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敗れる前に目覚めよ--平和憲法が危ない

2006年4月24日

飯室勝彦さん(中京大学教授、東京新聞・中日新聞論説委員)
 正月休みに映画「男たちの大和」を見て、二つのセリフの場面に強い衝撃を受けた。一つは、生還を予定されていない特攻作戦への出撃を前に、戦艦『大和』の艦内で砲術長の臼淵磐大尉が「日本は敗れて目覚めるしかない」と同僚や部下たちを説得する場面だった。もう一つは沈んでゆく艦内での兵士のつぶやき「命を賭けて戦ったが何も守れなかった。家族も、故郷も……」である。
 映画を見終わったとき、新しい拙著のタイトルは「敗れる前に目覚めよ」にしようと決めていた。
 臼淵大尉の発言は数少ない生還者の一人、吉田満氏(当時少尉)の名著「戦艦大和ノ最期」(講談社文芸文庫)で紹介され広く知られている。1945年4月、片道の燃料しか与えられずに沖縄海域へ向かう艦内で、迫りくる死の意味を求めて煩悶する将校、下士官、兵たちにこう言って沈黙させたという。
 「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。……本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外に日本がどうして救われるか。俺たちはその先導になるのだ。まさに本望じゃないか。」
 セリフ自体は吉田氏の著作で知っていたので、それに衝撃を受けたのはではない。大尉役を演じた元野球選手の平板な台詞回し、のっぺりとした無表情な演技に驚いたのである。彼は大尉の言葉の重さにまったく気づいていないように感じられた。当然、大尉の痛切なメッセージがスクリーンの前の人たちに伝わったとは思えない。観客はほとんど無反応だったのである。
 大尉は死を美化したのではない。アジア各国侵略の果てに英米を相手に無謀な戦争を始め、誤った精神主義で何十万、何百万を死傷させた旧日本の指導者たちを批判し、「死」以外に選択肢のない自分たちを無理に納得させようとしたのだろう。深く重い思いが込められたその発言をきちんと受け止めることのできた人はあまりいなかったようだ。
 無理もない。観客のほとんどは戦後生まれである。あの戦争の悲惨さは体験していない。義務教育課程での現代史教育が置き去りにされているので日本のアジア侵略の歴史も太平洋戦争を遂行した軍部の無責任さも知らない。臼淵大尉のセリフに共鳴し、彼の無念さを実感できるだけの知識を与えられていないのである。
 映画を巡っては、数億円かけて建造されたという大和の実物大セットの豪華さ、戦闘シーンの迫力ばかりが話題になった。観客の多くがそれに惹かれて劇場にやってくることは予想できた。映画に大尉を登場させるのなら彼のメッセージがきちんと伝わるようなキャスティングをすることは監督の責務だ。
 暗い劇場内でそんなことを考えているうちに終盤のシーンになった。米軍の猛攻で沈んでゆく大和の艦内で乗員が「命をかけて戦ったが何も守れなかった。家族も、故郷も……」とつぶやく。そのとき、浮かんだのは自民党の新憲法草案だ。前文には「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し……」とある。
 本来、立憲体制のもとでは禁じられている権力による内心の自由への干渉を、自民党草案は新憲法の基本的な柱にした。しかも「支え守る責務」の対象としているのは“公“ばかりである。国や社会を守ることだけを国民に求め、家族など例示さえしていない。滅私奉公”といわれたあの時代さえ、兵士らが守りたいものとして真っ先にあげたのは「家族」だった。せっかく戦後憲法で確認された「個人の尊重」を無視し、歴史の歯車を逆転させ再び滅私奉公を押しつけようとしている。
 自民党草案では自衛軍という名の軍隊を保持し、海外派兵も可能にしようとしている。日本の政治や世論動向などをみていると、それが実現しかねない不安が募る。
 映画の二つの場面は日本の現状を再認識させてくれた。臼淵大尉の無念が、敗れて目覚めた貴重な経験が、日本人にきちんと継承されず、敗れることで得た財産である日本国憲法を葬り去ろうとする勢力の跋扈を許している。いままさに、平和憲法が危機に瀕しているのである。
憲法改定に先立ち教育基本法を改めて愛国心を子どもたちに押しつけようとする動きも粘り強く行われている。日の丸、君が代を国旗、国歌とする法律はすでに制定され、政府の「強制はしない」という国会答弁に反して、東京都など一部の自治体では卒業式などで日の丸掲揚に起立せず、君が代を歌わない教師が処分を受けている。幅広い人たちによる、それらに抵抗する有効な行動が生まれない現状では、憲法改訂を空想とは言い切れない。
 「今度こそ、敗れる前に目覚めて平和憲法を守りたい」 書名にはそんな願いを込めた。

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 先人の犠牲によって獲得した平和憲法を後世に引き継ぐのは、平和を満喫してきた世代の義務である。現実に起きる事象を憲法原理に照らして分析し、警告を発するのは新聞記者の責務である。--そう考えながら折に触れ書いてきた、憲法を大切にするよう訴える社説を時系列に従ってまとめてみた。
 それらを読み返してみると、1991年の湾岸戦争を契機にして改憲の動きに拍車がかかった経緯がはっきりと浮かび上がる。
 巨額の戦費負担を評価されなかったことで日本政府は憲法をますます軽視するようになり、「血を流さなければ尊敬されない」として自衛隊の海外派遣を可能にする法律が次々制定され、実施された。2000年1月には衆参両院に憲法調査会が設置され、現行憲法に対する的外れの批判や改憲論が国会で公然と主張された。「改憲を前提としない」として始まった調査会だが、05年4月に出た最終報告書は改憲を色濃くにじませている。
憲法は政府による無視や解釈改憲、それに対する国民の側の容認、抵抗の弱さによって次第に形骸化してきた。自民党の新憲法草案はこうした流れの中で育まれたのであり、決して突然、生まれたのではない。
 改憲は自民党の結党以来、一貫した方針だった。同党としては現行憲法が“虚”であり、軍事を否定しない、というより軍事を優先する憲法こそが“実”である。多くの自民党議員にとって、思想的に自分たちと似通った国会議員の多い民主党が野党第一党である現状は、虚実をひっくり返す絶好のチャンスと映っているのではないだろうか。
 この10年間に自分が執筆した社説を編集してみると、憲法の危機は長い時間をかけて深まり今日に至ったことが分かる。このような状況を許してしまった有権者の選択も改めて検証すべきだろう。
 しかし、平和憲法を守る戦いはまだ敗れてはいない。「今度こそ、敗れる前に目覚めて」改訂を阻止したい。その時間もチャンスも残っている。
 『敗れる前に目覚めよ--平和憲法が危ない』は花伝社刊(1600円+税)
 

◆飯室勝彦(いいむろ・かつひこ)さんのプロフィール

中日新聞社に入社して『東京中日スポーツ』で記者活動を始め、その後『東京新聞』『中日新聞』の社会部員、特別報道部員、編集委員などとして働く。1992年に論説委員、2003年4月より現職。著書に『戦後政治裁判史録』(共著・第一法規出版)『客観報道の裏側』(現代書館)『メディアと権力について語ろう』(リヨン社)『報道の自由が危ない』(花伝社)などがある。


 
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