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地球環境をお金に換算すれば

2006年9月25日

鎌仲ひとみさん(ドキュメンタリー映像作家)
核の平和利用、その落とし穴

かつて核兵器として人間を殺戮するために開発された原子力技術が戦後、平和利用として発電のためにその莫大なエネルギーを使うようになった。実にめでたい、良かった良かった、と多くの人々は思っている。電気は私たちの社会の隅々に張り巡らされ、電気なしにこの暮らしは成り立たないと感じるのは自然なことだ。その電気を支える技術が核であり原子力である。一億二千万、全てがこの電気の恩恵に預かっている。
しかし、一方で原子力発電はその始まりから今に至るまで反対が継続している。それは単に、推進派が言うような安全で安心であるとは思えないからだ。それは決して漠然とした科学的根拠のない不安からのみ来ているのではない。
例えば生命科学の視点からみてみよう。人間は60兆の細胞からできている。その一つ一つに染色体がある。普段は核の中に畳み込まれている遺伝子情報は細胞分裂する時にそれを伸ばして自分自身をコピーする。伸ばすと1メートルになるDNAのリボンに30億の
遺伝子情報が載っている。これに放射線があたればそれが弱いものであっても情報が破壊されるだろう。たった一つの情報が破壊されても例えば胎児であれば重大な障害を得ることになってしまう。胎児、子どもがこのDNAのリボンを頻繁に開いて細胞分裂をしている。放射線に子どもが弱い理由はここにある。
もう一つは原子力産業から出てくる核廃棄物だ。これらを安全に処分する技術がないままに運転すればするほど増え続ける。この負の遺産をどうしようというのだろう。そして事故の可能性はいつでもある。安全は決して100%ではないのだ。
リスクを数え上げればキリがない。300万キロワット分の熱を発生させて200万キロ分を熱として棄てている。地球温暖化にも寄与しているわけだ。そして副産物である核廃棄物の一つ、劣化ウランが兵器として使用されてから既に15年が経った。ただただ安定した電力供給が必要だからこれらのリスクに目をつぶるわけには行かない。反対する側にも理があるのだ。では解決はどこにあるのだろう。

かくして洪水はわれらが魂に及び

国家権力、圧倒的な経済力の前に国民は無力だということを思い知らされる戦後の60年だった。民主主義は結局実現できていなかったのだと最近思う。うそっぱちの「」つき民主主義をあがめてきたのだと。だからこそ、今その意味を根源的に問うことなくしては真の意味での国民による政治なるものを手にいれることはできないだろう。1999年にNHKで「エンデの遺言」とい番組をチームで作った。ドイツのファンタジー作家ミヒャエル・エンデは全ての問題の根源に経済システムがあると言い残して亡くなった。私たちは共産主義と資本主義があると思ってきたが、共産主義もまた国家による資本主義に過ぎず、その資本主義は市場経済至上主義だったのだと。持てるものがより富を増やし、持たざるものはより貧しくなるしかない経済の仕組みをただ資本主義だと誤解してきたのだというのだ。金儲けのためには何をしてもいい、それが自由経済だ。
原子力産業はまさしくこの経済システムを象徴していると思う。
しかし、時代は変わった。昨日、「不都合な真実」というアル・ゴアが主演しているドキュメンタリーを観た。地球環境が温暖化にいかに破壊されているか地球そのものの全体像を見せながらゴア氏は語っていた。恐るべき破壊が進んでいる。そして一つの天秤に一方には地球が、もう一方には金塊を載せて、資本家たちが、う〜〜んと悩んでいるとコミカルにその資本家を演じてみせる。誰がみても、地球というかけがえのない存在、自分たちを生かす環境を金、つまり経済のために犠牲にすることのばかばかしさが一目瞭然となる。私たちが浸っているこの経済システムと地球環境は共存できない。地球を果てしなくむさぼることはできない。ゴア氏は最後にこの破壊を私たちの手で食い止めることはまだ可能だと言う。お金をいくら持っていても役にたたない日がこのままだと遠からずやってくるだろう。第二次世界大戦中がそうだったように。

六ヶ所村ラプソディー」の根っこ

私たちの暮らしが核というものに結び付けられ、それによって生かされている限り解決はない。遠いオーストラリアで美しい湖沼地帯がウラン鉱の残滓で汚染され、豊かな天然水は二度と飲めない水となっている。イラクでは二度にわたって劣化ウラン弾が打ち込まれ戦争が終わっても(まだ終わっていないが)子供達から病気になり、大人のがんが飛躍的に増えている。チェルノブイリの周辺では未だに人が立ち入ることができない。映画の取材で訪れたイギリスのマン島では羊の肉がチェルノブイリの時に降った放射能雨のせいで未だに汚染されている。セラフィールド再処理工場の長年の操業でアイリッシュ海は世界で最も放射能汚染が進み、北極圏までその汚染は広がっている。
どんな暮らしを求めて私たちはこのような事を進めているのだろう。「電気は必要だ」はそのまま「金は必要だ」と置き換えることができる。だが、それだけで私たちは生かされているのではない。
この地上で最も環境破壊的な行為は戦争だ。これ以上戦争をすれば環境破壊の急激に進みもう修復は今でさえ不可能に近いのだ。憲法9条はこの世界を破壊しないためにどうしても必要なものだと思う。もはや戦争は選択枝にはないという現実を我々は肝に銘じなければならない。一機の戦闘機が練習飛行するだけでいったいどれだけの資源が無駄になって
いるのか。これは真に現実的な事実だ。憲法9条は理想主義でもなんでもない、世界の現実に鑑みればこれほど現実的な憲法は存在しない。破滅か生存か、選択枝はない。
六ヶ所村の現実はたった一つの価値しか許さない社会だ。原子力を受け入れることなしにあの村でサバイバルはできない。それは果たして豊かで幸せなことだろうか。全ての問題はエンデが言ったようにつながっている。そのリンクを直視しなければならない。日本で豊かに電気をつかったつけがいったいどこに行っているのか。私たちの社会が持つ加害性を自覚する時だ。この病をいやす、それは憲法9条の精神を実現することだろう。

◆鎌仲ひとみさんのプロフィール

ドキュメンタリー映像作家。カナダ国立映画製作所で勤務、ニューヨークのメディア・アクティビストグループ、Paper tigerに参加。帰国後テレビ番組作。現在はドキュメンタリー映画を製作。
主な作品に、映画「バリー夢・うつつ─」「災害は都市を襲う」「proposal fordog brain 犬頭脳の提案」「心の病がいやされる時」「エンデの遺言─根源からお金を問う」「がんを生き抜く」「戦禍にみまわれた子供たち─湾岸戦争8年後のイラク ─」「ヒバクシャー世界の終わりに」など。
現在各地で上映されている「六ヶ所村ラプソディー」の公式サイトはこちら。
著書に、「メディア・リテラシーの現在と未来」(共著)、「エンデの遺言」(共著)、「エンデの警鐘」(共著)、「ドキュメンタリーの力」(共著)、「内部被曝の脅威」(共著)「ヒバクシャードキュメンタリーの現場から」がある。
現在東京工科大学でメディアジャーナリズム論、社会問題を教えている。

 


 
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