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今週の一言

 

「美しい国」=「にくい し くつう――しょうがない国」

2007年8月13日

芦沢宏生さん(前実践女子大学教授)

 長崎・諫早のヒト久間軍事大臣が、7月、アメリカ軍の原爆投下を「しょうがない」と失言。アメリカに無限に追従しつづける自民党安倍政権もかばいきれずに、首にした。この無残な発言は、長崎・広島の人々ばかりか、多くの日本人の怒りを沸き立たせた。
 安倍政権の主張する「美しい国」は、その裏側に横たわる「にくい し くつう」である日本人の生活実態を今更ながら思い起こさせた。
 ここに掲げる史料は、長崎・広島の人々だけではなく、旧日本軍の無知と、歴史に「もし」があったなら、長崎への原爆投下は、避けられたかもしれないという思いにさせる、むごいものである。


司令部原子爆弾指揮官
1945年8月9日

 嵯峨根教授へ
 君がアメリカ滞在中、科学研究の同僚であった3人の友より
 嵯峨根教授よ。君が令名ある原子核物理学者として、日本参謀本部に対し、この戦争をつづけるとき、貴国民が如何に怒るべき結果をこうむるかを納得させるために力を尽くすことを衷心祈りつつ、われわれはこの手紙を親しく君に書き送る。
 君はすでに数年前から、もしある国家が原料を準備するのに必要な莫大な費用を惜しまないならば、原子爆弾は製造できるであろうといふことを承知してゐた。アメリカはすでにその製造工場を建設したことを知ってゐる君には、24時間操業してゐるこれらの工場の全生産品が、君の故郷の上で爆発することを疑ふ余地もあるまいと思う。3週間の間にわれわれは実証してゐる――アメリカで一発、広島で一発、さらに今朝第三発目を爆発させる。
 われわれは君に切望する――日本がもしなほ戦争を継続するならば、日本の全都市は絶滅されてしまふよりほかはないことを、貴国の指導者たちに対して確証し、この生命の破壊と空費を停止するために、君が全力を尽くすことを切望する。われわれは科学者として、優れた発見がこのように用ひられたことをまことに残念に思ふ。しかし日本が即時降伏しないならば、この原子爆弾の雨はますます猛威を加へるであろうということを確言せざるを得ないのである。


―読み終わって暫くは、何も言うことができなかった。
――われわれは科学者として、優れた発見がこのように用ひられたことをまことに残念に思ふ
『主婦之友』第30巻第9号


嵯峨根教授あての上の手紙が、長崎に原爆が投下された直後、短波発信機つきのパラシュートでふわりと諫早付近に舞い落ちてきた。アメリカの研究者なかまが、嵯峨根教授を通して、戦争を止めさせようと願った思いは、実現しなかった。


(1)「しょうがない」は「にくい し くつう」

 アメリカの原爆投下というジェノサイド(大量虐殺)を認める国会議員が、少なからずいる。久間防衛大臣(長崎・諫早のヒト)の発言は、自民党(民主党も)の多くの国会議員の本音をもらしただけである。
 そうでなければ、軍事的に無意味な広島・長崎への原爆投下の直後に、日米親善などと言ったり、モーニング姿で、お堀をまたいで占領軍に会いに行けるわけがない。当時、子供心に、あの「御写真」に違和感を覚えたものだ。

 筆者の母は、満州・撫順で、8月15日直前に、「日本は負けるから」と言って、満鉄購買部に出かけて行った。そして、貯金をすべておろした。そのため、終戦直後の満州で、うちだけは、奇妙な現金がうなっていたのを思い出す。その後病床に伏した母を、父が殺して、一家全滅を免れ、佐世保に着いたのが1947年(昭和22年)。汽車で父の郷里・長野に行く途中広島駅を通った。父と祖母が車窓から、(なぜか小声で)「何もないな」と言ったのを覚えている。

 あれから60年余経って、米中ロ韓が、北朝鮮の鉱物資源欲しさに、さっさと「拉致」なんぞ勝手に日本はやってくれ、と言わんばかりに6ヶ国協議が進行している。
日本の外交戦略の無感覚ぶりは、あいかわらずである。要するに、バカにされて、孤立しているわけである。
 長崎のヒトの「原爆発言」は、二重三重に「にくい し くつう」(美しい国)である。
 あの長崎のヒト「キューマ軍事」大臣の「原爆はしょうがない」発言ほど、長崎の人々の怒りをかったものはなかった。

(2)
 原爆ほど、その被害にあった市民とその身内の感情を傷つけ、戦後の対米心理を掘り起こしたものはない。「日米親善」だとか「価値を共有する」から「日米安保体制は、日本の外交の基軸だ」などという視野狭窄の自民・靖国原理主義者に我々日本人は踊らされてきた。

(3)
 原爆を喰らって、笑って星条旗を振るなどという日本の振る舞いは、国際的に尊敬されるだろうか?
 時代が変わったから、アメリカ占領軍に税金で「日本においでいただく」。思いやり予算という名称からして「くつう」である。さらに、憲法を押しつけられたから、さらにアメリカ軍に協力するために憲法を変える。
 これが、「しょうがない」発言の本質であろう。安倍の晋三氏は、へらへらと「うつくしいくに」などと述べる。
私たち市民には、この言葉はタイトルのように読める。「にくい し くつう」である。「しょうがない」という自民・民主の国会議員たちは、以下の歴史資料を読んだらどう思うのだろうか?

ここに、長崎市民の無念を万感の思いで共有するために再度発表した。
1946年から60年して、自民・民主党の「戦争Kids」の歴史に鈍感な病理は、さらに現在深まっている。
もし、アメリカの核物理の研究者たちが、同僚だった嵯峨根教授に、長崎原爆投下を一日でも早く知らせることに成功していたなら、長崎に人々は被爆しなかった。
歴史に「もし」はない。こうしたもの言いは、まことに惨酷極まる表現である。長崎のヒト・キューマ軍事大臣の「しょうながい」発言は許しがたいものである。
嵯峨根教授への手紙は、すでに終戦後、長崎の新聞や雑誌に発表されているものである。
歴史に「もし」はない。国際的無知が、あの原爆を招き、戦後62年経っても、繰り返し「残酷なくつう」を与え続けている。従軍慰安婦問題のみならず、歴史の改竄と虚構は、「にくい し くつう」を人々に与え続けている。
日本の軍部がどれほど蒙昧であったか。この狂信的テンノー主義が、広島・長崎への原爆投下を許したのである。嵯峨根教授も、「かれらは原子爆弾の何たるかも知らず、調査の必要すら感じとれなゐような“驚いた”返事」だっと、と。
“もし”アメリカ軍と物理学者の長崎原爆投下の“予告ビラ”が、嵯峨根教授の手に入っていたなら、長崎市民10万人は死なずにすんだかもしれない。

この嵯峨根教授宛の手紙は、すでに『主婦之友』第30巻第9号に発表されているので、ご存知の方も少なからずおられるであろう。あえて、「しょうがない」戦争と歴史を知らない自民党・民主党の議員たちに、この発言がいかに惨酷なものであるかを理解させるために再発表した。

「8月6日・8月9日」を学校で教えなくなっているとか。8月6日、安倍首相の面前で発した、広島市長の平和宣言にもある、遅れた核戦略思想を転換し、無知蒙昧な軍事知識を放棄することは、長崎の人々の「無念」を晴らすことにならないだろうか?

◆芦沢宏生(あしざわ ひろお)さんのプロフィール

前実践女子大学教授。専攻は国家論。
『現代文明の行方―チェルノブイリ以降のヨーロッパ』(実践女子大学後援会、1988年)、『スーパードイツの脅威』(JICC出版、1991年)、『地域特性の比較研究』(表現社、2001年)など著書多数。
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