法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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今週の一言

 

「人権としての社会保障」確立への不断の努力を

2007年12月10日

井上英夫さん(金沢大学教授)

 私は、石川県金沢市に在住し、社会保障法を主たる専門とし、金沢大学法学部では福祉政策論を担当しています。
研究所の、「日本国憲法の理念・精神を研究し、広く社会にひろげる」という趣旨に深く賛同します。しかし、「地べたを這い」、人々(国民に止まりません)の生活実態を踏まえ、社会保障権実現のために訴訟提起を呼びかけ、支援してきた者から見るともう一歩進んだ活動をお願いしたいと思っています。
 
ロ−スク−ルと法学教育


 まずロ−スク−ルの教育について一言。私の立場からすると、現在の法学教育−とくにロ−スク−ルでの−は総じて人々を支配するための法学を教える「官僚法学」であるとしか思えません。
 そこで、今年の4月、弁護士の高野範城さんと『実務 社会保障法講義』(民事法研究会)というテキストを編集し刊行しました。テキストではありますが、単なる解釈学的制度解説に止まらず、「生ける法」を発見し、研究者と弁護士が共同して理論と実践の統一をめざしたものです。
 「現代における法および法学の神髄は、人権の保障にある。そして社会保障は基本的人権(Basic Human Right)としての地位を占めている。それゆえ、社会保障法学とは、人権としての社会保障確立のための学問である。そして法曹の使命は、『国民の社会生活上の医師』として、人々に、人間の尊厳に値する生活を人権として保障することにある。したがって、本書は、法曹を「国民の社会生活上の医師」すなわち人権のにない手として育てることを目的としている」、とすこし気張って趣旨を述べました。
 「国民の社会生活上の医師」という言葉は、「司法制度改革」の基礎となった司法制度改革審議会の最終意見書『21世紀を支える司法制度』(2001年6月12日)に見られたものですが、法曹のみでなく、研究者も同じでなければならないでしょう。是非、ご一読頂きたいと思います。
 
「人権としての社会保障」と小川権利論

「国民の社会生活上の医師」ということであれば、小川政亮先生はその代表といえるでしょう。小川理論は、1960年代の朝日訴訟を端緒として形成され、名著『権利としての社会保障』を産み出し、その後も一貫して、社会保障を必要とし、受給している人々のための人権論・権利論の立場から社会保障法学を構築してきました。そこで、この10月に膨大な業績の中から、そのエッセンスを『小川政亮著作集』全8巻として刊行しました。
 小川理論は、朝日訴訟、堀木訴訟に代表される多くの裁判、そして社会保障を守り発展させるための運動に参加した多くの人々の力により産み出されました。160名近い人々に呼びかけ人になっていただき刊行実行委員会が組織されました。法学のみではなく医学、経済学、社会政策、社会福祉学、歴史学等の研究者、医療、福祉、社会保障等、地域や現場の専門家、実践家、そして運動・活動家の皆さん、総数750名を超える人々に出版事業に参加していただいています。私は、実行委員会の委員長として約3年間この事業に参加させていただきましたが、小川先生の「人々の社会生活上の医師」としての一貫した姿勢こそ、多くの人々の支持を得ている要因だと、つくづく実感しています。
 しかし、私たちは、小川理論を大日本帝国憲法のような「不磨の大典」としておしいただくものではありません。現憲法は、憲法の改正−改悪ではなく−を認めています(92条)。このことは、憲法第97条が、基本的人権を、人類の自由獲得の努力の成果とする一方、現在及び将来の国民に対し、不可侵の永久の権利として「信託」されたものである、と規定しているように、憲法が、主権者たる日本国民に深い信頼を寄せていることを示していると思います。しかし、同時に、憲法第12条は、人権を「国民の不断の努力」によつて保持しなければならない、として私たちに厳しい努力義務を課しているのです。
 私たちも、小川理論を守るだけではなく、より発展させるための「不断の努力」を続けるべきだと決意して著作集を刊行しました。すでに、井上「人権としての社会保障と小川権利論」(法律時報4月号、日本評論社)を嚆矢として、「21世紀の社会保障研究に問われるもの――権利論の再構築の観点から」という連載を始め、編集委員による小川理論の検証を始めています。併せてご覧いただければ幸いです。
 
憲法学へ−「劣等処遇」意識の克服を

 さて、昨年秋の日本社会保障法学会で、岩田正美(社会福祉)、神野直彦(財政学)、辻哲夫厚労省事務次官そして棟居快行(憲法学)の各氏と「社会保障の法と政策:学際的検討に向けて」(学会誌『社会保障法』22号、07年)と題するシンポジウムを開きました。そこでは、棟居さんから、社会保障について憲法学と社会保障法学の相互交流が必要だという積極的提起もされました。そこで以下、社会保障法の立場からの憲法学への一言です。
 憲法学者に「人権としての社会保障」確立のために取り組んでいただきたい。とくに若い研究者の間で、「生存権については議論は終わった、勝負は付いた、古い」さらには生存権や社会保障は「低次元の卑しい話」などという意見があるや、に聞いています。確かに、社会のダイナミックな動きと生活の実態に目を閉ざし、旧態依然の生存権論、社会権・自由権二分論、最高裁判決だけを見ていればそう思うかも知れません。
 しかし、社会保障裁判も朝日、堀木訴訟に続き、90年代以降私たちが第三の波と呼んでいるように大きく発展しています。何より、高訴訟、中嶋訴訟のように最高裁で生活保護の被保護者が勝訴している判例を産み出しているのです。とくに高訴訟は、地裁、高裁、最高裁と完全勝訴しています。さらに、全国9カ所で提訴された学生障害無年金訴訟では、原告の地裁・高裁での勝訴判決を受けて特別給付金制度を創設させました。
 第四の波を起こし、新たな「最高裁判例」を作り出す運動に参加し、憲法・人権論をより豊かに発展させていただきたい。詳しくは、先の学会誌を見て頂くとして憲法25条の規範的構造を明らかにし、人間の尊厳の理念、自己決定・選択の自由(13条)、平等の原理(14条)との関係を明らかにする作業といえるでしょう。とりわけ、社会保障改悪の続く今、2項の「向上・増進義務」の理論化が求められています。
 さらに、自由権と社会権の「二分論」の超克など、課題は山積していますが、つまるところ、社会保障によって保障されるべき「生活」についてより豊かなイメ−ジを持つということです。憲法で認められる「権利としての社会保障」は生活保護であり、それはギリギリの権利、あるいは緊急的生存権であるというような議論は、余りに発想が貧困だと思います。
 憲法制定から半世紀以上たった、経済力と生活の向上を直視せず、あいかわらず「最低限度」という文言にとらわれ、「生存」権と呼んでしまっている所に問題があると思います。既に、憲法制定から20年後、国際人権規約A規約「経済的・社会的・文化的権利」(「社会権」という言葉は使われていません)の11条は、十分(adequate−政府訳では「相当」と訳していますが)な生活水準の保障、そして12条では、「到達可能な最高水準」の身体及び精神の健康を享受する権利、すなわち健康権保障を各国政府の義務としています。
 なにより、憲法学者そして日本の人々に見られる生活を論ずることを「卑しい事」とする意識、理論的には「自由権」の「社会権」への「優位」、そして社会保障とりわけ生活保護を受けている人々への「劣等処遇」意識・思想の超克が求められていると思います。

◆井上英夫(いのうえひでお)さんのプロフィール

金沢大学法学部教授。専門は社会保障法、福祉政策論。
日本社会保障法学会代表理事、厚労省ハンセン病問題検討会委員長、日本学術会議法学委員会「不平等・格差社会セーフティ・ネット」分科会委員長、金沢市障害者施策推進協議会会長、高齢者運動基金理事長 などを歴任。
『高齢化への人類の挑戦 国連・高齢化国際行動計画2002』(萌文社)『医療保障法・介護保障法』(共著、法律文化社)『講座障害をもつ人の人権 』(共著、有斐閣)『実務 社会保障法講義』(共著、民事法研究会)など著書多数。



 
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