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今週の一言

 

自民党新憲法草案が出された背景とその危険性

2006年1月30日


森英樹さん(名古屋大学副総長・教授)

<これは森英樹さんが昨年12月に福祉関係者の集会で行った講演からの抜粋を文章化したものです。見出しは法学館憲法研究所事務局がつけました。>

昨年11月、自由民主党が新憲法草案をつくりました。自由民主党という政党は1955年に当時の自由党と民主党が一緒になってできた政党なので自由民主党と言っています。1950年代の前半まで、この自由党と民主党という保守二大政党で日本の政治が動かされていました。しかし、この二つの政党が二つに分かれたままでは憲法を変える議席を取ることができないということから、1955年に大同団結し、自由民主党という政党ができあがったのです。だから、自由民主党はその政党の綱領にあたる「政綱」の最後のところに、「日本の憲法を自主的に改正する」という結成目的を謳ったわけです。アメリカから押し付けられた憲法ではなく、日本人が自らの手で憲法をつくる、つまり自主憲法制定というのは、そのときから叫び始められた自由民主党の、いわば結党のときに埋め込まれたDNAであるのです。この政綱は今も生きています。

新憲法制定への自由民主党の並々ならぬ決意

 それから50年たちました。50年たっても憲法は改正されない。そこで、小泉人気が続く間にちょうど到来した結党50年の機会に、自由民主党としての憲法の改正案を国民に示して、一気に改正に持ち込もうと考えたのです。ところが、自由民主党の結党50周年の日、すなわち昨年の11月15日だったのですが、その日は、とあるやんごとなき方の結婚式とぶつかってしまったので、11月22日に自由民主党の結党50年記念党大会というのを行い、そこで自由民主党としての新憲法草案を決めました。
 この自由民主党の新憲法案づくりというのは50年間ずっと続けられてきたのですが、もう途中からは、これはなかなか難しいということで、ほったらかしにしていた時期が近年に至るまでずいぶん長い間続きました。ところが、湾岸戦争以降、自衛隊が海外に出動するようになって、どうしても日本の憲法を変えなければ、これ以上、彼らのいう「国際貢献」はできないとして、ついに9条そのものに手をつけたいと考えはじめたのです。そして、この憲法の肝心の部分、9条を変えなければいけないという動きが最近にわかに高まってきたわけです。
 それまで、自由民主党内で憲法を変えようとする作業をしていたのは、憲法調査会という党内の一委員会でした。それが一昨年(2004年)の11月に改憲「大綱」というのをつくりあげました。ところが、それは参議院を軽視しているというので、まず参議院の自民党が反対しました。それから、陸上自衛隊の制服組の幹部がその原案の下書きをしていたというのが発覚し、この動きは12月の段階で頓挫してしまいました。
しかしながら、どっこい自由民主党は小泉人気をあてにして、かねての計画通り12月に小泉総裁を本部長とする新憲法制定推進本部なるものをつくりました。そして、その推進本部のもとに置いた「新憲法草案起草委員会」の委員長に、小泉さんが所属する派閥の親分である前首相、森喜朗さんをすえました。全部で10の小委員会をそのなかに置き、全条文にわたって「新憲法」案をつくりあげたのです。10の小委員会の委員長には歴代の首相経験者まで配置し、自民党流挙党体制を敷いて新憲法草案はできあがりました。
作業が始まったのは、年明け早々の1月24日ですので、実質上9か月の突貫工事で、10月28日にはもう完成させてしまい、結党50年記念党大会でオーソライズ、つまり党の正式決定文書にしたわけです。

憲法「改正」論の背景にある財界の考え

自由民主党の新憲法草案は自由民主党が生れ落ちたときから改憲を目指す政党だから、DNAがDNAとして発揮されただけだろうと思うのはやや甘い認識です。
この動きに対する、最近の大きな特徴は、日本の財界が諸手を挙げて後押しをしているという新しい事態です。日本の財界団体の大所である日本経団連、商工会議所、経済同友会といった大きな経済団体が、相次いで日本国憲法、とりわけ9条を改めるべきだということをさかんに発言し始めています。日本の財界団体は、経済問題にかかわること、たとえば消費税を上げて企業への課税を下げろとか、あるいは予算の配分を財界に有利にこうしろとかといった経済的な政治問題に発言をしたことは多々あります。しかし、財界団体が団体として、しかもまとまって、日本の根幹問題である、また政治的問題であり、国民のなかで意見が真っ二つに割れているような、そういう改憲問題にこれだけ横並びで明確な態度表明をそろえてきたのは、今回が初めてです。これは長い日本の戦後憲法史の中で初めてだということを、緊張して受け取っておかなければなりません。
つまり、日本の財界は今後さらに儲けを高めていくためには、改憲は必要だとみているのです。彼らは憲法9条を変えることで、日本が海外で武力行使ができるようにする必要があると考えているのです。なぜなら1980年代後半以後、日本の資本が外国に進出するようになり、他国で生産を始めているからです。進出先はもっぱらアジアです。なぜならそこは安い労働力と資源があるからです。そうした現地での企業活動が、労働条件が悪かったり環境を破壊したりすると、現地の人びとから反感を買う。場合によっては攻撃を受けるかもしれない。日本の財界は今この危険性にさらされ始めています。ところが企業は軍事力を持たない。そこで彼らは日本も海外で武力行使できるようにしなければならないと切実に思うようになってきているのです。
このごろ、メイド・イン・ジャパンの品物はだいぶなくなってきました。メイド・イン・タイだとか、メイド・イン・チャイナであってみたり、メイド・イン・ベトナムであったりします。たとえば、ラジオ、テレビ、パソコンなどのいろいろな部品の7割以上はアジア諸国の現地で生産され、そこでつくったものが日本に持ち込まれて製品になっている。こういう資本の展開が全アジアにひろがっているのです。
それはなぜか。日本の労働者にはそれなりの賃金が確保されており、そのような高い賃金で製品をつくっていたのでは、国際競争力に勝てるような安い製品がつくれない。そこで、日本国内では、労働者のかなりの部分をパートや派遣労働者にして正社員を削るような労働構造に変えるとともに、外国に出かけていって日本よりもはるかに低い生活水準のアジア人を労働者として雇い、そのような安い賃金でつくりあげた製品で国際競争力をつけていく、こういうことになっているのです。
このように日本から出て行った資本、この資本の活動を確実・安全・安心に展開するために、そこが危なくなったときに軍隊が飛んでいけるような仕掛けを日本もそろそろ持って欲しいということなのです。憲法「改正」には財界のこのような主張が切実になってきているという背景も見落としてはいけません。
 9条改憲を強く求めているのはもちろんブッシュ政権です。対米追随を旨とする歴代自民党政権と小泉政権は、その要求を唯々諾々と受け入れている、と言う面はありますが、そんな単純な「対米従属」だけがすべてではありません。自民党政権とそれを支える財界は、ここにきて、国際的な資本展開を進める「大国」として、米国と一体となって、「安全・安心」な活動の保障を軍事力の「自由な」国際展開に求めているのです。


◆森英樹(もりひでき)さんのプロフィール

1942年三重県生まれ。名古屋大学理事・副総長・教授。法学館憲法研究所客員研究員。
主な著書に、『憲法の平和主義と「国際貢献」』(新日本出版社、1992年)、『現代憲法講義』(浦部法穂らと共著、法律文化社、1993年)、『新版・主権者はきみだ』(岩波ジュニア新書、1997年)、『市民的公共圏形成の可能性』(編著、日本評論社、2003年)、『国際協力と平和を考える50話』(岩波ジュニア新書、2004年)、『国家と自由』(樋口陽一らと共編著、日本評論社、2004年)など。


 
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