れるのを待っている。
 都会ではバターがなくなったと大騒ぎしている酪農はどうか。百頭規模という大規模酪農経営でさえ、乳価の30年に及ぶ値下がりと穀物値上がりによる飼料代高騰のなかで、時給80円という状況に追い込まれている。
 農産物価格の低落は農地価格に現れる。農業経営拡大のために土地を買いまそうという農家はもはやおらず、ひところ10アール200万円はしていた東北のコメ地帯の田んぼが、いま30万円から50万円。それでも買い手はいない。米価大暴落は農地大暴落に連動、農業恐慌をもいえる事態がいま農村では静かに進行しているのである。そこをめがけて、政府は企業の自由な参入を認めることをめざす農地法の改正に乗り出している。現実には企業の農地への進出はさまざまな形で広がっている。このままいくと、コメづくりからの生産者の撤退が続出し、日本は一転コメ不足の事態に陥ることが十分予測される。牛乳や野菜でも、同じことが起こるだろう。
 日本の食料政策は一貫して「安定輸入・安定供給」という路線できた。その結果がいまの食糧自給率39%なのだが、日本型とも言えるこの自給抜き「食糧安全保障政策」は、世界と日本の農業の現実の前に、完全に破綻したと見てよい。この先、食糧価格は今の状態で高止まりするだろうことで、国際機関の見通しは一致している。食糧輸出国は自国の国民への供給を優先させることが、今回の危機下で証明された。食糧を自由にどこからでも変える時代は過ぎたのである。

◆農民が農業で生活できることが基本

 ではどうすればよいのか。答えは簡単である。農民が農業で生活できる仕組みをつくる以外にない。そのためには農民が尊厳を持って生きていけるように生産費を補償する農産物価格政策を実現すること、WTOが進める自由貿易に無批判に追従するのではなく、少なくとも農林漁業という自然資源に依拠する産業、人権や生命に関わる介護や医療や社会福祉、水道、教育といった公共サービス部門は自由貿易(外資の自由な参入を前提とする民営化・規制緩和を含む)の対象からはずすことを経済外交の主軸にすえること。この二点を基本政策として提起したい。


*大野さんは08年7月、共著「食大乱の時代―“貧しさ”の連鎖の中の食」を刊行されました。詳しくは本日付の「憲法関連論文・書籍情報」をご覧ください。(法学館憲法研究所事務局)

◆大野和興さんのプロフィール

1940年生まれ。ジャーナリスト(農業・食糧問題)。現在、ジャーナリスト活動のかたわら、アジア農民交流センター・脱WTO/FTA草の根キャンペーン世話人。国際協力NGO・日本国際ボランティアセンター理事。日本とアジアの村歩きを通して、現場での農民との共同作業と発信をこころがけている。主著に「農と食の政治経済学」(緑風出版)、「日本の農業を考える」(岩波ジュニア新書)、「増補 百姓が時代を創る」(七つ森書館)など。



 
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