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今週の一言

 

「国民保護体制」と、自由の基礎としての第9条の意義

2005年12月26日


石埼学さん(亜細亜大学助教授)


―11月28日、有事法制の国民保護法に基づく実働訓練が、初めて福井県で実施されました。この国民保護法が想定している「有事」とは何でしょうか。
政府が2005年3月に示した「国民の保護に関する基本方針」では、8つの類型の「有事」が想定されています。着上陸侵攻、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃などです。

―有事法制の全体と国民保護法制との関係はどうなっているのでしょうか。
日本への直接の攻撃がなくても、たとえば北東アジアのどこかで米軍が紛争に介入したような場合、日本の「周辺事態」ということで「武力行使が予測される事態」になります。この場合自衛隊は、自治体や指定公共機関を巻き込んで、補給活動など米軍と「共同行動」を行います。これが有事法制のねらいです。
国民保護法制自体は、米軍や自衛隊を支援するものではありません。あくまでも、攻撃された場合の住民の避難のマニュアルです。

―国民を避難させて保護するための法制ということでしょうか。
ところがそうではないのです。たとえばどこかの国の正規軍が本格的な侵略をしてきた場合、住民の避難などという話ではありません。有事の一つにされている「航空攻撃」にしても、空襲とか巡航ミサイルがどんどん飛んでくるという事態が起こったならば、特に大都市では避難など不可能になります。また、「有事」にはテロのような「緊急対処事態」が組み込まれています。しかし、スペインの列車爆破事件、ロンドンの地下鉄連続爆破事件、9・11事件のように、テロは突破的に単発で起きるものです。したがって、避難どころではないと思います。国民保護法制は、住民を保護するものではないと思います。

―でも、福井県で避難訓練が実施されましたね。
住民が参加した訓練としては初めてです。武装勢力が原子力発電所を襲撃したという想定で行われました。しかし、そのような想定は現実味があるのでしょうか。また、実際にそのような攻撃が行われた場合は放射能が漏れることも考えると、避難訓練をしてもどうしようもないと思います。

―そうすると、国民の避難マニュアルは何のためにあるのでしょうか。
これから実際に米軍を支援することを目的とする有事法制が発動するとなると、日本国憲法の改正なども視野に入ります。この場合、「自衛軍」や日本をとりまく安全保障の状況などについての理解を住民に求めていかなければならなくなります。
避難訓練というのは当然軍事色を帯びますし、住民や自治体の公務員に対する訓練や啓発を社会の隅々にまで行き渡らせることによって、国民の一人ひとりの戦争やテロに対する意識を変えていくことが目的だと思います。要するに教育です。福井県の実働訓練を見てもわかりますが、何かを教え込むには、身体を動かさせるのが一番効果があります。
東京都の国民保護計画の素案を見ると、学校における安全教育も入っています。今後すべての自治体や指定公共機関、指定地方公共機関でも実働訓練がなされる可能性があります。日本国憲法が想定している社会を地域や職場レベルで掘り崩していくことになると思います。

―憲法「改正」の先取りというか、地ならしですね。
そうです。武力攻撃事態法や米軍行動円滑化法などの時は、法学者の関心は相当示されていました。しかし、国民保護法が自治体レベルで具体化されてきている今の段階で、少なくとも発表された論文などを見る限り、法学者の関心は極めて少ないですね。

―それはどうしてなのでしょうか。
憲法9条が持っている意味、すなわち9条と日本国政府の統治下に住んでいる人たちの自由との関係がきちんと検討されてこなかったからだと思います。今進んでいる国民保護法の具体化という問題は、自由との関係をしっかり理解しないと、憲法問題としてはとらえきれないでしょう。
この点は、樋口陽一先生が「講座憲法学2」(日本評論社)で、自由の基礎としての9条について書かれています。軍隊を持つか持たないかということは、戦争をするかしないかということだけではなく、社会の中で軍事的価値がどのように扱われるのかということに大いに関係しています。樋口先生は、軍事的価値は場合によっては人権よりも上位に立つということを問題にしており、この点すごく大事な学説だと思います。
そこで私も近著の「憲法状況の現在を観る」(社会批評社)の第1章「新しい立憲主義のために」の中で、この問題を敷衍して検討しています。そもそも9条の意味は、軍事的価値が浸透していた戦前の社会を否定するということにあったはずです。9条は、軍隊を保持しないと定めることによって、普通の国の立憲主義を超えて、国家が独占する暴力をなるべく減らしていこうとしています。そのことによって、人権保障を確実にするという意味で、「新しい立憲主義」と考えた方がよいのではないでしょうか。

―9条によって支えられる自由は、軍事的価値に対する批判の自由などの精神的自由だけではないということでしょうか。
そうです。たとえば自衛隊が訓練と称して迷彩服を着たまま輸送機関に乗ってくるような場合、明らかに何らかの人権が侵害されるわけではありません。しかし、大規模な人権侵害の温床になるものです。軍事的価値の方が人権より大事になっていきます。憲法が改正されて自衛隊が「軍隊」になれば、間違いなく軍事刑法が必要になります。今自衛隊はありますが、9条があることによって、基本的には人権を抑圧するような法令を備えたものはなってはいません。自民党は「自衛軍」を持つという憲法草案を出しているわけですから、軍隊を持つということがどういうことなのか、自由の観点からもきちんと検証しなければならないと思います。

◆石埼学さんのプロフィール

1968年生まれ。亜細亜大学法学部助教授(憲法学)。有事法制や生活安全条例、最近の言論弾圧事件などについて活発な発言を続けている。
主な著書
『憲法状況の現在を観る』2005年、社会批評社/「生活安全条例」研究会編『生活安全条例とは何か』2005年、現代人文社/ハンセン病・国家賠償請求訴訟を支援する会編『ハンセン病問題 これまでとこれから』2002年、日本評論社/憲法理論研究会編『憲法基礎理論の再検討』2000年、敬文堂


 
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