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市民の命綱、憲法25条と生活保護法を護れ
〜国の棄民政策、生活保護「ヤミの北九州方式」〜

2008年1月14日

藤藪貴治さん(北九州市立大学講師)

一 世界にも報道された過酷な「ヤミの北九州方式」

 2007年7月10日、朝日新聞夕刊一面に「『そろそろ仕事を』勧められ、生活保護辞退孤独死・北九州52歳」とのタイトルで餓死事件発生の記事が掲載され、全国に報道された。
 北九州市小倉北福祉事務所にて生活保護を受給していた52歳の男性が4月2日に「辞退届」を提出して保護廃止となり、その三ヶ月後の7月10日に、「オニギリ食べたい」との日記を残して餓死していたことが発覚した、いわゆる小倉北餓死事件である。
 その後各メディアで続々と報道され、10月以降はニューヨークタイムズ紙や中東アルジャジーラTVなど、海外のメディアが豊かな国ニッポンの貧困の現実を大きく報道した。
 しかしこの小倉北餓死事件は、北九州市生活保護行政の下で発生した数ある餓死・自殺事件の一つでしかない。2005年1月には、八幡東区の67歳の要介護状態の男性が、5度申請するも、生活保護を受けられずに餓死した事件。2006年5月には門司区の56歳の男性が、電気ガス水道のライフラインが停止したため生活保護申請するも断られ、餓死した事件。2007年6月には小倉北区の61歳の男性が、4月に生活保護廃止され、6月に再申請するも断られ、アパートのベランダで首つり自殺した事件など、判明しているだけで、三年間で4件の生活保護関連の餓死・自殺事件が相次いで発覚している。
 格差・貧困問題が深刻化するなか、全国的に福祉事務所の対応が批判されているが、北九州市のように餓死・自殺事件を毎年のように生み出す自治体は全国的にも例を見ない。
 
二 国家意思としての「棄民政策」

 生活保護法は、市民の保護請求権として申請権を保障している。しかし国が1981年にいわゆる「123号通知」を発してから、全国の福祉事務所で「生活保護を求めても申請書さえもらえず追い返された」という事例が常態化した。これがいわゆる「水際作戦」と呼ばれる違法行政である。特に北九州市は「水際作戦」が徹底され、申請書をもらえる生活困窮者の割合は15,8%(2004年会計検査院)と断トツで「トップ」を走り、その結果上記の事件を含む数々の餓死、自殺事件を引き起こしてきた。加えて最近問題となっているのが、生活保護が開始になっても、厳しい就労指導などで辞退届を強要され、無理に廃止させられるいわゆる「硫黄島作戦」である。この辞退届の強要は原則違法である判例は確立しているが(広島高判2006年9月27日)、北九州市では福祉事務所による辞退届の強要により、上記52歳の男性が「生活困窮者は、はよ死ねってことか」との日記を残して餓死した。
 北九州市が全国に比べ異例なのは、この「水際作戦」「硫黄島作戦」を全市的に福祉事務所の運営方針のなかに数値目標化し、例えば福祉事務所の職員一人当たり、「申請書の交付は月5枚まで」、「廃止は年5件」などと、ノルマ化していたことである(数値目標)。他に歴代市長が全福祉事務所長に一ヵ月の廃止件数を競わせ人事査定をする(開廃差月報)。「水際作戦」徹底のため事務系の若手係長に面接業務を担わす(面接主査制度)。65歳未満の稼働年齢層の廃止のマニュアルを作成(廃止への阿弥陀くじ)するなど、北九州市独特の保護切り捨てのシステムを作り上げ、1967年から40年間で保護受給者は一気に1/5まで激減した。この陣頭指揮を31年間取り続けたのが旧厚生省の天下り官僚である。かれらは北九州市で様々な生活保護切り捨てのシステムを造り上げ、通知や研修、監査を通じて全国の福祉事務所に広めていった(生活保護の手引き等)。つまり「ヤミの北九州方式」は、国が造り上げた全国のモデルであり、国家意思としての「棄民政策」であるといっても過言ではない。

三 市民の力で「ヤミの扉」が開く

 この「ヤミの北九州方式」は、40年の間、自殺・餓死事件が多発しても微動だにしない鋼鉄の閉じられた扉であった。しかしここ一年余りの全国的な市民運動により、鋼鉄の扉に光が舞い込み始めた。きっかけは2006年10月に門司餓死事件の真相究明と生活困窮者の生活保護申請支援のため、全国から250名もの弁護士、司法書士、学者、市民運動家らが大挙して支援に入った「北九州市生活保護問題全国調査団(団長・井上英夫金沢大学教授)」であった。全7区で相談所を開設し、福祉事務所の申請妨害にあっている生活困窮者に弁護士らが同行し、福祉事務所が弁護士同席を激しく抵抗するなか、25件すべての生活保護申請を実現させた。この様子を含む「ヤミの北九州方式」の実態が、11月にテレビ朝日系「報道ステーション」で全国放映され、翌年2月の市長選挙では生活保護改善を公約に掲げた民主党の北橋健治氏が当選し、40年間続いた官僚出身市長による自民党市政に幕が下りた。
 現在北九州市の生活保護行政は市民運動の力により、不十分ではあるが一定の改善が図られている。

四 北九州から反貧困の狼煙が全国へ

 全国の支援者による「北九州での闘い」は、全国的な反貧困の市民運動に発展している。
 2007年3月東京にて、非正規労働者、多重債務者、シングルマザー、障害をもつ人、ホームレスと呼ばれる人々の団体が手を取り合って共に反貧困と闘う「反貧困ネットワーク(代表・宇都宮健児弁護士)」が結成され、反貧困の旗のもと、市民運動がつながり始めた。また全国の弁護士、司法書士らによって「生活保護問題対策全国会議(代表・尾藤廣喜弁護士)」が6月に結成され、全国で生活困窮に関する相談・支援活動を展開している。
 この反貧困の市民運動の力は国をも動かす力を持ち始め、2007年12月に厚生労働省が突然提案した生活保護基準切り下げ問題に対して、全国の法律家らが国会議員会館に連日結集して、基準切り下げを止めるよう全ての議員に要請をおこない、その結果厚生労働省の基準切り下げを阻止するに至っている。

五 市民の命綱、憲法25条と生活保護法を護れ


 生活保護法は1950年に日本国憲法25条の精神を具体化する法律として誕生した。しかし国は国家予算を福祉ではなく大企業と軍事に回すため、生活保護法の理念に反する行政運営をおこなってきた。その一つが「保護の切り下げ」つまり朝日訴訟で問題となった低すぎる最低生活費の基準であり、もう一つ「保護の切り捨て」つまり生活困窮者に保護を受けさせない「水際作戦」「硫黄島作戦」でありその究極形態が「ヤミの北九州方式」である。いま小泉構造改革により格差・貧困が拡大し、「ホームレス」や「ネットカフェ難民」、そして「餓死」「自殺」など貧困に苦しむ人々が何百万人単位で急増している。かれらを救うためには非正規雇用の改善とともに、生活保護法の「実現」が不可欠である。そして誰もが病気になって医者にかかるように、今の日本の社会ではだれもが貧困に陥る危険をかかえている。私たち自身の命綱として、憲法25条と生活保護法を護る運動を、護憲運動の一翼として広げていくことが求められている。
※詳しく知りたい方は「生活保護・ヤミの北九州方式を糾す」藤藪貴治・尾藤廣喜著 あけび書房をお読み下さい。

生活保護問題対策全国会議HPには、上記餓死事件の写真等が掲載されています。

◆藤藪貴治(ふじやぶたかはる)さんのプロフィール

1969年横浜市生まれ。1992年東洋大学文学部印度哲学科卒業、1994年北九州市役所入職(主に福祉事務所、児童相談所)、現在は北九州市立大学非常勤講師(公的扶助論・ケースワーク)、九州大学大学院法務学府実務法学専攻
おもな著作として、「格差・貧困と生活保護」(共著・明石書店2007年)、「NPM行革の実像と公務・公共性」(共著・自治体研究社2006年)、「社会サービスと協同のまちづくり」(共著・自治体研究社2003年)等



 
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