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「グンプク」運動のすすめ

2008年4月28日

森英樹さん(龍谷大学教授・法学館憲法研究所客員研究員)
もう20年ほど前のこと、「こちらグンプク運動実行委員会ですが」という前振りで講演依頼の電話を受けたことがあった。てっきり「軍服」を賞賛するその筋の「運動」かと身構え、それにしてもなぜ「その筋」が私に?といぶかって、「はあ?どんなグンプク運動ですか?」などとわけのわからない対応をしているうちに、電話の主が、実は「軍事費を削って、くらしと福祉・教育の充実を求める国民大運動」という長い名称の団体の、「軍」と「福」とをつまんで作った略語だとわかった。特定の運動団体内部のわけ知り間でしか通用しない略語を、当方がわけ知りと思ってか、外部にいきなり使う神経は考えものだが、それにしてもすごい略語にしてしまうものだと、思わずのけぞったしだい。
当時はそういう名の「運動」が全国的に展開していた。今でもいくつかの地域では持続しているようだが、最近は寡聞にしてあまり聞かない。しかしそのスローガンに込められた想いは、今こそ重い課題として国民的な声にしていくべきではないか、と、この間の「軍」事費と「福」祉関係費の現状を見ていて痛感する。
昨年夏の参議院選挙における自民党の大敗と福田政権への転換で、小泉・安倍と続いた強引な改憲路線は頓挫した、というのが大方の見方であろう。ただ、福田首相の属する派閥・清和会が(かの稲田朋美議員もそのメンバーである)自民党内改憲タカ派だということ、自民党改憲案「新憲法草案」の第9条変更案をとりまとめた自民党起草委員会の「安全保障・危機管理」小委員会の委員長が福田氏であったことは忘れてはなるまい。
もっと見ておくべきは、今の改憲を促している最大の要因に、米軍の世界戦略が巨大な「再編」を図りつつあり、それに追随することがグローバル化してきた日本財界の要求にも合致すると見て、この日米両筋から憲法変更が求められているという、深層の真相である。この方向は、この深層を震源にしているだけに、一度の国政選挙や首相キャラの後退的交代で頓挫するようなヤワなものではないことを心しなければなるまい。
メディアは米軍「再編」と報じているが、原語はtransformationで、これはただの再編reformationではなく、trans-という接頭語の語意どおり「根本的改造」を意味する。余談ながら、昨秋封切られたスピルバーグ監督のSF映画「トランスフォーマー(原題はTransformers)」では、この単語を字幕では「変身」と正確に訳していた。
せいぜい「極東の平和と安全」のために米軍が日本に駐留し、「日本国の施政の下にあるいずれか一方に対する武力攻撃」を「共通の危険」とみなして在日米軍と自衛隊とが共同行動をとる(このこと自体がすでに「集団的自衛権」行使である)、というのが日米安保条約の建前であるが(第5条・第6条)、これをさえ「変身」させて、条約を変更しないまま、あたかも米国の第51州のように日本を「改造」してしまい、日本を米軍の世界制圧の前方司令拠点にしようという仕掛けが、言うところの米軍「再編」にほかならない。これを推進するためのここ数年の防衛庁・防衛省側のキーバーソンが、守屋武昌前次官だった。
小泉内閣時代の2004年にこの「再編」事業協力を決定した日本政府は、翌年から今も走っている2009年までの「新防衛力整備計画」に、実に26兆円を見積っている。この「計画」を仕切っていたのも守屋前次官であった。守屋前次官と軍需商社・山田洋行との「癒着」の原資はこれである。起訴された守屋の公判は4月21日から始まったが、その容疑は1400万円余の「収賄」と国会証人喚問での偽証罪にすぎない。
しかし、その背後には巨額の軍事費を背景にした巨額の軍需構造そのものがあって、しかもそこには、「水増し」という言い方ではすまないような法外な取引が横行しており、その構造に群がって軍需商社が裏金を調達し、そこをめがけて軍事関係の、米側も含めた要人が群がっている、という仕掛けがある点を見逃してはならない。秋山直紀専務理事が国会に証人喚問された日米平和文化交流協会なる外務省所管の社団法人は、そうした構造の表看板である疑惑に包まれたままである。
たとえば、今航空自衛隊に配備されている主力戦闘機F15は、1機120億円で米軍需産業から購入したが、この戦闘機は米国内で購入すれば60億円、つまり半額ですむ代物であったという。アパッチという戦闘ヘリが米国では60億円なのに日本が買うときは90億円と5割増し、輸送機のC130に至っては米国なら17億円が日本は50億円で購入している。すべて国民の税金によってである。なぜそんな巨額な差額があるのか、こそが、守屋事件の本質問題であり、ここにメスを入れないと事件の全貌は見えてこない。
戦闘機等に差額があるのは、日本向けに改造しているからだ、とか、ライセンス契約があるからだと政府は説明しているが、だったらそういうことが関係ない、住宅建設費でも同様の価格格差があることをどう説明するのか。周知のように、米軍のtransformationの一環として、沖縄駐留の海兵隊の一部がグアムに移転するが、これに伴うグアムでの海兵隊員用住宅建設費を日本が負担している。ところが、そのために計上されている住宅建設費が、グアムの相場では一戸1900万円なのに実に8000万円で計上されている。ここにも山田洋行が介在していた。「沖縄の負担軽減のため」の「再編」を求めたのは日本政府だから、これにかかわる米軍再編費用は日本が支払え、と米側から3兆円が求められているというが、そこには膨大な「水増し」が潜んでいるに違いない。
本年度予算は、国民にとっては暮らしを直撃する増税と負担増、消費税増税を見込んだ公共事業増額と借金増加、決まってもいないガソリンの暫定税率の「復活」を組み込んだ道路予算などが関心と批判を呼んだが、これだけ疑惑が膨らんでいる軍事費なのに、なおも聖域化が続いたまま、計上額も4兆7793億円と、5兆円規模を維持していて、ほとんど減額されず、「水増し」疑惑のまま計上された軍事費は無傷で成立した。4年かけてアメリカから購入する総計1兆円にのぼるミサイル防衛(MD)システムに、本年度は2100億円を計上している。昨年度予算で行われたその発射実験は、イージス艦「こんごう」を使って昨年12月18日に行われたが、たった7分のこの実験に355億円を費やした。米軍以外に持っているのは日本だけのイージス艦はすでに5隻も保有しているが、一隻で1400億円という。
そのイージス艦・あたごが、房総沖で小型漁船・清徳丸に衝突してこれを沈め、乗っていた漁師親子は今も行方不明というひどい事件が起こった。「イージス艦」というのはイージスという名称の最新レーダー装置を搭載している軍艦の総称で、あたごは「護衛艦」であるが、「護衛艦」とは国内向け自衛隊用語しすぎず、英語ではデストロイヤー(destroyer)を名乗っており、「駆逐艦」にほかならない。ただの「護衛」艦と呼んでいるのは、戦車と言わないで特車、戦闘服と言わないで作業服と呼ぶのと同じで、「専守防衛」に徹する建前から来ているが、国民を「護衛」するどころか、ハイテクレーダーを搭載していながら眼前の漁船には目が届かず、無頓着に自動操舵でこれを「駆逐」してしまうのだから、「そこのけそこのけ」の「正体見たり」であろう。映画タイトルではないが、これでは「亡国のイージス」であり、防衛省は「防衛」を忘れた「亡衛」省である。しかも、このイージス艦は何をしていたのかといえば、1月前にハワイの米軍基地で対空ミサイルの発射実験をしていての帰路であった。米軍との共同行動には熱心なのに、国民の命は平然と蹴散らかす、「某国のイージス」というほかない。
軍事費に投入されている巨額な予算――。百歩・千歩・万歩譲って、問題の「水増し分」だけでも削って、生活や病気に苦しむ人々の救済にあてれば、一気に解決する問題は多い。たとえば薬害肝炎に苦しむ患者全員、過疎地や救急病院の医師不足のために命を落としていく人々、高齢者や重病者が高額医療費を負担しきれずみすみす死亡していく人々、「後期高齢者」という現代の「姥捨山」(この比喩表現にはジェンダーバイアスがかかっているが)制度に棄てられていく人々などのことである。しかも軍事費は人を殺す費用、こちらは人を救う費用である。
こうした素朴で当たり前の疑念が、あまりにも忘却されすぎてはいないか。メディアでは、二言目には「財源がない」「財源をどうするのか」と政府・与党が弁明する福祉の貧困に対し、「軍事費を削れば問題ないだろう」とそもそも論で論戦する識者・政治家が、いわば絶滅危惧種化しているように思えるのは私だけであろうか。
国民の福祉、教育、医療、生活保護、労働、地方財政など、くらしに直結する分野の予算削減はもはや残酷でさえある。巨額の軍事費が巨悪の利権とされている構造こそが告発されるべきが今だろう。そして、そんな「軍事費」を削って「福祉」に回すよう、昔ながらのグンプク要求を、誰もがうなずける国民大運動にするべきが、今である。

◆森英樹(もりひでき)さんのプロフィール

1942年三重県生まれ。名古屋大学理事・副総長・教授を経て、現在龍谷大学教授。全国憲法研究会前代表。法学館憲法研究所客員研究員。
主な著書に、『憲法の平和主義と「国際貢献」』(新日本出版社、1992年)、『現代憲法講義』(浦部法穂らと共著、法律文化社、1993年)、『新版・主権者はきみだ』(岩波ジュニア新書、1997年)、『市民的公共圏形成の可能性』(編著、日本評論社、2003年)、『国際協力と平和を考える50話』(岩波ジュニア新書、2004年)、『国家と自由』(樋口陽一らと共編著、日本評論社、2004年)など。



 
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