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『続・憲法改正問題』

2006年9月18日

森英樹さん(全国憲法研究会代表、龍谷大学教授)
以下は法律時報増刊『続・憲法改正問題』(全国憲法研究会編)の刊行に際して森英樹さんが寄せた「続編への序」です。「憲法改正問題」をめぐる今日の情勢の特徴が鋭く分析されていることから、森英樹さんと出版社の了解を得て掲載します。(法学館憲法研究所事務局)

全国憲法研究会は、2005年5月に法律時報増刊『憲法改正問題』を上梓したが、幸い各方面から高い評価を受け今日まで読みつがれてきている。ところが、周知のとおり事態は刻々と進展し、最新の動向と論点で前書をフォローする必要が出てきた。本書は、したがって、前書を前提とした続編である。昨年10月に野中俊彦・前代表にかわって私が代表に任ぜられたので、本書への序を記すしだいである。続編という性格もあるので、全国憲法研究会の紹介やこうしたかたちの刊行に至った経緯等は、前書冒頭に収められた野中「序」を参照いただくこととし、ここでは、前書刊行以後の動向について簡単に触れておきたい。

* * * * *

前書が印刷に入っていた2005年4月、衆参両院の憲法調査会は、5年の「調査」活動をとりまとめた最終報告書を提出したが、これを警戒する側からの一貫した監視と批判もあって、報告書は、「調査」過程で提示されたさまざまな見解を羅列しただけの「意見集」に終わった。その意味では、改憲動向を一気に推進するパワフルさにおいて見劣りのする内容であり、提出後はさほどの関心を呼んでいない。自由民主党が、元首相クラスをも配した重量級の「起草委員会」を設置し、「新憲法草案」を提起するようになった背景には、国会憲法調査会の不発ぶりに対するいらだちもあったのではないかと思われる。
自民党自身が草案を提示するという動向が見え始めたときに、想定外の衆議院解散により9・11総選挙が行われ、議席上の自民圧勝、あるいは改憲派の大幅議席増という結果をもたらしはした。ただ、この総選挙が、改憲問題を争点にしたものでなかったことは、改めて強調しておく必要があろう。国会のいまの勢力配置は、改憲問題をめぐって、主権者の付託を受けて形成されたものではない。
しかし、政治状況が改憲に向けた流れにあることは周知のとおりである。そのリアリティは、従来の動向に比べてひときわ高まってもいる。従来の動向と比べるとき、今回の動きには、いくつかの新たな駆動因があることに留意すべきであろう。
ひとつは、主要財界団体が、ニュアンスの差はあれ、現行憲法第九条による「規制」をいわば「緩和」するよう要求していることである。2003年4月の経済同友会「意見書」から始まり、2005年1月の日本経団連文書「わが国の基本問題を考える」を軸とし、これに同年六月の商工会議所「報告書」が加わって、いわば「そろい踏み」状態となった。改憲問題に対するこうした要求を、財界団体が、しかもそろい踏みで迫ってきたのは、改憲史上はじめてのことである。80年代後半から本格化する日本経済の国際展開、日本企業の多国籍化、増大する海外資産等々を背景にした要求であるだけに、単なる政治的要求にとどまらないリアリティがあると見るべきであろう。
あるいは、自民党が、結党50年にして全条文につき改憲ドラフトを提案するに至ったこと、しかもそれが、自民党内憲法調査会ではなく、挙党体制の様相をとった「起草委員会」で作成され党大会の決定を経ていること、内容においても、与党・公明党や野党・民主党とのすりあわせを念頭に置いた「実現可能」な案として提示されたこと、などが、リアリティをかもし出す。
自民党が「改憲」の立場であることは、この党の結党目的でありいわばDNAであるので驚くに値しないが、この自民党的「改憲」と、これに反対する意味での「護憲」とが対峙する、という伝統的構図にとどまらず、議論は、与党・公明党が「論憲」から「加憲」へ、野党・民主党が「論憲」から「創憲」に移行し、非政党レベルでは「活憲」や「廃憲」という造語も流布されて、ともあれ「憲法を何とかしなければならない」という、いわばせきたてられたような社会心理環境が整ってきた。
加えて、日米軍事同盟の質的転換が背後にあるという周知のファクターもリアルである。戦後改憲動向史を常に根底で嚮導してきたのは日米軍事関係の展開であったが、このたびは、米軍の世界戦略に根本的な構造的転換をもたらす意図で構想されているtransformation―日本のメディアでは「再編」と、誤訳に近い用語を当てているが、質的変容をもたらすtransなformationの意味である―が、同時進行で改憲を衝迫している。
自民党「新憲法草案」が公表されたのは2005年10月28日であったが、それを待つかのように翌二九日に日米安全保障協議委員会(2+2)が、このtransformationの骨格に合意したのは、象徴的であったろう。この合意文書は、日本ではなぜか「中間報告」と呼ばれているが、正規には「日米同盟:未来のための変革と再編」と題する文書documentであり、原文には「中間」という文言も、「中間的」意味合いもない。この「変革と再編」とは、英文で「transformation and realignment」とされているものの外務省訳であり、ここではtransformationの公式訳に「変革」をあてていた。意図されているものは、単なる「再編」ではなく「変革」である。ついでながら、日本では、これまたなぜか「最終報告」と呼ばれている、2+2による最新・最終の合意は、宣言的な「Joint Statement」と、右の10月合意を見た骨格の具体化を図る「ロードマップ」の二つの文書からなっているが、これが取り交わされたのが5月1日であった。こうしてみると、この「最終」合意が、新教育基本法案を閣議決定した4月28日の直後であったことも、なにやら因縁めく。
そして、この教育基本法全文改定案(政府提出)と国民投票法案(与党提出)とが相次いで国会に上程さて、それぞれに民主党対案も提案されて、改憲のリアリティは加速された。両法案は「今そこにある改憲案」であろう。というのも、憲法改定に向けた、手続法的前段階としては国民投票法案が、実体法的前段階としては教育基本法改定案が提示されている、と見ることができるからである。両者は、憲法改正案ではなく法律案であるから、その成立要件において先行にふさわしい役回りが与えられてもいる。
国民投票法案が、改憲の直接的な前段階であることは、多くを語る必要はない。憲法改正条項がある憲法の下で、その実施法律が制定されていないのは、立法の怠慢、立法不作為、法律の欠缺、等々と批判されているが、今日までこの種の法律が制定されなかったのは、その必要性がなかったからであって、このたびにわかに制定要求が出てきたのは、特定の改憲要求と一体のものである以上、議論の性格は、改憲手続法の一般的必要性をサロン談義で問題にしているケースではない。
憲法改定と教育基本法改定とが共鳴関係にあることは、すでに多方面から指摘されている(この点では、日本教育法学会編・法律時報増刊『教育基本法改正批判』を参照)。以上に見てきたこととの関係では、財界団体もまた、2002年12月の経済同友会の「意見書」を皮切りに、日本経団連・前掲文書が「提言」するなど、改憲要求と類似の動きを示していることが刮目に値する。また、提案されている新教育基本法案は、前文の「憲法に則り」、第3条の「教育の機会均等」規定、第10条の「教育は不当な支配に服することなく」といった争点的キーワードのいくつかを、文言としては残しており、いわば「実現可能な抑制案」の雰囲気をにじませており、自民党改憲案のかもし出す「抑制」の雰囲気と響きあってもいる。にもかかわらず、自民党「新憲法草案」は質的な根底的転換を規定内容に含んでおり、いみじくも「新憲法」草案と自ら名乗るとおりの質的全面改定案であるのと同様、教育基本法改正案もまた、「改正」案の様相をとりながら、全文にわたる全面改定案として提出された。いずれにせよ、改憲のリアルなロードマップにとって、国民投票法案と教育基本法改定案は、いずれも初期段階の立法改憲と見るべきであろう。防衛庁の省昇格と自衛隊の「余技」であった「国際」活動の「本務」化をもはかる自衛隊法改定案も伴走している。
以上のような新要素によって、このたびの改憲動向は、従来に比して、clear and presentな、すなわち「今そこにある」動向として向き合わなければならない。
とはいえ、事態は単線的にひたすら改憲に向かうとも限らない。米軍Transformationに対する異議申し立ては、とりわけ基地を抱える地方自治体で高まっており、その異議申し立ては、「迷惑施設反対」的対応の域を出ていないケースもあるとはいえ、強い住民要求となっており、首長の政治的立場を超えた動き、首長の交代をさえもたらす動きとなっている。他方、推進する政府側には、防衛施設庁官製談合事件のごとき、暢気といえば暢気なスキャンダルにまみれ、足元は固まりきってはいない。
あるいは、「憲法改正の是非」を一般的に問う調査では、「賛成」世論が高まっている中で、設問を変えて「九条改憲」を問うと、「反対」世論がなお多数を維持していることも、改憲を志向する勢力には障壁として立ちはだかっているだろう。「九条の会」に象徴されるグラスルーツの改憲反対運動が広がっていることも周知のとおりである。

* * * * *

本書は、以上のような緊迫した状況の展開をも念頭に置きつつ、新たな論点、前書では立ち寄りきれなかった論点をフォローするとともに、最新の資料を補充した続編である。前書と同様に、「平和・民主・人権を基本原理とする日本国憲法を護る立場に立って学問的研究を行う」(全国憲法研究会規約)アカデミックな営みの研究成果であることに変わりはない。前書とあわせて、改憲問題を考え議論する素材にしていただければ幸甚である。

◆森英樹(もりひでき)さんのプロフィール

1942年三重県生まれ。名古屋大学理事・副総長・教授を経て、現在龍谷大学教授。全国憲法研究会代表。法学館憲法研究所客員研究員。
主な著書に、『憲法の平和主義と「国際貢献」』(新日本出版社、1992年)、『現代憲法講義』(浦部法穂らと共著、法律文化社、1993年)、『新版・主権者はきみだ』(岩波ジュニア新書、1997年)、『市民的公共圏形成の可能性』(編著、日本評論社、2003年)、『国際協力と平和を考える50話』(岩波ジュニア新書、2004年)、『国家と自由』(樋口陽一らと共編著、日本評論社、2004年)など。

 


 
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