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平和憲法を問う沖縄

2006年11月6日

仲地博さん(琉球大学教授)

<以下は仲地博さんが伊藤塾での講演会「明日の法律家講座」で講演された内容の一節です。>

(略)日本国憲法は多くの国民の歓迎の声の中で誕生しました。そして、その後も多くの国民はこの平和憲法を人類理想の憲法として誇りに思ってきました。
ところで、日本国憲法の非武装の規定は誰が発想したのでしょうか。マッカーサーだったのか、あるいは当時の幣原首相だったのか、それについては説が分かれますが、この非武装の規定を設けた真の狙いは何だったのでしょうか。
実は、マッカーサーの当時の最大の問題意識は天皇制の維持だったのです。当時連合国の多くは日本が二度と軍国主義にならないようすることを考えていました。そして軍国主義の復活を許さないために、日本の軍国主義の精神的支柱であった天皇制の廃止を求めました。あるいは天皇の戦争責任を問いました。ところが、マッカーサーは連合国の日本支配には天皇制を利用した方がいいと判断したのです。マッカーサーは天皇制を残し、しかし天皇制がアジアや世界の脅威にならないように、日本を非武装の国にしようと考えたのでした。そして、マッカーサーはGHQのスタッフに対して日本国憲法の草案の作成を命じる際、その原則として象徴天皇制と戦争放棄を示したのです。
マッカーサーは沖縄をどう見ていたのでしょうか。当時、彼は次のように語りました。
「沖縄諸島は、われわれの天然の国境である。米国が沖縄を保有することにつき日本人に反対があるとは思えない。なぜなら沖縄人は日本人ではなく、また日本人は戦争を放棄したからである。」このような基本的な認識に基づいて、マッカーサーは沖縄を要塞化しようと考えたのです。沖縄を要塞化することによって、非武装となる日本の本土が他国から攻められた場合でも、米国が沖縄から日本本土を防衛することができると考えたのです。
当時、マッカーサーは米国の戦略家・ケナンに対してこう語っています。「マッカーサーは、外部侵略から日本の領土を防衛しようとするならば、われわれは、陸・海軍よりまず空軍に依拠しなければならないと指摘した。彼は、沖縄に十分な空軍を維持するならば、外部からの攻撃に対し日本防衛は可能である、と述べた。・・・さらに彼は、沖縄は、敵の軍事力とウラジオストックからシンガポールに沿ってアジアの海岸線に存在する港湾施設を破壊しうる強力かつ効果的な空軍作戦を準備するのに十分な面積を保有していることを指摘した。従って、沖縄の開発と駐留を順調に進めることによって、日本の本土に軍隊を維持することなく、外部の侵略に対し日本の安全を確保することができる、と述べた(古関彰一『「平和国家」日本の再検討』岩波書店、2002年)。」
マッカーサーの構想は、天皇制を維持するために日本は戦争を放棄する、日本が戦争を放棄するために沖縄を軍事基地化する、というものだったのです。日本国憲法の象徴天皇制、それから戦争放棄の規定を沖縄が支えたのです。日本国憲法の平和主義は沖縄の軍事基地化を担保として、平たく言えば、沖縄の軍事基地化と引き換えに可能になったのです。そして、サンフランシスコ平和条約は沖縄を日本から切り離すことを法的に確定させたのです。
日本国憲法を審議した議会には沖縄の代表がいなかったことも忘れてはなりません。憲法を審議する衆議院の議員選挙は沖縄では実施されなかったのです。旧帝国議会の議員だった漢和憲和(かんな けんわ)氏(沖縄選出)は当時議会で次のように演説しました。
「帝国議会に於ける県民の代表を失うことは、その福利擁護の上からも、又帝国臣民としての誇りと感情の上からも、洵(まこと)に言語に絶する痛恨事であります。此の度の戦争に於いて60万の県民は出でて軍隊に召された者も、止まって郷土に耕す者も、各々其の職域に応じて奉公の誠を尽くしました。沖縄作戦に於いては、男子は殆ど全部が陣地の構築は勿論のこと、或いは義勇隊を編制し或いは徴集せられて戦列に加わり、郷土防衛に全く軍隊同様奮闘し、師範学校及び県立一中の生徒の如き全部玉砕しております。又婦女子も衛生隊、給食隊として挺身し、国民学校の児童たちまでも手榴弾を持って敵陣に切り込んでおるのであります。・・・凡そ此の度の戦争に於いて沖縄県の払いました犠牲は、其の質に於いて恐らく全国一ではありますまいか。此の県民の忠誠に対して、政府は県民の代表が帝国議会に於いて失われんとするに当たりまして、凡(あら)ゆる手段を尽くし、之を防ぎ止めねばならぬと存じます。」この漢和憲和氏の訴えは政府を動かすことはできませんでした。主権在民、平和主義の憲法は沖縄代表のいない議会で、沖縄の犠牲の上につくられたのです。(以下略)

◆仲地博(なかちひろし)さんのプロフィール

琉球大学教授。現在、法文学部長。法科大学院教授。専攻は行政法・憲法。主な著書として、『オキナワを平和学する』(共編著、法律文化社、2005年)、『オキナワと憲法』(共編著、法律文化社、1998年)、『沖縄の自治と自治体』(編著、ひるぎ社、1985年)、『憲法政治』(共編著、敬文堂、1997年)がある。

 


 
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