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「被爆者の声をうけつぐ」

2008年6月30日

山口逸郎さん(映画プロデューサー)

―――山口さんは「被爆者の声をうけつぐ 映画祭2008」(7月4−6日)の成功に向けてご奮闘中です。山口さんが被爆者の映画の製作・普及をすすめてきた経過からお話してください。
(山口さん)
 私は1958年に映画「千羽鶴」の製作に助監督として関わりました。「千羽鶴」は劇映画で、子ども達が“原爆の子の像”を建てる話で、被爆者の実話に基づいてつくったものでした。以降、私は平和のことや子どもたちの健やかな成長をめざす教育の映画の製作・普及をしてきましたが、「千羽鶴」が私の活動の原点です。
1968年には「ヒロシマの証人」をプロデュースしました。このころ原水爆禁止の運動は2つに分裂した状況でしたが、広島の両者にこの映画の製作上映実行委員会に参加していただき、つくられました。そして、被爆二世をテーマにした作品をつくろうと、日本原水協代表理事で法政大学教授の田沼肇先生から話を聞く勉強会を開くことになり、参加したのは映画監督の松山善三さん、板谷紀之さん、シナリオライターの小山内美江子さんと私の4人でした。1973年には記録映画「長崎からの告発」を製作しました。その後も私は、「ノーモア・ヒロシマ」(1974年)、「歩く」(1975年)を板谷紀之監督で、劇映画「ふたりのイーダ」(脚本・監督:松山善三、1975年)などの製作・普及にあたりました。
「トビウオのぼうやはびょうきです」(1982年)はビキニ環礁沖での第五福竜丸を描いたアニメーションです。人形アニメーションである「おこりじぞう」(1983年)や「ながさきの子うま」(1989年)など反核・平和をテーマにした子ども向けの作品の普及にも力をいれてきました。

―――山口さんは様々な映画関係者や被爆者団体の方々と一緒に、昨年「被爆者の声をうけつぐ映画祭」を開催し、そして今年もその準備をすすめておられます。その問題意識と昨年実際に映画祭を開催してみての感想などをお聞かせください。
(山口さん)
 日本反核法律家協会の池田眞規弁護士や映画監督・有原誠治さんなどと相談し、昨年開催してみました。とにかく被爆の実態を多くの人々に知ってもらいたいと思っています。昨年、映画祭の開催について記者会見をしましたが、マスコミ各社も好意的にとりあげてくれました。映画祭入場者の方々からは、広島・長崎への原爆投下後の記録映画をアメリカが没収し、その後返還された作品などに衝撃を受けたという感想などが寄せられました。
 被爆の実態を伝える劇映画は、近年「黒い雨」(1989年)や近年、「父と暮らせば」(2004年)など優れた作品も製作され、ドキュメンタリー作品、アニメーション映画も含めて大いに普及していきたいと思います。

―――原爆症認定の改善を求める裁判で原告の勝利判決が出されるようになっていますが、原爆の非道さと被爆者支援の必要性を感じさせる映画づくりと普及がその背景にはあると思います。しかし、被爆者が高齢化し、その救済は急がれます。現時点での山口さんの思いをお聞かせください。
(山口さん)
 被爆の実態を広げ、核兵器をなくしていく課題は被爆体験者だけが背負うのではなく、被爆二世・三世の方々がいらっしゃるのですからそのことも知っていただいて、それを若い人たちにも受け継いでもらいたいと思っています。さいわい「被爆者の声をうけつぐ 映画祭」には大学生のみなさんも実行委員会に積極的に協力してくださっています。

―――山口さんのお取り組みは憲法の平和主義の考え方に結びつくものだと思います。最後に山口さんの憲法に対するお考えをお聞かせください。
(山口さん)
 私も「映画人九条の会」や地元の「九条の会」に加わり、活動しています。
 私は第二次世界大戦の頃、東京の下町に住んでいましたので、1945年の東京大空襲を経験しました。なんとか助かりましたが、その時の凄まじい経験は、私が憲法9条を守りたいと考える原点となっています。「九条の会」が全国各地に広がり、また「9条世界会議」が成功したことを心強く思っています。特に「9条世界会議」が若い人たちの発想とエネルギーで成功したことを喜んでいます。私も引き続き頑張っていこうと思います。

―――本日は貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。

◆山口逸郎(やまぐちいつろう)さんのプロフィール

翼プロダクション代表。
「ふるさとと祖国のうた 鬼剣舞」(1971年)、 「ふたりのイーダ」(1975年)、「翼は心につけて」(1978年)、「翔べイカロスの翼」(1980年)、「巣立ちのとき 教育は死なず」(1981年)、「トビウオのぼうやはびょうきです」(1982年)、「おこりじぞう」(1983年)、「想い出のアン」(1984年)「核・トマホーク」(1984年)、「母さんの樹」(1986年)などを製作。
「オバケのQ太郎」(1965年)の監督も努めた。



 
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