法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

映画「赤貧洗うがごとき」〜田中正造と野に叫ぶ人々〜

2006年8月21日

池田博穂さん(映画監督)
・・・
 今や我が日本が亡びようとしている。
 この国に政府がある、日本という国があると思ったら大きな間違いであります。
 おのれの愚かさを知るものは愚かではない。
 おのれが愚かであることを知らない者は本当の愚か者である。
 渡良瀬川沿岸の民を殺すことは、国家を殺すこと。
 法をないがしろにすることは、国家をないがしろにすることである。
 これは人が自らの国を滅ぼすことに他ならない。
 税金を無駄に使い、民を殺し、法を破って、それで亡びない国などというものは
 いまだかつて聞いたことがない
・・・(田中正造の「亡国演説」)

 明治33年(1900年)2月、足尾銅山の鉱毒被害に苦しむ渡良瀬川沿岸の農民たちは、大日本帝国憲法の請願権にもとづき政府に鉱業停止の陳情をするため東京に向かった。時の総理大臣山縣有朋は「連中を東京に入れるな!」と命令し、警官や憲兵が利根川沿いの群馬県川俣で「ドン百姓」と叫びながら、農民たちを暴力的に弾圧した。
 世にいう川俣事件である。
 知らせを聞いた指導者の田中正造は議会で質問を連発し、憲政史上に残る「亡国演説」をする。現代をも射抜く名演説である。
 今年は、日本の公害の原点といわれる「足尾鉱毒事件」により谷中村が廃村にされてから100年になる。私たちは現在から見て一連の「足尾鉱毒事件」はどういう意味を持つのか、田中正造は何を語りかけてくるのか・・・をテーマに映画を製作した。
 田中正造は天保12年(1841年)、今の栃木県佐野市の名主の家に生まれ、若くして父の後を継いだ。正義感の強い正造は村人の信頼もあつく、主家の一方的な年貢取立てや人事支配などの横暴にも先頭に立ってたたかった。このとき正造が主張したのは、昔ながらの村の慣例や自治を尊重することであった。
 明治13年、40才で栃木県会議員に選出された正造は土木県令(知事)といわれた三島通庸の悪政と対決していく。そして大日本国憲法発布式には、憲法を下賜される人民の代表・県会議長として参加することになった。だが府県会議長たちは式典に「参列」するのではなく「拝観」するだけのものとされていた。驚き激怒した正造は、有志と共に率先して山縣有朋内務大臣に抗議し待遇を改めさせた。
 正造は、大日本帝国憲法をきわめて肯定的に受けとめた。それは、人民の権利・生命・財産の保障が限定つきであったにせよ明文化されたことと、自ら渇望する政党内閣制実現への手がかりになるからであった。
 11年間の県会生活の後、50才で代議士になった正造は鉱毒被害民の人権と自治を守るため憲法を盾にして、富国強兵・殖産興業政策により世界の列強を目指す政府と鉱毒を野放しにている古河財閥と対峙していく。
 明治24年、第2回議会での正造の質問書・・「大日本帝国憲法には日本臣民は、その所有権を侵さざることなしと記してある。また日本坑法第3条には、採掘の結果公益に害あるときは、農商務大臣はすでに与えた許可を取り消すことができると記されている」と、足尾銅山の鉱業停止を求めた。政府は「被害あるは事実なれども、原因は確定せず」と、議会解散後に答弁書を官報に載せた。担当の農商務大臣・陸奥宗光は次男を足尾銅山の経営者古河市兵衛の養子にしていた。
 古河側は知事や県会議員の手をかりて示談契約を結んでいく。内容は、古河は徳義上示談金を出す。鉱毒の流出を防ぐための設備を取り付けること。その試験期間は一切の苦情・訴訟はしないというものだった。正造はそのまやかしを見抜き、農民たちを説得した。
 水害は何度も被害地を襲い、人々の生活は困窮し健康も損なわれていった。そして村の自治も失われていった。
 正造は被害地の救済と現状を広く世論に訴えるため、命を捨てるつもりで天皇に直訴をする。その直訴状では天皇の名をたてに、被害民の人権・生存権・財産権・環境権を守れと主張している。帝国憲法第9条にある「公共の安寧のために勅令」を天皇が発することで、救済を要求したのだ。
 正造は人権尊重の思想を広げるために、「谷中一ツトヤ節」という歌を作っている。

   一ツトヤ人に権利を割かるるな 我が身ふたつに割かるとも
   二ツトヤふたまた大根さかるとも 谷中の土地をばさかるなよ
   三ツトヤ自らさけるなわが権利 権利は我が身の城なるぞ
   四ツトヤよほど権利は大切だ 神や仏の先に立つ  (以下続く)
 
 また被害民たちは、政府に請願する道すがら「鉱毒悲歌」を唄った。

   濁り濁りて今もまた 人の体も毒に染み
   また悪疫も流行し 悲惨の数は限りなく
   時の政府は何ゆえに かくも我らを虐ぐる
   嗚呼我々は土地のため 国のためには死も怖じず
   嗚呼我々は憲法を 守るためには死も怖じず  (以下続く)

 正造たちは、被害民の「基本的人権」を守るたたかいとして明治政府と対決したのだ。正造はこのたたかいを、足尾地域のものと限定するのではなく、<人類社会の問題>だといっている。
 歴史学者・家永三郎は、「正造は大日本帝国憲法を、国民の権利を守るための武器として逆用した人物であり、そのたたかいは近代憲法の根本理念に即したものだった。しかもその理念は彼の泥まみれの実践のうちに血肉化されていた」と言っている。
 正造が叫んだのは基本的人権だけではない。日露開戦熱が高まる中で演説をした。

・・・
 陸海軍を全廃して軍事費を人民の福祉に振り向けるべきである。
 皇居からわずか80キロ離れた関東の沃野を足尾の鉱毒で荒廃せしめ、幾十万の人民に塗炭の苦しみをさせながら、満州を占領したとて何になる。力をもって得たものは、必ず後日、力をもって奪い返されることは必定である
・・・

 またこうも言っている。

・・・
 小生の主義は無戦論にて、世界各国みな陸海軍全廃を希望し、かつ祈るものに候
・・・

 恒久平和にしても基本的人権にしても、日本国憲法の理念を先取りし、実践的に活動していたのである。
 国会議員を辞し天皇に直訴をした正造は、政府が鉱毒問題とすり替えようとした谷中村の遊水地化反対のたたかいに専念する。村に住みつき農民と生活を共にするようになると、眼の薄皮が一枚づつはがれるように、見えなかったものが見えてきた。
 谷中村の強制破壊が執行された後の明治45年、正造は日記に記した。

・・・
 真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、
 村を破らず、人を殺さざるべし
・・・

 そして被害民と自らを「貧しきものは幸いなり」と題して詠った。

・・・
 赤貧の洗うがごとき心もて   
 無一物こそ富というなれ
・・・

 「度を越した欲をかかず、清らかに生きることこそ何よりの財産だ」という意味である。最近「環境権」という言葉が独り歩きし憲法に取り込むべきだという意見があるが、正造たちのたたかいから見れば、基本的人権の中にすべて包括されるのは明白である。生前の田中正造のたたかいは勝利といえるものではなかった。しかし昭和33年には足尾の堆積場が決壊し群馬県東毛地帯では鉱毒被害がでたが、農民たちは粘り強いたたかいの末、古河鉱業に加害責任を認めさせた。渡良瀬川沿岸の人々が鉱毒に苦しめられ始めてから、100年経っていた。正造の思想とたたかいの伝統を受け継いだ勝利であった。だが、たたかいは世界各地で今も続いている。
 映画「赤貧洗うがごとき」は、列強の仲間入りを目指し近代化を進めていく明治という日本の歴史の中で、足尾鉱毒事件・谷中村事件の指導者田中正造の生涯を精査した
 史料と再現をまじえて描いたドキュメンタリーである。
 日本国憲法5原則の先駆的実践者田中正造は、今、私たちに何を語りかけてくるのか。
 必見である。

8月31日(木) 有料試写会
場所 中野ゼロ小ホール
JRまたは東京メトロ東西線中野駅南口徒歩8分
時間 15:00〜   18:30〜
料金 1000円
問合せ先 「赤貧洗うがごとき」製作委員会
TEL 03−3812−9215
FAX 03−5803−9530
* 映画の上映時間は98分、9月から古河市・佐野市などで順次公開。

◆池田博穂(いけだひろお)さんのプロフィール

1950年、秋田県に生まれる。72年に法政大学社会学部を卒業し、全国農村映画協会に助監督として参加。以降、フリーとなり、山本薩夫監督『天保水滸伝』(76)、橘祐典監督『ガラスのうさぎ』(79)、後藤俊夫監督『マタギ』(82)、同『オーロラの下で』(90)、今井正監督『戦争と青春』(91)で助監督などを務める。監督作品に『豊饒の大地』(88)、『東京大空襲・子どもたちの証言』(93)。『江戸前料理・粋と洒落』(95)、『犬張子』(96)、『憲法』(04)がある。


◆読者プレゼントのご案内

池田博穂監督のメッセージなどへの感想をお寄せください。
2名の方に映画「赤貧洗うがごとき」〜田中正造と野に叫ぶ人々〜の試写会招待券を贈呈します。
詳しくはこちらへ。

 


 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]