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今週の一言

 

平和を誓う

2006年2月13日


比嘉正詔さん(沖縄平和祈念堂所長)

<これは伊藤塾が2005年12月に沖縄スタディツアーを実施した際に、沖縄平和祈念堂で講演していただいた内容の抜粋です。>

・・・
米国陸軍省のまとめた『日米最後の戦闘』(サイマル出版会)には、「6月の最後の2週間に8万人の沖縄住民が島の南端の洞窟(沖縄ではガマといいます)からはいだしてきた。」と書いてあります。此処沖縄戦終焉の地、摩文仁は未曾有の犠牲がはらわれた所である(沖縄戦の主力部隊第32軍団の牛島満中将は昭和23年6月23日に摩文仁の丘のガマで自決した)と同時に多くの人々の命を守った所でもあったのです。
摩文仁は、平和を祈る場であり、平和を願う場であり、平和を誓う場であり、そして平和を語り継ぐ所であります。
我々は、この聖なる空間を平和祈念公園とし、宗教も思想も人種も国も超えて世界の平和が達成されるよう祈って沖縄平和祈念堂を建立いたしました。

この平和祈念堂には三つの仕事があります。
一つは、第二次世界大戦で亡くなった全ての方々の追悼をする、特に沖縄戦で亡くなった方々の追悼をする仕事です。この平和祈念堂の外に「平和の礎(いしじ)」があります。この礎には沖縄戦で亡くなった方々全ての名前が刻まれています。軍人、住民、それから戦った相手であるアメリカ軍をはじめとする連合軍 の約1万4千人、また、イギリスも中国も韓国も北朝鮮、台湾の方でも亡くなった方の名前は全部刻まれています。その数は239,801となります。私たち平和祈念堂の職員は一年半かけてその黒御影石に彫られた1,177面を写真に撮り、名簿を作成し、その名簿をこの平和祈念像の胎内に納めました。ですからこの平和祈念堂には、宗教、思想、人種も国も超えて、たくさんの方々が、国内はもとより外国からもたくさんの方々がお見えになり、ここで手を合わせています。
私は今を生きる者として平和を訴えていかなければならないと思っています。そのような思いを込めて戦争で亡くなった方々を追悼しています。

平和祈念堂の二つ目の仕事は、多くの人たちの胸の中に平和の種を植えることです。
平和祈念堂には学校の修学旅行生など様々な方々が慰霊にお見えになります。沖縄には親から子、子から孫へと語り継がれてきた平和の種と言われる言葉があります。それは、「命は宝」という言葉です。沖縄の方言では「ぬちどうたから」と言います。この言葉は、人の命こそ宝物だという意味です。沖縄の人たちは「命どぅ宝、命どぅ宝」と言いながら子や孫を育ててきました。私がまだ小さい頃ですが、私の祖母は私が食事を残した時に、私にこう言いました。「お前は食事をする時にどうしていただきますと言うの・・・」。私が黙ってうつむいていると、祖母はこう言ったんです。「あなたが今食べている米も魚も野菜も、それはみんな命なんだよ。自分の命を生きるためにその命をいただくから、いただきますと言って食べるんだよ。もっと感謝して大事に食べなさい。沖縄には昔から命どぅ宝と云う言葉があるのだよ。」沖縄の人たちはそのような躾をされてきました。ですから沖縄の人達の血やDNAの中には「命どぅ宝」という言葉が刷り込まれているのかも知れません。
私は最近、沖縄から発信される歌がどうして本土で非常に大きな共感をもって迎えられるのだろうかと考えました。ふと思いついたことなんですが、『花』、『島んちゅの宝』、『涙そうそう』など沖縄から発信される歌の中には「命どぅ宝」のメッセージが奥深く隠されているのからではないかと思うようになりました。「命どぅ宝」という言葉は、殺し合うのではなく助け合いましょう、騙しあうのではなく教えあいましょう、奪い合うのではなく譲り合いましょう、ということなのです。
私は、「命どぅ宝」という考え方で、たとえ宗教や思想や人種や国が違っても、相手の命を大切に考える人が1人から2人へ、そして4人、8人、16人と増えていって、その人と人との点が、線で結ばれて、日本をこえて、地球全体をその線が無数に結ばれて地球全体をおおった時に、平和な時代ができるんだと思うのです。ですから、平和な世の中をつくるのは私たちひとりひとりなんだということを、修学旅行で来る子供たちにも、この話をしているのです。どうかみなさん一人ひとりの胸の中に、「命どぅ宝」という言葉を大事に大事に育てて、花を咲かせて、そしてその種を皆さんの子や孫に伝えていっていただきたいと思います。

平和祈念堂の三つ目の仕事は、ここから世界に平和を発信するということです。私たち平和祈念堂のスタッフには大きな夢があります。それは平和祈念堂のこの空間を東洋のジュネーブにしたいという夢です。第二次世界大戦後に平和条約が結ばれたのはスイスのジュネーブです。私たちは、この平和祈念堂のこの空間を提供して、ここを平和な世の中をつくるための国際会議を開く会場にしたいという夢です。私たちはその日が来るまで、地味ではありますが、この仕事をこつこつと続けていきたいと考えています。
終戦六十年にあたり、私たちは二つのこころみをしました。
一つは次世代を担う子どもたちの育成です。小学校の四年から六年生までを対象に沖縄の文化や自然、歴史、戦跡のフィールドワークなどの研修を行い、平成17年8月21日には14名の平和祈念堂大使が巣立ちました。
もう一つは平和を発信する蝶を育てています。沖縄にはオオゴマダラという日本で一番大きな蝶がいます。3年前から育てているのですが、それはなぜか。蝶はギリシャ語ではプシュケーと言うのですが、それは魂という意味です。私たちは平和の魂を育てているのです。2006年の慰霊の日(6月23日)にはこの平和祈念堂から平和の魂をいっぱい飛ばそうと考えています。私たちはいつの日か、この沖縄の空には軍用機の代わりに平和の魂が舞い飛ぶ、そんな島にしようと思っているのです。
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◆比嘉正詔(ひが・せいしょう)さんのプロフィール

1943年、那覇市生まれ。68年、国士舘大学政治研究科卒業。南方同胞援護会、沖縄振興開発金融公庫を経て、99年から財団法人沖縄協会・沖縄平和祈念堂管理事務所勤務。2004年2月、同事務所所長に就任。
■沖縄平和祈念堂のホームページ


 
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