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憲法の心を歌った“幻の国歌”

2005年9月12日
生井弘明さん(『われら愛す』著者)

―――生井さんは『われら愛す』(かもがわ出版)を出版され、憲法の心を歌った“幻の国歌”を社会に知らせてくださいました。そのことは戦後日本社会が憲法をどう受け入れたのかと関わり、憲法の意義をあらためて考えるためにも重要なことだと思います。当時の人々が「われら愛す」をどう感じたのか、お聞かせください。
「われら愛す」
−憲法の心を歌った“幻の国歌”
(生井さん)はい、私が「われら愛す」を初めて聞いたのは1953年でした。毎朝食事の時間にラジオから流れてきました。さわやかな歌だなと感じましたし、毎日流れていましたので、自然に覚えました。そのうちラジオで放送されなくなりましたので、忘れていたのですが、ふとしたことでこの歌に再会することになりました。
私はその後、高校社会科の教員になりましたが、短歌が好きで、いつも朝日新聞の「朝日歌壇」を見るのが楽しみでした。2002年のある日、「離任式は最後の授業幻の国歌『われら愛す』説きて歌いつ」(高橋貞雄氏)が載り、久しぶりに「われら愛す」と再会し、この歌を知っている人もいたのだと感激しました。早速新聞に投稿、読者の方々からたくさんのお便りをいただきました。お便りから、この歌は全国各地の学校の先生方が楽譜を取り寄せ、情熱を込めて生徒に教えていたことを知りました。ある教え子は「先生から、この歌は将来『君が代』に代わる国歌になると聞かされた」と言っています。また、今でもこの歌を毎年歌っている学校があることも知りました。この歌は本当に多くの人々によって歌い継がれ、語り継がれてきたことを実感し、本を出版することにしました。

―――「われら愛す」は「君が代」に代わる国歌にしようと作られ、多くの人たちに受け入れられたと聞きますが?
(生井さん)はい、「われら愛す」は1953年に壽屋(今のサントリー)がフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のような歌をと全国民に呼びかけてつくられました。応募総数作詞約5万点、作曲約3千点の中から選ばれました。壽屋は大々的に宣伝し、全国14の主要都市で発表会を行いました。会場はどこも超満員でした。宝塚歌劇団もこの歌のレビューをその年と翌年に1ヶ月間ずつ公演し、ラジオも全国放送で毎日流しました。
本を出版した後も、また全国の多くの方々からお便りをいただき、この本を読んで「われら愛す」を歌い始めた合唱団、サークル、集会などたくさんあることを知りました。

―――「われら愛す」が多くの人たちから受け入れられたのは、戦後の改革の中で多くの人たちが民主主義や平和を象徴する国歌を望んだ結果だったのでしょうか。
(生井さん)はい、そう思います。歌詞は美しい日本語で格調高く、内容も平和と民主主義を歌い上げていてすばらしいという人が大部分でした。また曲も壮重優美で、国民歌にふさわしいものでした。一方、当時は朝鮮戦争や、自衛隊の前身である警察予備隊の創設、レッドパージなど、戦後改革に逆行する動きが始まっていた時期ですので、そのことへの危機感から民主的な国歌を求める声もあったのではないでしょうか。

―――やがて「われら愛す」はあまり歌われなくなったそうですが?
(生井さん)はい、そうなのです。ラジオでも流されなくなり、私も忘れていました。当時はアメリカのポップスやジャズなどの全盛時代、多くの若者がこれにはまっていました。また政府の政策により、人々は早く敗戦のどん底から抜け出して、経済的に豊かになりたいという意識が強くなりはじめていました。「君が代」を復活させようという力が学校を包囲しはじめたのもこの頃です。そのために、戦前の国家主義的な「君が代」に代わる民主的な国歌をつくろうという精神的な基盤が弱められていったのかも知れません。

―――日本人はブームに流されやすいという面もあったのでしょうか。
(生井さん)はい、たしかに日本人は付和雷同性が強いし、まわりに合わせがちという面もあると思います。私も教員をしていた時に、生徒たちと、日本人の特徴の一つに「みんなで渡れば怖くない」という集団主義があると語り合ったこともあります。    
しかし、「われら愛す」が歌われなくなったこととは、あまり関係ないと思います。

―――生井さんが「われら愛す」の本を出版したことを契機に、いままたこの歌を広げようという人たちが現れているとのことですね。
(生井さん)はい、そうです。合唱団の持ち歌の一つにしたり、憲法の理念を広げるいろいろな集会の場で歌っていると聞いています。この歌は平和と民主主義実現への闘いを音楽で表現したものであり、この歌を歌うことは50年前に新しい国歌を求めて立ち上がった先達との想いを共有しようという思想運動だと思っています。私も憲法9条を守る運動の中で、この歌を広げていきたいと思っています。

―――本日は興味深いお話をありがとうございます。ともに憲法とその理念をひろげていきたいと思います。

われら愛す(新国民歌)
(1953年)

作詞=芳賀秀次郎
作曲=西崎嘉太郎
編曲=高浪 晋一

1、
われら愛す
胸せまる  あつきおもいに
この国を  われら愛す
しらぬ火  筑紫のうみべ
みすずかる 信濃のやまべ
われら愛す 涙あふれて
この国の  空の青さよ
この国の  水の青さよ

2、
われら歌う
かなしみの ふかければこそ
この国の  とおき青春
詩(うた)ありき 雲白かりき
愛ありき  ひと直かりき
われら歌う おさなごのごと
この国の  たかきロマンを
この国の  ひとのまことを

3、
われら進む
かがやける  明日を信じて
たじろがず  われら進む
空にみつ   平和の祈り
地にひびく  自由の誓い
われら進む  かたくうでくみ
日本(ひのもと)の きよき未来よ
かぐわしき  夜明けの風よ


◆生井弘明(なまい ひろあき)さんのプロフィール

1934年生まれ。元東京都立高校教員。
2005年、『「われら愛す」−憲法の心を歌った“幻の国歌”』を出版。



 
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