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最近の改憲動向について

2008年4月21日

山内敏弘さん(龍谷大学法科大学院教授)
 今年もまた、憲法記念日の5月3日が近づいてきた。今年の特徴は、昨年の5月3日と比較して、明文改憲の主張が比較的弱くなっているということである。その直接的な背景にあるのは、いうまでもなく、明文改憲論者であった安倍首相が昨年7月の参議院選挙で敗北して退陣して、代わって福田内閣が登場し、福田首相は明文改憲をあからさまにいうことを差し控えているという政治状況である。
 ちなみに、この4月8日に読売新聞は、同社がこの3月に実施した憲法に関する全国世論調査の結果を掲載した。それによると、今の憲法を改正する方がよいと思う人は42.5%、改正しない方がよいと思う人は43.1%になったという。同社が従来実施してきた憲法に関する世論調査では1993年以来一貫して改憲派が改憲不要派を上回ってきたが、今回の調査はその従来の傾向を逆転させるものとなったのである。憲法9条についても、この調査によると、9条1項を改正する必要があると思う人は12.5%、その必要がないと思う人は81.6%となっており(答えない人が5.9%)、また、9条2項については、改正する必要があると思う人は36.8%、その必要がないと思う人は54.5%(答えない人が8.6%)であるという。改憲論議の最大の争点である9条2項についても、改憲論よりも改憲不要論が多数を占めているのである。
 このような世論動向の背景要因について、読売新聞の社説は、「最大の要因は、国会や各政党の憲法論議の沈滞にある」として、福田首相が改憲問題についてほとんど触れなくなったことや民主党が改憲問題に正面から取り組もうとしない姿勢をあげている。そのこと自体は間違っていないが、問題は、どうして安倍内閣に代わって登場した福田内閣が明文改憲をあまり言わなくなったのか、また民主党が改憲問題に正面から取り組もうとしないのかである。そのことを考える場合に想起されるのは、1960年の国民的な安保反対闘争に直面して改憲派の岸内閣が安保改定は強行したが、その直後に辞職して、代わって登場した池田内閣は「所得倍増政策」を掲げて、明文改憲は言わなくなり、いわゆる解釈改憲論路線をとることになったことである。今回、明文改憲を掲げた安倍内閣に不信任を突きつけたのは、安保闘争のような国民的運動ではなかったが、しかし、昨年の参議院選挙に示された国民世論であったと思われる。
 もちろん、選挙では、改憲問題だけが争点となっていたわけではない。しかし、安倍内閣が憲法改正国民投票法の制定など、明文改憲路線を突き進んできたことに対して少なからざる国民が危惧の念をもち、それが投票行動に少なからず反映されたことは否定できないであろう。しかも、そのこととも関連するが、この間、明文改憲の動向を憂える多くの市民が全国各地で改憲反対の運動を繰り広げてきたということである。その一つが、大江健三郎氏や加藤周一氏などが中心となってつくった「九条の会」の運動であり、この運動は全国に草の根的に広がり、現在では6000以上の「九条の会」ができているという。この運動はマスコミではあまり大きく取り上げられていないが、しかし、上記の読売新聞社の世論調査にも反映しているであろうことは、この3月に中曽根康弘氏などがつくっている「新憲法制定議員連盟」がその総会で「九条の会」に対抗するためには改憲のための「拠点づくり」が必要性であると説いたことにも示されている。
 また、9条改憲論が後退したことの背景には、おそらくは、この間の一連の防衛省・自衛隊の不祥事も一定程度影響していると思われる。昨年に発生した防衛省の最大の不祥事は、いうまでもなく「防衛省(庁)の天皇」とも言われた守屋前防衛事務次官の収賄事件であった。守屋前事務次官は在任中に軍需産業の専門商社である「山田洋行」の元専務から300回以上にわたって接待ゴルフを受けていたこと、それと見返りにするかのように「山田洋行」は防衛省(庁)から総額174億円もの受注を受けていたことなどが判明したのである。防衛省(庁)をめぐっては、このように「官」と「財」の不正な癒着のみならず、「政」との癒着も問題となったのである。
 さらに、今年2月に起きたのは、ハワイでのMD(ミサイル防衛)訓練の帰路にあったイージス艦「あたご」(一万トン)が千葉県・野島崎沖で漁船「清徳丸」(七・三トン)と衝突して、「清徳丸」を真っ二つに切断して沈没させて、乗組員の吉清治夫・哲大の両氏を行方不明にさせたという事件である。この事件の全貌はいまなお明らかにされていないが、しかし、この事件は、かつて20年前の1988年に潜水艦「なだしお」が「第一富士丸」と衝突して30名の乗客を死亡させた事故の教訓を自衛隊がなんら学んでいないことを示すとともに、自衛隊の体質がどのようなものであるかをも示すものとなっているように思われる。かつての「なだしお」事件の場合もそうであったが、今回の「イージス艦」事件でも、防衛省の説明は二転三転して、事実を正確かつ迅速に国民の前に明らかにしようとしない防衛省の秘密主義的な体質が明らかになった。さらに、明らかになったのは、自衛隊は真剣に国民の生命や安全の確保を考えているわけではないということである。日本近海で多数の漁船が航行していることは誰れでも知っているにもかかわらず、「イージス鑑」は衝突直前まで「自動操舵」を続けていたことや、「漁船の方がよけてくれる」と考えて、海上衝突予防法の規定をも無視して直進したことなどに、自衛隊が国民の生命や安全を真剣には考えていないことが端的に示されている。
 このように重大な不祥事が防衛省や自衛隊に起きていることを目の当たりにすれば、9条を改憲して防衛省・自衛隊にさらに大きな力を付与することに多くの人々が警戒心を抱いたとしてもなんら不思議ではない。読売新聞の前記社説は、世論動向の背景にあるこのような要因については十分に思いを致していないようにみえる。
 このように明文改憲を支持する世論が減少したことは積極的に評価されるべきことであるが、しかし、同時に見過ごしてはならないのは、岸内閣の後に池田内閣が解釈改憲路線をとったと同様に、福田内閣も解釈改憲路線を推進しようとしているということである。しかも、ある意味では究極の解釈改憲路線を推進しようとしているのである。福田首相は、今年1月の施政方針演説で自衛隊の海外派兵のためのいわゆる恒久法(一般法)の制定への強い意欲を示したのである。最近の新聞報道によれば、自民党は、恒久法制定に向けて「国際平和協力活動の一般法に関するプロジェクトチーム」の初会合を開いたという。同チームの座長の山崎拓氏は、5月の連休明けには活動を本格化して、今国会中にも法案を上程することを目指しているという。見過ごすことができない重大な動向と思われる。自民党が現在考えている恒久法の概略は、(1)国連決議などがなくても、国際社会の要請ということで自衛隊の海外出動を可能とする、(2)しかも、自衛隊の海外出動については、この一般法があれば、政府の判断でいつでも、どこにでも出動することができて、いちいち国会の事前承認は必要としない、(3)武器使用についても、正当防衛の場合のみならず、「任務遂行のため」に必要な場合にも認められるなどである。このような法律がかりに制定されたならば、従来政府が言ってきた専守防衛や集団的自衛権行使の禁止などは事実上棚上げにされて、自衛隊は海外でのさまざまな武力紛争に本格的に介入するであろうし、しかも国会によるシビリアンコントロールも形骸化することは必至であろう。究極の解釈改憲と言わざるを得ない所以である。
 憲法施行以来61年を経過しようとしている今日、明文改憲論がトーンダウンしていること自体は歓迎すべきであるが、その一方でこのような解釈改憲の動きがあることについても、十分に警戒することが必要であろう。それと同時に、明文改憲が現在トーンダウンしているといっても、護憲運動が少しでも手を緩めれば、政府自民党はすぐにでもまた明文改憲論を鮮明に打ち出すであろうことにも留意することが必要であろう。おりしも、この5月4日から千葉の幕張メッセなどで、「九条世界会議」が「世界は九条をえらび始めた」というスローガンを掲げて開催される。ノーベル平和賞受賞者のマイレッド・マグワイア氏をはじめとして海外からも多数の人たちが参加する予定である。私もこの会議に参加して、憲法九条の世界的意義を改めて勉強したいと思っている。
(2008年4月16日記)

◆山内敏弘(やまうち としひろ)さんのプロフィール

1940年山形県生まれ。
獨協大学教授、一橋大学教授を経て、現在、龍谷大学法科大学院教授。
法学館憲法研究所客員研究員。
【主な著書】
『平和憲法の理論』(日本評論社、1992年)、
『憲法判例 を読みなおす』(共著・日本評論社、1999年)
『有事法制を検証する』(編著 ・法律文化社、2002年)
『人権・主権・平和』(日本評論社、2003年)
『新現代憲法入門』(編著・法律文化社、2004年)

山内敏弘さん動画メッセージ(約11分。2007年4月28日収録)はこちらから。



 
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