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憲法と人権に「かたよる」メディア

2007年12月24日

梓澤和幸さん(弁護士)

 2007年11月26日、弁護士11名、市民9名の陣容で、日刊のネットメディアを発足させた(NPJ《News for the People in Japan》)。ネットメディア「ジャンジャン」、週刊金曜日、共同通信が報道してくれたおかげで、多少世に知られるようになったが、マスから見れば、極小の豆粒のような存在だろう。
 だが、志は小さくない。闇の中に光を照らすことである。なんと言っても、憲法と人権にこだわるのが第一だ。これを、「偏るメディア」と言ったスタッフもいる。

 マスメディアは報道が作り出している世間の雰囲気に責任を持っていると思う。日本では、イラクやアフガンで力なき女性、老人、子供達に爆弾が降り注ぎ、人の命が日々失われているのにあたかもそれは他人事であるかのように受け取られてはいないだろうか。

 イラク戦争開始の日のことを思い出す。あの日、市民のデモに参加したある女性は頬につたう涙をぬぐおうともしなかった。それは、戦争を始めた人々への憤りを超え、それを食い止めることの出来なかった自分達への悲しみの表現だったのかもしれない。
 もう一つの忘れられぬ光景があった。仕事で間に合わなかったのだろう。デモがさしかかった青山の裏通りでタクシーが隊列のそばに止まり、急ぐようにして料金を払うと女性がハンドバックと一枚のやや大きな紙を取り出した。そこには、英語で「NO WAR」と書かれていた。女性は、固い意志を表す唇を結んだまま、全く知らないグループの一団に会釈すると、参加していった。
 この人々はアメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、韓国などの国々で100万人、50万人、10万人の人々が街にあふれたのに比べると決して多くはなかったがそれでも1万人をこえる人数に達した。その参加者は新聞やテレビの報道ではなく、ネットの情報を知って参加してきた人々であった。

 憲法と人権にこだわる極小メディアとは、マスに二項的に対立する存在ではない。それは、本来マスメディアが伝えるべくしてどうしても伝えきれない限界を批判し続け、同時に志あるマスメディアの中の人々と高い次元でコミュニケートし、真に人々が知るべき真実に人々がアクセスできるようにしようという存在である。そのため、NPJでは、今日全国のどこかで憲法の集会がないか、今日どこかの法廷で人権に関わる裁判が行われていないか、に焦点を置きながら、弁護士と市民のネットワーク力が持つ情報収集の力で市民に発信していきたいと考えている。


 ここで私なりの、メディアにかかわる表現の自由論を展開してみたい。
 アメリカでは、はじめ新聞はもっと小さな組織であった。印刷機1台しか持たない印刷屋さんの社長が内発する正義感に駆られてイギリスから来た植民地総督や州政府、連邦政府を批判する論調や情報を継続的に掲載するJournalを出すところから出発した。表現の自由はこうした小さな媒体(メディア)の公権力による検閲からの自由、名誉毀損への刑事処罰から解放する理論として構成するところからはじまった。(《奥平康弘著『表現の自由を求めて』岩波書店1999年》第1章のゼンガー事件の叙述等参照)。

 私の理解では、フランス人権宣言やヴァージニア権利章典等にうたわれている市民の自由としての表現の自由とメディアの表現の自由は統一されて一つのものであった。ところが、メディアが大企業化するのと反比例してメデイアは市民から乖離する。
 いいかえれば、メディアの自由イコール市民の自由としての報道の自由とはいえない時代が到来する。マスメディアにとってはただ自分たちの言いたいこと、伝えたいことを紙面や画面に載せていれば、それで自動的に表現の自由を行使しているとはいえない画期が到来したのである。

 私たちのグループがメディア問題を平和や憲法や人権の問題を深刻に体験させられたのは、イラクで拘束された3人の人質を、釈放後日本に迎えたときのことであった。あのとき空港で大メディアの人々から、救援にあたってきたぼくたちは詰め寄られた。空港の記者会見場は興奮気味の記者が大勢だった。
 「人質はでてきてあやまるべきではないのか、自己責任論に答えよ。」「体調が悪いといって休んでいる場合か」明示、黙示のこうした糾弾、非難に人質と家族はさらされた。

 イラクの民衆が3人を通して訴えたいメッセージはかき消された。

 グループは韓国のオーマイニュース編集部の現場も訪問し、市民メディアが発展したときの影響力も学んだ。

 私はマスに全く絶望しているわけではない。その中にあって志高くメディアの公共性を追求し、市民においてその独自の力ではアクセスできない真実に巨大なネットワークと取材の力量によって接近しようとする人々がいることを今も確信している。その志が蹂躙されそうになるとき、法律事務所の門をたたく記者も少なからずいる。私は、出発した極小メディアを弟と表現しよう。大メディアの中で呻吟する良心的ジャーナリスト達を兄たちと表現しよう。弟が兄を想うように、兄が弟をかばって外敵と闘うように相互が助け合ってこの社会の主人公である市民の自立・自律を確立することを遥かなる希望としよう。

 新しいメディアは、メディア不祥事の調査の実績と鋭い語り口で知られる作家 吉岡忍さんをお招きして創立記念集会を2008年1月17日 東京 四ツ谷の弘済会館で開く。
 この日は記憶される日になると思う。
 憲法問題や貧困など人権問題に取り組む市民、ジャーナリスト志望者、法律家の卵たる司法修習生、ロースクールの学生、ほかメディア問題や人権問題に関心をお持ちの人々が参加されるようご案内したい。

◆梓澤和幸(あずさわ かずゆき)さんのプロフィール

1943群馬県桐生市生まれ。一橋大学法学部卒。
1971年弁護士登録。
現在 − 弁護士。山梨学院大学法科大学院教授。
     日弁連人権と報道調査研究委員会委員長。
     国分寺市人権擁護委員。
     ランビック(報道被害救済弁護士ネットワーク)会員
     共同通信社「報道と読者委員会」委員(元)
著書 − 『外国人が裁かれる時』(岩波ブックレット)
     『悲しいパスポート』(同時代社)
     『在日外国人』(筑摩書房)
     『熱血弁護士世界旅』(花伝社)
共著 − 『報道の自由とプライバシー』
     『誰のための人権か』(以上、日本評論社)ほか



 
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