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「戦争の世紀からの脱却」である日本国憲法第9条

2008年7月28日

渡辺真也さん(キュレーター)
―――渡辺さんは「近代」という文脈の中で日本国憲法第9条の価値について言及されていますが、ご説明いただけますか。
(渡辺さん)
 近代になって国民国家、すなわちネイションというものができ、領土や国民、言語などが定められるようになってきたわけですが、その実態は様々で、さらに国民国家を形作るネイションというのは、いわばフィクションであるわけです。フランス革命で憲法ができ、ナポレオンによって国民主権という概念が広げられるわけですが、それは戦争に国民を動員する理論、すなわち徴兵制という制度を確立することになっていきました。近代憲法は、敵対概念を規定するものなのです。ところが、日本国憲法第9条は、他国に対して、戦争放棄・戦力不保持を謳いました。それは「戦争の世紀からの脱却」を意味し、つまり近代を超えたもの、いわば「近代の超克」をある意味実現してしまっているのではないかと考えています。

―――近代憲法は市民を身分制度や宗教の権威から解放し、個人の自由や権利という考え方を確立したという基本的な意義があると思います。日本国憲法もこの近代憲法の流れの中に位置づけられ、同時に諸外国にはあまり類例のない、戦争放棄・戦力不保持の規定が盛り込まれたということではないでしょうか。
(渡辺さん)
そう言うこともできると思います。しかし、私があえて近代の超克、という言葉を持ち出したのは、ヨーロッパの戦後のポストモダン思想と接続して考えたかったからです。
例えば、キュレートリアル・ステートメントにも書いた様に、西ドイツの愛国主義は、連合国側によって書かれた憲法に拠る憲法愛国主義であり、普遍主義的な憲法原理への信念にもとづく忠誠は、ドイツ人の文化国家のなかでは、残念ながらアウシュヴィッツを経験することで初めて形成され得た、というハバーマスの新啓蒙主義的立場があります。ハバーマスのこの主張は、エルンスト・ノルテの国民愛国主義に対する批判として成立し、ドイツ歴史家論争が発生しているのですが、これは靖国論争と形態が酷似しています。
私はレヴィナスの「他者」の思想をベースとして、この9条に関する展示の準備を始めたのですが、レヴィナスの想定している「他者」は、自らの主体を立ち表せるための鏡の様なもので、その思想はデリダの「暴力と形而上学」へと受け継がれ、現在のポストモダン思想のベースとなっています。私はこの文脈において自らの芸術活動を行っているので、あくまで「近代の超克」、すなわち神の問題、さらにそれによって生まれる主体性の問題の克服などのテーマを含みたかったのです。

―――ところで、渡辺さんは、日本国憲法第9条には理想が掲げられていると仰っています。それはその通りだと思います。同時に、憲法は現実の規範でもありますので、その視点から日本国憲法第9条が日本国政府の政策展開にどのような役割を果たしているのか、あるいはそうなっていないのかが具体的に検証されることも必要だと思います。その点はいかがでしょうか。
(渡辺さん)
 日本はアメリカから憲法「改正」と再軍備の要請を受け、占領下から独立国家となったサンフランシスコ条約と同じ日に日米安保条約を結んでおり、その延長線上にあるアメリカの支援によって成立した改憲を目標とした自由民主党の手によって、自衛隊の海外派遣や改憲準備などが進められています。また、郵政民営化などもアメリカの意向に沿って進められました。自民党政府はアメリカの意向に応え、さらに日本の保守層を取り込むことを目標として、靖国問題を必要以上に問題化する、という「愛国主義」的な施策もとっています。また、日本・韓国の領土問題も両国の親米保守政党が、ナショナリズムを高揚させることで統治し易くする、という方法を取っているのですが、その多くをアメリカが操作している状態で、非常に不安定な状況です。日本はアメリカへの盲目的な従属関係を今後どうしていくのかが問われていると思うのですが、その最大のものが日米安保条約だと思います。
私は法律を専門としている人に伺いたいのですが、日米安全保障条約は、両国の憲法、さらに国連憲章に則って成立しています。例えばイラク戦争に関しても、イラク空爆に対して国連が非難決議を出している限りで、日米安全保障条約は既に失効している、と国際法廷の場に訴えることは不可能なのでしょうか?また、日米同盟、という言葉が流行っていますが、日本とアメリカは同盟国ではありません。その辺りも、法律家の方に頑張ってもらいたいのですが。。。

―――日本国憲法の規定がないがしろにされ、自衛隊の海外派遣などが進められており、政府の施策は問題ですが、その背景には政府は憲法に縛られるという立憲主義の考え方が日本社会に広がっていないという問題もあると思いますが、どう考えますか。
(渡辺さん)
 いまアメリカに住み、いろいろな国の人たちと話をする機会があるんですが、欧米人のConstitutionについての考え方と日本人の憲法についての考え方には大きな違いがあるように感じます。日本人は、倫理観のようなものは欧米人よりも優れているように思いますが、一方欧米人は日本人と違って、契約やルールを守るという感覚が普通にあるように思います。

―――憲法というのは国民が守るルールではなく、政府などの権力者が守らなければならないものだという、憲法というものの本質的な存在意義が伝わっていないということもあるのではないでしょうか。日本人には、イギリスやフランス、アメリカなどでの市民革命のような経験を持っていないこともその背景にあるのではないかと思いますが、どう考えますか。
(渡辺さん)
 日本には「近代」がなかったと言えるかもしれません。日本人には自分たちが主権者だという意識が弱く、自由や権利も自分たちが勝ち取ったという感覚はなく、上から与えられたものと感じているように思います。その根底には、主体を成立させている一神教的な土壌が無い、という問題が大きく横たわっています。しかし、この一神教と主体、というのが壮大なフィクションであった訳で、日本はモダンを抜かしてポストモダンに突入してしまった、という所ではないか、と思います。


―――ところで、渡辺さんは日本国憲法第9条そのものに対してはいろいろな問題意識をお持ちですよね。
(渡辺さん)
 私は9条の戦力不保持、いわば完全なる「丸腰し」というのは現実の国際社会においては難しい選択ではないかと考えています。しかし、芸術という、社会において理想を述べる、という仕事に従事する身として、9条という理想は追い求めたい、という立場にもいます。そこで私は芸術、アートという場で、この9条の問題について考えてみる企画を実践しているんです。芸術、アートという、ある種遊び場的な空間は、異なる人たちが自由に意見を交換しやすい場ではないかと思い、昨年はアメリカ・ニューヨークで9条をテーマにした美術展を開催し、今年は日本で開催することにしました(2008年8月6日から24日まで。東京・代官山ヒルサイドフォーラムにて。詳細はこちら)。

―――渡辺さんが日本国憲法第9条について突っ込んで考えておられ、また積極的に行動していることがよくわかりました。今後とも議論したり交流できたらと思います。美術展の成功も期待しています。本日はどうもありがとうございました。

◆渡辺真也(わたなべしんや)さんのプロフィール

日本とアメリカにて経済学を専攻後、ニューヨーク大学大学院にて美術修士課程を修了。世界34カ国を放浪していく過程で、国民国家とアートとの関係性をテーマとした国際美術展を製作する様になり、2005年愛知万博開催の際には、展示「もう一つの万博−ネーション・ステートの彼方へ」をキュレーションした。2008年1月には、憲法第9条をテーマとした美術展「アトミックサンシャインの中へ−日本国平和憲法第9条下における戦後美術」をニューヨークで開催した。



 
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