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「9条の精神的な冒険」をリレーする
−『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』

2008年5月19日

桜井均さん(元NHKエグゼクテブ・ディレクター)

*2008年4月29日、法学館憲法研究所は『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』の出版にあたって、講演会「憲法の視点でドイツと日本を検証する」を開催しました。この講演会での『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』の編者・桜井均さんのスピーチを紹介します。

 評論家の加藤周一さんは、学生時代と老人の間の時期、すなわち社会人の頃の人間というのは、会社などの組織に縛られていて、いわば「精神の牢獄」に閉じ込められているようなものだと言います。世代にかかわらず学生と老人は自由です。今から40年前、1968年の大学紛争の頃には学生も社会的な発言をしていましたが今はおとなしい。もしも今の学生が、「九条の会」などで頑張っている老人たちと連帯するならば憲法9条を変えようという動きを阻止することができると言っています 。
 私は1968年の時は学生で、大学紛争の渦中にいましたが、その後NHKに就職し、約40年間「精神の牢獄」にいたわけです。
さて、ある時加藤周一さんは「憲法9条は日本人の精神的な冒険である」と言われました。この言葉の意味と、今回日独学生による9条エッセーを『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』という本にしたことの関係について、私なりの考えをお話したいと思います。

 日本人というのは大勢順応型で、大勢に身を任せがちだと言われますが、その日本人が、これだけは手放すまいと頑張っているのが9条だと思います。それはめずらしく日本人が半世紀以上も続けている「精神的な冒険」なのではないでしょうか。
 9条はこれまで様々な逆風や荒波の中で「冒険」をしてきました。最近ではアメリカがはじめた「対テロ戦争」という忌まわしい戦争に、日本は集団的自衛権の行使に限りなく近い形でコミットしています。私はもはや9条を「守る」ではなく、9条を「活かす」段階に来ていると考えます。つまり、9条を「活かして」戦争を止めさせる段階に来ているのではないか。戦争を止めさせるために9条を「使う」ということも、加藤周一さんが唱える「9条の冒険」の意味なのだろうと思います。

 9条を「守る」から「活かす」、さらに一歩進めて、世界に広げていく、というように「9条の冒険」は続きます。9条を世界の文脈に置くことで、日本人が9条を再確認し誇りを持つ、それによって日本の中で9条を守ろうという機運が高まる。これも9条を世界の舞台に出すことの大きな目的の一つです。
 つい最近内戦をしていた国の人々に9条を見せると、“こういうものが欲しかったんだ”という反応が自然に出てきます。おそらく敗戦後の日本人も同じように9条を受け取ったのではないでしょうか。
 他方、軍隊は持っているけれど、何とかそれを使わないようにしている国、ドイツもその一つと言えますが、そのような国の人たちからすると、“日本は持たないはずの軍隊を持っており、しかも海外にまで派遣している、全然9条を守っていないではないか”という意見が返ってきます。このような見方がある中で、9条の何をどのように世界に伝えていくのかを考える前に、まずは日本人が9条をどのように扱っているのかということをはっきりさせなければなりません。人に勧める前に自分たちがちゃんと守り活かしているのか、ということです。9条を外に出すことによって外の人たちの見方を知ることも「9条の冒険」の一つと言えます。

 日本には、「きけ、わだつみの声」というアジア・太平洋戦争で戦死した学生の手記があります。ドイツには、第一次世界大戦の時のものですが、「ドイツ戦没学生の手紙」というものがあります。この二つは時と場所は異なりますが、戦争で死んだ学生の言葉を集めたものです。そうした両国の戦没学生たちの声に思いを馳せることも、『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』をつくる動機の一つでした。おそらく加藤周一さんには、戦争をしてしまった後になって死者の言葉を連ねることよりも、どこまでも9条の精神を「守り」、「活かす」ことで、戦争をしないようにするという強い願いがあるのだと思います。
 日本とドイツの学生が9条の精神についての議論を広げていくため、私たちはこの本を日本語とドイツ語の両方で綴り、9条というものを別の国の社会や文化の中に置いてみることにしました。それは決して9条の精神を称えるということではなく、その置かれている状況についてみんなで考えてみるという趣旨です。
 5月4〜6日に「9条世界会議」が千葉・幕張メッセで開かれます(編集部注:31ヶ国150人の海外ゲストを含め参加者は2万人を超えた)が、ここも「9条の冒険」の舞台になります。9条のグローバル化(国際化)は日本のためでもあるし、世界のためでもあります。『憲法9条新鮮感覚−日本ドイツ学生対話』の出版の試みはそのような流れの端緒として位置づけられるものです。

 9条は日本国内でも様々な「冒険」を続けています。例えば、憲法が保障する諸権利が脅かされている人々や地域の中に9条が割って入り、9条が諸権利を守る役割を果たしています。いま「九条の会」は全国で7000以上になりましたが、それぞれに「障害者・患者 九条の会」とか「みなまた・九条の会」というように名前がついています。そこで、「障害者・患者とかけて9条と説く。その心は?」「水俣とかけて9条と説く。その心は?」と問うていくと、それぞれの人々や地域が抱えている問題がはっきりします。障害者・患者の場合ですと、“戦車と車椅子は共存できない!”ということになります。ですから、9条を守り活かすということは障害者・患者の権利を守り、「障害者自立支援法」を変えていくということになるわけです。9条は憲法が保障している様々な諸権利・自由を守っていく防波堤の役割を担っているのです。人々の諸権利・自由が健全に保障されるためにも9条が健在であることが求められています。

 いま格差社会が広がり、人々の諸権利や自由がだんだん侵されてきていますが、一方で人々のネットワークは国境を超えて世界中の人々と繋がり、予想を超えて広がっています。9条を支持する人々は世界に広がる「マルチチュード」(注:従来の国民や人民とは異なる多様な個性を持ちネットワークでつながれた多数者)になる可能性があると言っても過言ではありません。「9条の冒険」を国内外でリレーしていかなければならないと思います。
 私はちょうど定年を迎え、より多くの自由を得つつあり、社会人と老人の間を仲介すべき年代にあります。できるだけ多くの方々に「9条の精神的な冒険」に参加していただきたいと思っています。

◆桜井均(さくらい ひとし)さんのプロフィール

元NHKエグゼクティブプロデューサー。おもに教養番組、ドキュメンタリーを制作、現NHK放送文化研究所。立命館大学客員教授。
『埋もれたエイズ報告』(1997年、三省堂)、『テレビは戦争をどう描いてきたか−映像と記憶のアーカイブス』(2005年、岩波書店)、『テレビの自画像−ドキュメンタリーの現場から 』(2001年、ちくまプリマーブックス)などの著書がある。




 
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