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玉穂町住民訴訟の意義について

2007年1月22日

小笠原忠彦さん(弁護士)

1 住民訴訟の経緯
 平成10年11月12日、玉穂町の課長が予定価格の漏洩により12日に逮捕され、30日に当時の森川町長が価格漏洩容疑で逮捕されました。翌年1月20日、森川町長は起訴され、22日に森川は町長を辞職しました。この事件は、森川町長が自己の利益を図るために自分を選挙で支持した業者のみを指名競争入札の指名業者として指名し、これらの支持業者の取りまとめ役の業者の団体の代表に予定価格を漏洩し、落札した業者から一定の割合(0.5パーセント)で上納金を自分の後援会組織に支払わせていたという悪質な事件です。もちろん森川自身刑事事件で有罪判決を受けています。事件の中で、森川は、任期中、恒常的に価格漏洩をしていたことを自白していました。住民は、長期に渡って森川が町に損害を与えていたことに憤慨して調査に乗り出しました。住民が情報公開で入札予定価格、落札価格を調査したところ、その予定価格に対する落札価格の割合(落札率)は99.23パーセントという高い率でした。住民は、平成11年11月11日に町に監査請求をしました。これが、翌年1月7日に棄却され、玉穂町民26人は平成12年2月3日に森川元町長を被告として甲府地裁に住民訴訟を提訴しました。この訴訟で元町長のみを被告とし、業者を被告にしなかったのは、本件が、町長による典型的な官製談合であり、町内の中小土木建築業者は、町長の支持団体に入らなければ指名を得られず、談合に加わり、上納金を町長の後援会に納めなければ、業者としてやっていけないという意味で、被害者的な側面があったからです。

2 甲府判決の意義
 甲府地裁は、平成17年2月8日に画期的な原告勝訴判決を下しました。これは、森川元町長に対して、1億4152万円の損害賠償支払義務を認めるというものでした。談合の実行が行なわれたか否かは、外部からはわかりません。刑事事件で起訴された価格漏洩は5件についてであり、調書の中で、価格漏洩があったことが具体的に記載されているのも14件ほどに過ぎません。被告は、仮に価格漏洩があったとしてもそれによって談合があったとの証明はないから、請求は棄却されるべきと主張しました。これに対して甲府地裁判決は、入札率が一様に高いことから、特段の事情がない限り、被告によって漏洩された予定価格によって談合が行なわれたと認め、平成3年4月から平成10年11月までの元町長の任期中の324件の工事の内、ほとんどの工事といえる288件の工事について1億4152万円の損害賠償を命じました。これまでは刑事事件や公正取引委員会の告発といった刑事事件にでもならなければ談合の実態を暴くことができなかったのに対し、甲府地裁判決は、高い落札率やその指名業者の構成などからでも談合が認定される道を開いたもので、今後の官製談合に対する住民訴訟にとっては画期的なものでした。

3 議会の放棄の経緯
 ところが、控訴審の段階で、玉穂町議会は、地方自治法96条1項10号に基づいて、こともあろうに損害賠償請求権を放棄してしまったのです。この背景には、玉穂町議会は、元町長を支持する議員が多数派を占めていたこと、玉穂町は平成18年2月20日に田富町、豊富村と合併し中央市となる予定であり、中央市の議会では、元町長派の議員は少数派になってしまい、放棄の議決は不可能になってしまうことがありました。本件の損害賠償請求権の放棄は、合併によって玉穂町が中央市になるわずか13日前の2月7日に、駆け込み的になされたのです。しかも許せないことに、そもそも今回の請求権放棄議決のきっかけになった町議会に対する「町民有志の会」の損害賠償請求の放棄を求める上申書ですが、その「町民有志の会」の代表は元町長1期目からの裏の金庫番を任され、町発注の工事請負代金額に応じた上納金を預かり、保管する役割を担って来た人物でした。いわば官製談合事件における元町長の共犯者ともいうべき人物が「町民有志の会」を名乗って町議会に対し、元町長に対する損害賠償請求権の放棄を要請していたのです。

4 控訴審判決の問題点
 控訴審判決は、残念ながら原判決を取り消し、住民の請求を棄却しました。その理由は、地方自治法96条1項10号は,議会の議決事項として権利を放棄することを定めていて、格別の限定もないから自由に権利を放棄できるというものです。
 控訴審判決は原審の甲府地裁の判決の意義については否定していませんが、甲府地裁判決のように談合の認定を容易にして、首長に対する損害賠償が認められても、議会がこれを放棄してしまえば、住民が住民訴訟によって地方自治体の損害を回復することは不可能になってしまします。現在、国土交通省による橋梁談合事件、福島県、和歌山県、宮崎県知事による官製談合事件が多発しています。東京の区議会議員の政務調査費の不正支出、東京都知事の支出規定を超過する豪華な海外出張と公金の不正支出事件は枚挙に暇がない状況です。このような議会の損害賠償請求がまかり通れば、今後、住民訴訟は事実上、提起できなくなり、住民による公金の不正支出の是正は一切できなくなってしまいます。今後、現在全国各地で争われている住民訴訟において、議会による損害賠償請求権放棄が頻発する危険があります。現に、本件控訴審判決の後、埼玉県久喜市でも議会が住民訴訟継続中に、損害賠償請求権を放棄してしまいました。

5 上告審への闘い
 現在、旧玉穂町の住民である原告は、最高裁判所に対して上告と上告受理申立をしています。最高裁では、概ね以下の点を争点としています。
 第1に、地方自治法96条1項10号は議会がどのような権利でも議決によって自由に放棄できることを規定したものではないことです。すなわち、権利放棄以外の議決事件についてみると、議決があればどのような条例も制定できるわけではなく、議決を得た予算や契約もそれが法規に反している場合には、議決に基づく長の執行行為を捉えて違法と評価されています。また、国の債権については、財政法8条や「国の債権の管理等に関する法律」が、国の債権放棄に厳しい法律上の制約を課しているにもかかわらず、地方自治体の場合には、何の制約もなく、議会が権利を放棄できるという解釈をとることは許されないと思われます。地方自治法96条1項10号が権利の放棄を議会の議決事項とした趣旨は、権利の放棄が地方公共団体にとって利益を喪失するという明らかな行為であるため、住民の代表者で構成される議会の議決に委ね、個別の案件ごとに意思を決定することによって住民の意思を反映させ、財務の健全性を監視し、執行機関の専断を排除しようとするところにあります。従って、権利放棄の議決が,地方公共団体及び住民の利益を一方的に害するにもかかわらず、本件のように専ら特定の個人の利益を図る目的をもってなされた場合等、権利の放棄を議会の議決に委ねた趣旨に明らかに背いてなされたものと認めうるような特別の事情がある場合には、議会に委ねられた権限を濫用するものとして、その効力が否定されるものと解すべきです。
 第2に、長の財産管理及び債務の免除に関する法令に違反することです。地方自治法施行令171条から171条の7において、長は債権管理が厳しく求められ、特に、消極的な債権管理は、厳しく制約されています。これらの規定からすれば、債権管理についての法が長の権限を厳しく制約しているのに、議会がこれを潜脱するような議決はできず、できるのは長の行った債務免除に同意することのみであると解すべきです。
 第3に、もっとも重要な地方自治法242条の2違反です。すでに述べたように、議会の放棄を認めるなら、住民訴訟制度は意味がなくなってしまうからです。仙台高裁平成3年1月10日判決(判例時報1370号3頁、いわゆる岩手県靖国神社玉串料等支出損害賠償代位訴訟判決)は、地方自治法96条1項10号(当時は同項9号)に基づき右損害賠償に係る債権を放棄するなどの対抗措置を講ずることは、住民訴訟制度の趣旨に反して許されず、無効である断言しています。この点では、平成12年の地方自治法改正により、住民訴訟において、被告が個人としての長や職員から、地方公共団体の執行機関となり、住民訴訟は、当該執行機関等に対して、長、職員、相手方個人への損害賠償の請求等を求めることを内容とする義務付け訴訟に再構成されました。従って、本件のような元町長に対する損害賠償請求権は、被告である地方公共団体の支配下にある係争物であることになります。しかし、改正後は、民事保全法による処分禁止の仮処分を申し立てることは認められなくなりましたから、原告である住民とすれば、議会による権利の放棄を防ぐ手立てはありません。訴訟住民訴訟の実効性から、処分禁止の仮処分ができないのは、議会がこれを放棄できないからと解すべきです。
 第4に、控訴審判決は地方自治法96条1項の議決の対外的効力に関する法令の解釈を誤っています。権利放棄の議決があっても地方自治体の意思決定はなされても、長の執行行為である放棄の意思の表示が被告になされていません。本件議決にはいまだ長の執行行為がないから,損害賠償請求権は消滅していないことになるのです。また、権利放棄の議案の提出権は首長にあると解されるのに、本件の放棄の議案は議員提案でなされており、この点も問題です。
 本件裁判で最高裁が議会による損害賠償請求権の放棄を認めるなら、住民によって公金の支出の監視や監督を強化しようという最近の世論や判決の傾向が完全に否定されることになります。従って、原告の住民も弁護団も絶対に負けられない裁判であると考えています。多くの市民や世論と一緒になって上告審を闘っていく所存です。


◆小笠原忠彦(おがさわらただひこ)さんのプロフィール

弁護士。玉穂町住民訴訟など人権に関わる訴訟、自衛隊のイラク派兵差し止め訴訟など平和に関わる訴訟、などに携わる。
「わっしょい! 憲法9条ミュージカル」の実行委員長も務める。

フォワードビル5階甲斐の杜法律事務所
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