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治安政策としての「安全・安心まちづくり」

2007年5月21日

清水雅彦さん(明治大学兼任講師)
■「治安の悪化」と「体感治安の悪化」

 今、「治安の悪化」が叫ばれている。ここで言う「治安の悪化」とは刑法犯認知件数の増加と刑法犯検挙率の低下を意味する。刑法犯認知件数については1996年から2002年まで7年連続で戦後最多の記録を更新し続けた。ただ最近は警察の取り組みもあり、2003年から刑法犯認知件数は減少してきている。
 しかし、警察は「体感治安の悪化」を理由に引き続き治安政策を展開している。「治安の悪化」という客観的な状況は改善しているかもしれないのに、「体感治安の悪化」という主観的な概念を活用しているのだ。これには昨今の特異な事件とそれを伝えるマスコミ報道にも助長され、市民の「不安感」が利用されている。だから警察も単に客観的な「安全」だけでなく、主観的な「安心」をも求めている。その結果、まちには監視カメラや市民による防犯活動が増殖し、治安活動は際限なく展開されていくのである。

■「安全・安心まちづくり」という治安政策

 現在、警察が展開するこのような治安政策が「安全・安心まちづくりの推進」である。これには「犯罪防止に配慮した環境設計活動(ハード面の施策)の推進」と「地域安全活動(ソフト面の施策)の推進」の二つがある。
 前者の「ハード面の施策」は、アメリカの「環境設計による犯罪予防(Crime Prevention through Environmental Design)」を参考にしている。これは道路、公園、駐車・駐輪場、共同住宅等における見通しの確保と監視カメラ等防犯設備の整備を要求するもので、警察庁は2000年に「安全・安心まちづくり推進要綱」を策定し、整備が急速に進んでいる。
 一方、後者の「ソフト面の施策」は、アメリカの「コミュニティ・ポリシング(Community Policing)」を参考にしている。これは地域の安全確保のために警察が地域社会に入り、自治体や住民・ボランティア団体等と協力しながら警察活動を行おうというものである。また、これに関連して主張されるのは、アメリカの「犯罪は小さい芽のうちに摘む」という「割れ窓理論(Broken Windows Theory)」と、日本では軽犯罪法や条例違反程度の迷惑犯罪を重大犯罪と同様に取り締まるという「ゼロ・トレランス(Zero Tolerance)」である。

■「生活安全条例」の活用

 このような「安全・安心まちづくり」の推進を図る上で活用されているのが「生活安全条例」である(名称としては、他に「防犯推進条例」「安全・安心まちづくり条例」など)。「生活安全条例」とは、1994年の警察法改正により警察庁に生活安全局が設置されて以降、同局と防犯協会が制定を推進する条例のことであり、既に大部分の自治体で制定されている。当初は市区町村で制定が先行したが、その後、都道府県でも制定されてきた。
 自治体により条例のタイプには様々な類型があるが、必ず規定されているのが警察・自治体・地域住民が一体となった防犯活動を行う「地域安全活動」を実現するための規定である。また、自警団的な「自主防犯活動」を推奨する規定も入ってきている。そして、最近の都道府県条例は、都道府県警・公安委員会が防犯基準を策定し、地域住民に監視カメラ等防犯設備の整備を求めるタイプが一般的である。さらに、中には路上喫煙やゴミのポイ捨て、動物のふんの放置等に罰則を科する「ゼロ・トレランス」型もある。
 また、条例がなくても展開されているのが「地域安全活動」の一環としての警察と各種事業者・法人等とのネットワーク作りである。これは警察とコンビニ、消防署・消防団、タクシー会社、新聞販売店、郵便局、宅配業者等と覚書や協定等を結び、双方による事件・事故・「不審者」等の情報提供・通報体制を構築するものであり、警察が私企業等を「第二の交番」「第二のパトカー」や「警察の目」の代わりにしようとするものである。

■治安の対象は「犯罪者予備軍」としての市民

 では、以上のような「安全・安心まちづくり」の推進は何を目的としているのであろうか。「犯罪防止に配慮した環境設計活動」による監視カメラの設置や「地域安全活動」により、「常に誰かに見られているかもしれない」という意識を市民が持つようになれば、市民に一定の「安心感」が生まれ、一定の犯罪抑止効果をもたらすかもしれない。
 しかし、同時にこのような「不可視のまなざし」に絶えずさらされている(かもしれない)という意識の内面化は、市民が「不審者」「犯罪者」と思われない行動を自ら行う効果ももたらす。さらに、地域住民や各種事業者等の防犯活動に従事する者は、活動を通じて参加者自身の逸脱行動を防ぎ、規範意識を注入することもできる。
 しかも、これは「ビッグ・ブラザー」型の中央集権型管理社会をもたらすものではない。偏在していた「まなざし」は遍在し、市民は警察官だけでなくコンビニ店員や郵便配達員などからの「まなざし」にもさらされ、多様な相互監視のネットワークが広がるのである。なぜなら、この治安政策で監視の対象にされているのは、いつ新自由主義改革の帰結により「犯罪者」になるかもしれない「普通」の市民だからである。

■問われているのは新自由主義改革

 昨今は刑法犯認知件数が減少しているとはいえ、新自由主義改革は「治安の悪化」をもたらす可能性があるし、政府や財界はこの改革をやめるつもりはない。そこで警察は、一足早く新自由主義改革と同時に治安の強化を進めたアメリカを参考にしたのである。
 であるならば、このまま新自由主義改革を進めていいのか否かがまず問われるべきだ。私自身は憲法25条の生存権保障の徹底と同時に、新自由主義改革をやめることこそが本当の治安政策であり、相互監視ではない相互信頼の社会構築につながると考える。

◆清水雅彦(しみず・まさひこ)さんのプロフィール

明治大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、明治大学兼任講師、和光大学非常勤講師、明治大学軍縮平和研究所特別研究員、法政大学現代法研究所客員研究員。専攻は憲法学。主な著書に、『住基ネットと監視社会』(共著、日本評論社、2003年)、『生活安全条例とは何か』(共著、現代人文社、2005年)、『わかりやすい法学・憲法』(共著、文化書房博文社、2005年)、『治安政策としての「安全・安心まちづくり」―監視と管理の招牌』(社会評論社、2007年)など。


 
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