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ナショナリズムと民主主義

2007年1月29日

浜林正夫さん(一橋大学名誉教授)

―――浜林さんは愛国心が侵略的なナショナリズムに転化する危険性を説きながら、一方で愛国心を全面的に否定すべきではないと主張しておられます。その趣旨と内容をご説明いただけますか。
(浜林さん)
E・J・ホブズボームという歴史家がいますが、彼は政治の変革を求める者というのは実は自国を愛するが故に変革を求めるのだと説きました。愛国心は侵略的なナショナリズムに通じることが多く、その点ではネガティブにとらえなければなりませんが、その一方で進歩的な方向に通じる可能性もあると思うのです。実際に、18世紀イギリスにおいて愛国を掲げたのは進歩派だったのです。
ただ、政治の変革を志す者の愛国心は、たびたび自国の植民地支配の問題にぶつかったときに、真価が問われることになりました。18世紀に愛国を掲げたイギリスの進歩派はアメリカ独立戦争のときにその主張が動揺することになりました。結局、愛国という主張を「国王にハイジャックされた」と言われるようになりました。
日本においてもまず愛国を唱えたのは自由民権運動の志士でしたが、平和思想を唱えた植木枝盛も、大正デモクラシーの理論的支柱だった吉野作造も、日本の朝鮮支配=植民地支配を批判することはできませんでした。
このような歴史をふまえたとき、愛国の主張を進歩的な方向に結合させていくためには、それが民主主義を求める要求と結合して社会に広がることが肝要なのです。このようなことも問題提起したいと考え、先般『ナショナリズムと民主主義』を出版しました。

―――愛国の主張はどうしても他国とその人々を排斥する考え方と結びつくところがあり、やはりそれ自体も慎重にとらえられるべきではないかと思われますが、いかがでしょうか。
(浜林さん)
イギリスのプライスという人は、イギリスがフランスと戦争になったとき、「世界市民」という考え方を提唱しました。自国のみを愛するのではなく「世界市民」という考え方で他国の人々とも接しようということです。今日でも民主主義を説く人々の中に「世界市民」あるいは「地球市民」という考え方を主張する方がいらっしゃいます。
私はこの考え方を否定するつもりはありませんが、国民国家といえども権力者が人民を支配してきたのは歴史的事実であり、国家権力というものは絶えずチェックされなければなりません。したがって、国家権力の存在を軽視するという考え方はユートピアであり、現実的ではありません。民主主義の力によって人民のための国家をつくり、人民の人権を守らせるよう、絶えず国家の人民支配の手を縛るたたかいが繰り返される必要があります。その積み上げの中で歴史は進歩するのです。それは終わりのないたたかいなのです。

―――浜林さんは『ナショナリズムと民主主義』で、イギリスでは民主主義のたたかいはえいえいと積み上げられ、その伝統は日本と比べて大変大きいということも述べておられますね。
(浜林さん)
封建社会から自由主義社会への移行が民主主義の基礎なのですが、特に領主と土地に縛られた農民が自由をかちとるということが民主主義の発展にとって重要です。自由を求める農民のたたかいはイギリス社会の民主化に大きな役割を果たしました。日本では明治維新でも農民は自由を得ることができず、農民の自由は第二次世界大戦後まで実現をみませんでした。
民主主義のたたかいにおけるイギリスと日本の違いは、信教の自由を求めるたたかいにおいても歴然としています。イギリスでは歴史的に、カトリックからのイギリス国教会の独立が長く争われてきました。その中で、宗教で国民を統一することはできない、ということがイギリス国民共通の理解となったのです。つまり、国民の信教の自由が保障されるのには、政治と宗教とを切り離さなければならないということです。信教の自由はイギリスの民主主義の基本路線となっています。日本の場合、信教の自由をめぐる厳しい議論がおこなわれてきていません。このことも自由という考え方が十分に定着していない原因の一つです。

―――自由を求めるイギリスでのたたかいの歴史は今日のイギリス人の権利意識を高いものにしていると思いますが、その状況の具体例をお示しいただけませんか。
(浜林さん)
イギリスの中世の頃の話しですが、親が年老いて自分の畑を息子に譲る時にも契約書が交わされていた、という記録が残っています。畑は譲るとしても、親が家の中の暖炉のそばに座る権利はそのままだ、というような契約書でした。親と子であったとしてもあくまで個人対個人であり、契約の主体だということです。日本人の場合、家族ぐるみ、村ぐるみというような意識がまだまだ根強く、一人ひとりが個人として尊重されるという考え方があまり定着していません。
私がイギリスの人たちとお付き合いして感じることは、イギリスの人たちはプライバシーの権利ということを大事にしているということです。イギリスの人たちはあまり他人を自分の自宅に招くことはしません。自宅という場におけるプライバシーは守られるべきだという感覚があるのです。自分のプライバシーの権利についての意識が高いということは、他人のプライバシーの権利に対しても敏感です。
このように全体としてイギリスの人たちにとって自由や権利ということが日常の生活の中に根付いているのです。それは日本社会との大きな違いです。

―――一人ひとりが個人として尊重され、人権が保障されるような社会をつくり、そのためのたたかいが不断に積み上げられていくことが大事なのだと感じます。
(浜林さん)
愛国というのは全面否定することのできないパッションです。愛国の主張のネガティブな面をみすえながら、それをどう進歩的な方向に結び付けていくのか、ということが大事だと思います。教育基本法が改悪され、憲法「改正」によって愛国心が強要されようとしている時だけに、大いに問題提起したいと思っています。

―――本日は大変刺激的な問題提起をしていただき、ありがとうございました。

◆浜林正夫(はまばやし まさお)さんのプロフィール

一橋大学名誉教授。
主な著書に、『イギリス市民革命史』、『イギリス革命の思想構造』、『魔女の社会史』、『イギリス名誉革命史』(以上、未來社)、『イギリス民主主義思想史』(新日本出版社)、『現代と史的唯物論』、『イギリス宗教史』(以上、大月書店)、『人権の思想史』(吉川弘文館)、『小林多喜二とその時代 極める眼』(白樺文学館多喜二ライブラリー)。訳書に、『ナショナリズムの歴史と現在』(E・J・ホブズボーム、共訳)『歴史の風景』(ジョン・L・ギャディス)(以上、大月書店)など、多数。


 
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