法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

戦争がもたらした悲劇は繰り返されてはならない

2008年7月7日

天羽道子さん(「かにた婦人の村」施設長)
 去る4月23日の夕方、試写会のご案内を受けて「ガイサンシーとその姉妹たち」を見せていただきました。戦時中、中国山西省において日本軍によってひき起こされていた性暴力の悲劇に、真正面から向き合ったドキュメンタリー映画は、加害の立場にある日本人にとって正視し難い重い重いものでした。
1991年以降、幾度か国際公聴会や証言集会で、「慰安婦」にされた方々の証言を伺って来た者にとっても、その現場、貧しい農村とその暮らしの中で、具体的に証ししてくださった事実に、より強いインパクトを受けました。そして、同時に加害の立場として語られた幾人かの元日本軍兵士の姿にも、戦争の悲劇を見る思いでした。
この悲劇は絶対に繰り返されてはならないこと、この悲劇をもたらす戦争はあってはならないこととの思いを新たにしたことでした。
私が「慰安婦」という言葉とその事実を知ったのは、戦後40年の年の8月15日のこと。当「かにた婦人の村」が、全国唯一の長期婦人保護施設として設立されて20年目の年でもありましたが、村の山頂に「鎮魂の碑」と墨書された一本の桧の柱が立てられました。
「戦後40年になるというのに、日本のどこからも、ただの一言もあがらない。 − 中国、東南アジア、南洋諸島、アリューシャン列島で性の提供をさせられた娘たちは、さんざん弄ばれて足手まといになるとほっぽり出された。それらのかつての同僚が毎夜夢にまざまざと浮かび、私はたえきれません。どうか慰霊塔を建ててください。それが言えるのは私だけです。生きていてもそんな恥ずかしいことは誰も言えないでしょう」との入所のS・Sさんの訴えに、当時の施設長深津文雄牧師が一年間熟考の末に決断されてのことでした。
よる眠れないというS・Sさんへの配慮でもありましたが、何よりもこの「事実の記録」として、二度と繰り返してはならないという思いを込め、また、日本国が犯してしまった過ちの謝罪の意を込めて建てられました。
「慰安婦」のことについては、当時、残念ながら日本の国はこれを隠蔽しようとしていたのでしたから、勇気ある発言であり、勇気ある決断だったと言えましょう。
しかし、それから23年を経た今日もなおその姿勢は変えられることなく、ばかりか他人ごとのように、更に被害者の心を逆なでするような暴言が繰り返され、その発想がまかり通っています。しかも、為政者たちから。

『噫 従軍慰安婦』の碑

戦場に慰安所を設け、慰安婦を置くという制度は、我が国が編み出した、他国に見ない制度です。何故このような制度が編み出されたのか。根本的に日本国の国柄を問わなければならないと思われてなりません。殊に売春防止法を根拠法とする婦人保護施設に身を置くものとして、偶然にか、或いは必然的な導きか、施設内に「噫 従軍慰安婦」と刻まれたモニュメントが建っていることからも、この両者は決して無関係ではなく、この両者をまかりとおしてしまっている国柄、体質、民族性、性の意識の欠如が問われなければならないのではと、しきりにおもうのです。この重大な問題に、向き合うことなく蔑ろにしてしまっている姿勢は恥じ入るばかりです
この度拝見した映画「ガイサンシーとその姉妹たち」の監督班忠義氏のことば『二度と悲惨を繰り返さないために想像力を持ってお互いに歴史に向き合う一』に、意を強められる思いをもって受け止めました。
戦後既に60余年を経てなお、癒えぬ苦痛、苦悩の中から絞り出すように語られている証言を、私たちは真摯に、最大の想像力を働かせて受け止めなければならないのです。他者の痛み、しかも日本軍性暴力被害者の受けた傷を想像することをとおして我が身に感じることです。想像によって共感することです。
今日、「北朝鮮拉致被害者」の家族の悲痛な叫びと訴えは全国に、更に国際社会に向けられて久しいのですが、見聞きする全ての人々の共感を得ている事柄です。しかし、このあってはならない悲しみは、60数年前に「慰安婦」とされた少女たち、女性たちとその家族のものでもあったのではと、想像することはできないでしょうか。
また、沖縄で起きた「米海兵隊員による少女暴行事件」の騒ぎの中でも思いました。少女の受けた計り知れない傷の深さと、その家族の怒り、憤り、抗議の声は、声を発することの出来なかった60数年前の「慰安婦」にされた人々とその家族の姿であり、声ではなかったかと。
一人の人の尊厳を傷つけ奪い、その人生を台なしにしてしまった暴挙。戦争がもたらしたこの悲劇は繰り返されてはならないことです。そして、その犠牲の上に作られた平和憲法は守り通さなければならないと切に思うのです。

◆天羽道子(あまはみちこ)さんのプロフィール

1926年、満州(大連)で生まれる。新京(長春)で高等女学校卒業後、東京にでて進学、終戦の翌年卒業。1954年5年、戦後の社会の悲惨に仕える奉仕運動体として誕生した「ベテスダ奉仕女母の家」に入館し現在に至る。1978年4月1日より「かにた婦人の村」で働き、現在施設長。

*天羽道子さんは安房平和映画祭の際、7月21日に出演してお話されます。(注:法学館憲法研究所事務局)



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]