法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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今週の一言

 

憲法は実践するものである

2006年2月6日


山内徳信さん(前読谷村長、山内平和憲法・地方自治問題研究所所長)

<以下は伊藤塾が昨年12月に実施した沖縄スタディツアーの際の山内徳信さんの講演からの抜粋です。>

・・・
悲惨な戦争の教訓から新憲法ができました。私が新憲法を知った時の感動は忘れられません。本当にこれからは戦争がなくなり、私たちは人間として大事にされていくんだなと思いました。私はこの憲法に誇りを感じ絶対に守ろうと誓いました。

私は周りの人たちから推され39歳で読谷村の村長になりました。当時(1974年)村の面積の73%は米軍基地で、たびたび米軍がパラシュート降下訓練を行っていました。訓練では住民地域に兵士だけでなく角材などのほかにジープやトレーラーも空から落下してきました。1965年6月、空からトレーラーが落下し棚原隆子ちゃんという小学校4年生の女の子がトレーラーに押しつぶされ、亡くなるという事件もありました。また、米兵のトラックが赤信号を無視して死亡事故を起こしても無罪になっていました。
基地は人間の尊厳を否定するものだと思っていました。私は何としても基地を撤去して、読谷村を基地のない平和の村にしたいと思っていました。もちろん基地をなくすといっても簡単ではありませんでした。そこで私が考えたのが、基地の中に村役場をつくるということでした。村民にとって一番便利なところであり、村の中心の地に役場をつくるということでした。当初、そんなことは無理だと誰からも言われました。しかし、私は断固として主張し続けました。そして実際に基地の中に役場をつくりました。そして、2006年には役場のある村の中心部にある基地がアメリカから返還されることになったのです(当初2005年に返還することになっていたが、米軍側の準備作業の遅れから2006年になった)。
私は基地の返還を求めてアメリカとも直接交渉しました。米軍関係者が読谷村に来るときには、私は彼らを村の美術館や資料館にお連れし、読谷村とその人々の歴史と文化を説明しました。文化に国境はありません。私は読谷村民が代々受け継いできた織物や焼き物の伝統を見せました。人間国宝を誕生させる読谷村の文化を説明すれば彼らもわかってくれるのです。
私は当時のカーター大統領にも手紙を出し、米軍の司令部と直談判しました。はじめは先方は会ってもくれませんでした。しかし粘り強く交渉しました。私は交渉の際にアメリカの歴史の話をしました。アメリカが人権の重要性を謳って国を築きあげてきたことを語りながら、日本の読谷村の住民にも人権が尊重されるべきであることを説きました。また、基地が返還された後にその地域がどのようになるのか米軍に示しました。村の真ん中に、役場のほかに文化センターや図書館、福祉センターや野球場をつくり、読谷村の住民が人間らしく住むことができ、そして文化が広がっていくようにしたいと説いたのです。
こうして住民や職員とも夢を語り合い、更に米軍とも交渉していったのですが、日本政府は、外交は政府の専権事項だと言い、私たちに自制を求めました。ここでも私は従来からの「常識」にとらわれずに、「民間外交」だと言い、新しい概念を主張しました。2006年に読谷村の中心部の土地がアメリカから返還されるのは、このような経過によるのです。

私が米軍からの土地の返還を求めたり、そのための方法を考える際の判断の基準は全て憲法でした。平和主義、国民主権、基本的人権の尊重と地方自治の本旨、この4つです。常にこの4つの考え方によって理論武装して交渉にあたりました。日本政府といえども憲法を否定することはできないのです。実際に憲法を使った交渉や実践をしてみると、憲法にはものすごい力があることがわかりました。憲法は守るのみにあらず、実践するものであります。
憲法は権力が暴走することのないように定められているのですが、これまで日本政府は様々な形で憲法を形骸化させ、空洞化させてきました。いまこそ私たちが憲法を実践することによって、その理念を社会に定着させていく必要があるのです。
・・・

◆山内徳信(やまうち・とくしん)さんのプロフィール

1935年、沖縄・読谷村に生まれる。17年間の高校教師生活後、1974年、読谷村長に当選(6期)、その後沖縄県出納長を務める。1999年に山内平和憲法・地方自治問題研究所を開設。現在、基地の県内移設に反対する県民会議共同代表。著書に『憲法を実践する村 〜沖縄・読谷村長奮闘記』(明石書店)、『叫び訴え続ける基地沖縄 〜読谷24年―村民ぐるみの闘い』(那覇出版社)、『沖縄・読谷村の挑戦 〜米軍基地内に役場をつくった』(水島朝穂氏との共著・岩波ブックレット)など。2005年12月に緊急出版された『沖縄は基地を拒絶する』(高文研)にも「沖縄への新しい基地押しつけ断固拒否」というメッセージを執筆した。


 
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