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米軍・自衛隊の「変身」

2007年11月5日

森英樹さん(龍谷大学教授・法学館憲法研究所客員研究員)
1994年製作のアメリカ映画『今そこにある危機』は、ハリソン・フォードが主演したハリウッドお得意のアクション映画だが、CIAの醜い内幕を描いてなかなかよくできていた。で、これを観たとき、のっけのタイトル原題が「clear and present danger」なのだと知って、その見事な訳に思わずうなったものである。周知のとおりこの英文は、憲法学では、合衆国の判例として登場した表現の自由規制の違憲審査基準として知られており、これが日本憲法学界に輸入されて「明白かつ現在の危険」と訳されて定着してきた。「危険」と「危機」は意味合いが違うが、うなってしまったのは「明白かつ現在の」といった、いかにも直訳調より、「今そこにある」の方がはるかにわかりよいからである。無機的な用語でも「アカデミック」に了解してしまい、それが市民の中に浸透するかどうかなどどうでもよいとしてきた訳語ではなかったか、と思ったものである。
つい先だって封切られたハリウッド映画『トランスフォーマー』は、『アルマゲドン』のマイケル・ベイ監督と『宇宙戦争』のスピルバーグ監督が共同製作したSF大作というふれ込みで、すさまじい特写・CGを駆使した迫力ある画面ではあった。が、どんなマシーンにも変わってしまう生命体ロボットが、宇宙の彼方から巨大ゲリラ部隊のように地球に侵入し、これと米軍とが戦うという筋立て、そのエイリアンには正義の味方もいて「正義のための犠牲」となることをいとわないという味付け、襲われるのがアメリカの大都市で戦う戦場のひとつがカタールの砂漠地帯という設定などに、9・11事件を契機とする米軍の軍事展開が意識されているな、とわかってしまい、しらけてしまった。
で、そのタイトル「トランスフォーマー」だが、字幕ではトランスフォームする場面で「変身する」と訳されていて、適訳だなとうなずいたものである。というのも、このところ進行して日本国憲法の改変を促す米軍の世界的編成の大転換を、米側はtransformationと呼んでおり、しかしこれを日本のメディアは「再編」と訳して流布させているからである。米軍の編成(formation)をただ変更するだけの「再編」ならばreformationだろう。しかし、目下の大転換は、「再編」などというさらりとした用語で言い尽くせるほどなまやさしいものではない。
これまで世界に20万人もの兵員を外国に常駐させてきたアメリカは、財政圧迫もあってそうした常駐体制を大幅に縮減し、かわって「不安定の弧(Arc of Instability)」と呼ぶ東アフリカから中東から朝鮮半島に至るゆるやかなカーブ(弧)地帯に、軍事的に即応できる体制へとtransformしつつある。そしてその司令・発進・帰還・整備の機能を日本に持たせることが、このtransformationの要となってもいる。「不安定の弧」に即応するのに、米本土では遠すぎるが、幸い日本がこのカーブの要の位置にあり、しかも日本は安心してその役割を委ねることができるアメリカの第51州のように忠実だから、ここを強化しようという戦略である。つまり、米軍は、世界からは撤退していくが、在日米軍の機能は強化して、文字通り「不沈空母」にする、という戦略にほかならない。
これを「再編」と軽く訳すのはほとんど誤訳だろう。外務省訳では正確にも「変革」と訳しているが、ハリウッド映画にならって「変身」とするのが市民にはわかりやすい。
この路線を取りまとめるべく、日米両政府の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2+2)がワシントンで何度か開かれてきた。2005年10月29日には「中間報告」で基本を確認し、2006年5月1日には、「最終報告」で詳細を合意したが、「中間報告」発表が自民党「新憲法草案」公表の翌日であったこと、「最終報告」が教育基本法改定案の閣議決定の3日後だったことは、まるでタイアップしているようで、意味深である。日米安保はいまや、「日本を守る日米安保」という条約上の枠組みをはるかに超えて、「日本周辺の平和と安全」どころではない「国際的安全保障」にまで広がってきた。日米安保体制のグローバル化にほかならない。
この路線に従って、たとえば今年度予算には、すでにミサイル防衛システムのための予算を前倒し計上し、その中には、最新鋭の地対空ミサイルPAC3という、1発6億円もする大量破壊兵器を大量にアメリカから買い始めている。来年度予算では、1機で実に250億もする最新鋭のステルス戦闘機を40機、したがって1兆円を投ずる計画も立案され始めた。そして、決定的なのは、こうした「変身」を支えるべく、米本土にしかない軍司令部が、いま続々と日本に移されている。座間への米陸軍司令部の移転、横田への米空軍司令部の移転等々がそうであり、沖縄では普天間基地を返還するが、代わりに名護の辺野古地区に海上基地を建設してそこに最新鋭の基地機能を持たせる、そうした費用3兆円を米国が求めてきているという、すさまじい事態になっている。
 こうした軍事的大「変身」をメディアがさらりと「再編」用語で報じるとき、事態の深刻さは伝わりにくい。ただ、幸いと言うべきか、この時期に守屋前防衛事務次官のスキャンダルが噴出してきた。この事件は、倫理観に欠けた悪徳防衛官僚と軍需商社の接待供応癒着だけにはとどまるまい。米国から買い付ける膨大な軍事関連経費が、実は法外な価格で計上されており、おそらくそこには、介在した商社や防衛族政治家の取り分が含まれているに違いない、という疑獄の構図が透けて見えるからである。このスキャンダルという災いを、軍事的変身の真相を解明する幸いに転じなければなるまい。
そしてもっと幸いなことに、その軍事的変身の先駆けでもあった海上自衛隊の、米軍に対する「補給」という名の「後方支援」が、さまざまな要素はあっても、国民の批判が確実な原因のひとつとなってついに撤退することとなった。この機会にアフガン戦争・イラク戦争とは何なのか、後方支援(logistics=兵站)が「非軍事的活動」であるなどという政府説明の国際的非常識、その給油がアメリカ石油企業から買い付け無償で供与されているという回路にまたも不正経理はないのか、等々と言ったかねてからの疑問と疑惑を徹底解明すべきである。
さんざん拡大してきた自衛隊海外派兵が、撤退するという画期的事態であるが、日本が後方で参戦していきた「危険」は遠のいたとはいえ、再参戦の「危機」は去ってはいない。漢字文化の祖、中国では「危機」とは「危」険とそれを回避する「機」会とを併せ持つ意味という。この「今そこにある危機」を、恒久撤退の機会にしたい。


◆森英樹(もりひでき)さんのプロフィール

1942年三重県生まれ。名古屋大学理事・副総長・教授を経て、現在龍谷大学教授。全国憲法研究会代表。法学館憲法研究所客員研究員。
主な著書に、『憲法の平和主義と「国際貢献」』(新日本出版社、1992年)、『現代憲法講義』(浦部法穂らと共著、法律文化社、1993年)、『新版・主権者はきみだ』(岩波ジュニア新書、1997年)、『市民的公共圏形成の可能性』(編著、日本評論社、2003年)、『国際協力と平和を考える50話』(岩波ジュニア新書、2004年)、『国家と自由』(樋口陽一らと共編著、日本評論社、2004年)など。


 
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