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「不安の政治化」――今後日本でも予想される問題

2007年10月29日

水島朝穂さん(早稲田大学法学部教授)
http://www.asaho.com/
 ドイツの高級週刊誌『シュピーゲル』7 月9 日号が家に届いたとき、表紙をみて驚いた。30年間個人で講読しているが、毎号ドイツと世界の状況を映し出す「鏡」のような記事が多く、実に興味深い。日曜夜7 時のドイツのテレビニュースでは、「明日発売のシュピーゲルによると…」という形で、そのスクープがニュースになり、事件となることもしばしばだった。表紙のインパクトの強さは有名である。私が目を見張った当該号の表紙は、正義の女神「テーミス」が腹にダイナマイトを巻き、導火線が燃えている凄まじい絵だった。タイトルは「不安の代償−−テロリズムはいかに法治国家を苦境に陥れているか」。法学館・伊藤塾5 号館にある、ふっくらとして優しい日本的「テーミス」像とは対照的な、「テーミスの自爆テロ」というところだろうか。ドイツはいま、保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU) と社会民主党(SPD) の「大連立政権」(メルケル首相)であるが、その閣僚の一人、W・ショイブレ内相(CDU) は、この7 月に過激なテロ対策を打ち出し、物議をかもしている。それを特集したものだった。

 ショイブレ氏は1989年から91年までコール政権の内相を務め、ドイツ統一過程で重要な役割を果たした大物である。その彼が、テロ指導者を遠隔操作のミサイルで殺害することを主張しているという。
 「ショイブレ・カタログ」と呼ばれる提案は、旅券法改正で、警察がパスポートの情報(写真を含む)を直接にチェックし、情報機関などすべての官庁に提供できるようにすること、警察に個人のEメールをチェックできる「オンライン捜索」権限を与えること(基本法〔憲法〕13条〔住居の不可侵〕の改正が必要)、危険人物に携帯電話とインターネットの使用を禁止すること、共謀罪の刑法への導入などである。また、内相が特に重視しているのが、連邦軍を警察の補助として国内出動させることである。そのための基本法改正も要求している。

 ショイブレ内相は、1990年10月、暴漢にピストルで狙撃され、下半身マヒの重傷を負った。以来、車椅子の政治家として知られる。私は1995年5 月、ベルリンで、与党の「戦後50周年集会」(旧シャウシュピールハウス)から出てきたショイブレ氏と遭遇。秘書が車椅子をたたんで、公用車に乗り込むところを目撃した。暗殺未遂事件にあった内相が、テロリストを許さない強い感情を抱くのは無理からぬことだが、国家が、テロ指導者殺害を制度化するのは許されない。国際法学者Ch. トムシャットはいう。「テロリスト指導者殺害の提案は国際法上明らかに許されない。テロリストは戦闘員ではなく、重大な犯罪者であり、裁判所に引致されねばならないからである」と。

 今年6 月2 日、北ドイツ・ハイリゲンダムで行われたサミット首脳会議(G8)の際、周辺に集まったデモ隊に対して、トーネード戦闘機(偵察仕様)が116 メートルまで低空飛行して写真を撮影した。写真撮影ならば警察ヘリコプターで十分なのに、なぜ戦闘機を出したのか。これは軍用機の目的外使用、つまり市民への威嚇である。「テロとの戦い」のなかで、軍と警察の棲み分けが揺らいでいる。
 そもそも軍隊と警察はどう違うのか。端的にいえば、対外的安全保障(防衛)は軍隊が、対内的安全保障(治安)は警察がそれぞれ担任する。警察の場合は、「ポジリスト」といって、憲法や法律によって具体的に列挙されたことだけができる。これに対して軍隊は、「ネガリスト」といって、「やってはいけないこと」だけができない。つまり、国際人道法などで禁止されている捕虜虐待や民間地域攻撃などをしなければ、警察と違って何でもできるわけである。警察の場合、逮捕のためやむを得ない武器使用だから、相手の手足を撃つ。これに対して軍隊は、「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器…ヲ使用スルコト」」(ハーグ陸戦条約23条)さえしなければ、抵抗すれば即射殺が許される。
 ところが、「9.11」以降、警察の武器使用が過激になっている。ロンドン地下鉄爆破事件(05年7 月)直後、無辜のブラジル人をロンドン市警が誤って射殺したが、頭部に8 発の弾丸が入っていたという。「自爆テロ犯」は一気に殺すのが原則というわけである。

 ショイブレ内相は、ドイツが国際テロ組織の標的になり、自爆攻撃要員が派遣される可能性があるという認識をもつ。テロ対策として、内相は、連邦軍を国内に出動させることを強く主張してきた。重要施設の警備は警察でなく軍隊に担当させる。あわせて06年2 月に、連邦憲法裁判所で違憲判決が出た、ハイジャック機撃墜権限を国防相に与える「航空安全法」についても、新たに法的根拠を創出すべきだと主張する。ショイブレ提案で、「警察の軍隊化」と「軍隊の警察化」はますます進むだろう。

 こうした提案に対して、政権内では、B・ツィプリース法相(SPD) が強く反対しているほか、連立与党の社民党も批判的である。H・ケーラー連邦大統領までが、内相のテロ対策を「スタッカートのようだ」と異例の発言をして、抑制を求めた。この10月になって、SPD 与党の州政府だけでなく、CDU/CSU の州政府においても、「オンライン捜索」を可能とする連邦刑事警察庁法(BKA法) への反対意見が高まっている。これらの州では、連邦警察が州警察の権限を侵害することへの危惧が大きい(Der Spiegel vom 22.10.2007)。テロ対策は、連邦の権限を過度に強化することにつながり、連邦制をとるドイツでは州の反発は当然予想された。

 さて、政府内部や州の反発だけでなく、私が注目したのは、18万警察官を組織するドイツ最大の警察官労働組合(GdP) の対応である。同労組のK・フライベルク委員長(55 歳、68年から警察官) は、内相のテロ対策を厳しく批判した。警察官労組というと、日本では違和感があるだろうが、ヨーロッパでは常識である。警察官の団結権はILO (国際労働機関)87号条約で保障されている。日本が遅れているだけである。そのフライベルク委員長は、「テロリストの殺害や、携帯・インターネット使用禁止を導入する提案は、現実の危険の対処にならない行動主義だ」と批判。テロ対策の強化といいながら、2001年9 月11日以来、約10000 人の警官ポストが削減されたと非難する。これこそ「ドイツが自分でつくった安全リスクである」と。内相が安全について何かをしようとするなら、連邦と州の警察財源を増やすべきだ、とも。また、オンライン監視については、新しい専門家が必要になると指摘。内相が新しい法律を通すと、任務は増えるのに、警察官は少なくなると批判する。そして、「我々はこれまでドイツで計画された6 回の襲撃を、捜査だけで阻止できた。遺憾ながら新しい警察官には経費がかかる」として、内相の提案が、警察官定員を減らし、経費を削減する一方で、任務を拡大している矛盾を指摘する。そして、内相の提案は、「多くの人々が警察への信用を失うことに通ずる。人々は市民的権利が脅かされると感じるだろう。多くの人々の信頼こそ、我々の最高の活動基盤であり、我々の最良の保護である。我々がそれを失う前に、私は諸法律〔内相案〕を率先して放棄する」と断言している(die tageszeitung vom 11.7.2007)。しごくまっとうな指摘である。

 F・ノイマンは「不安と政治」のなかで、ヴァイマール民主制末期の政治心理状況を分析し、ナチスが登場してくるとき、指導者との同一化を維持するため、「不安の制度化」が図られたことに注意を喚起する。そして、不安が神経症的・破壊的にならないようにするにはいかにするかとして、教育を第一順位にあげる(内山秀夫ほか訳『民主主義と権威主義国家』河出書房新社)。
 安全の過剰は市民的自由の過少につながる。社会は、自由と安全の関係を常に新たに調整する必要に迫られる。その際に重要なことは、危険・リスクと脅威の冷静な分析である。U・ベックは、「リスク社会」に関する著作のなかで、次のようにして、マルクスにより転倒させられたヘーゲルを再び転倒させる。「階級および階層の状態では、存在が意識を規定するが、危殆状態では、意識が存在を規定する」(U.Beck,Risikogesellschaft.Auf dem Weg in eine andere Moderne,1986,S.31)と。マスメディアの取り上げ方次第で、存在するものが存在しなくなり、存在しないものが存在するようにすることも可能となる。「不安」という主観的要素に依拠して、「安全サービス」(警備産業、兵器産業、軍事組織)の過剰拡大を画策する「不安な政治家」も増えている。「不安の政治化」に向かわないようにするためにも、危険・リスクや脅威の本質を見抜く教育と教養が求められる所以である。
「軍事的なるもの」を禁止し、権力を厳しく抑制する日本国憲法のもとでは、ドイツのような動きはまだ出ていないが、いずれ予想されるところである。司法的統制が弱い日本の方が、むしろ個々の法律による規制・制限が突出することもありうる。「改憲」の正面突破的な手法だけでなく、個別の法律における小さな動きにも目配りが必要だろう。なお、本稿は、『国公労調査時報』2007年9月号の拙稿「不安の政治化」に加筆したものである。

◆水島朝穂(ASAHO・MIZUSHIMA)さんのプロフィール

1953年生まれ。早稲田大学法学部教授。法学博士。憲法学、法政策論。雑誌「ダカーポ」で、「やわらか頭のユニークな法学者」として紹介される。現在、NHKラジオ「新聞を読む」レギュラーをつとめる。豊富な知識を駆使し、「真の安全保障とは何か」をわかりやすく語る。自身のホームページである「平和憲法のメッセージ」では、時々の時事問題について「直言」を毎週更新中。
水島朝穂さんのHP

【主な著書】
『現代軍事法制の研究』(日本評論社、1995年)
『武力なき平和』(岩波書店、1997年)
『知らないと危ない「有事法制」』(現代人文社、2002年)
『世界の「有事法制」を診る』(法律文化社、2003年)
『未来創造としての「戦後補償」』(現代人文社、2003年)
『同時代への直言』(高文研、2003年)
『改憲論を診る』(法律文化社、2005年)
『憲法「私」論 』(小学館、2006年)


水島朝穂さん動画メッセージ(約9分。2007年4月20日収録)はこちらから。


 
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