法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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もう一つの平和憲法の国=コスタリカに学ぶ

2005年8月8日
伊藤千尋さん(朝日新聞社「論座」編集部)
「映画 日本国憲法」が劇場公開されました。いま、劇場公開記念企画「憲法の話をしよう。私がおもう憲法9条のこと」(主催:シグロ、後援:マガジン9条)も行われています。そのトークショー(7月10日)での伊藤千尋さんのお話を紹介します。

今日、私はコスタリカの話をしたいと思います。
私は去年の4月までアメリカ・ロサンゼルス特派員をしていました。私がロサンゼルスに赴任したのは2001年8月でした。「9・11」のテロが起きたのはその2週間後です。あの日の光景をいまだに覚えていますが、ロサンゼルスの中心部がゴーストタウンになって人ひとり、車一台通らなくなりました。次のテロはロサンゼルスだという噂が立ったからです。それからアメリカ社会は急速に変わっていきました。悪く変わっていきました。人々が監視しあう社会になり、人々は人を見たら泥棒、テロリストだと思うようになっていきました。そして何事につけ愛国者ということが強調され、ブッシュに従わないものは非国民だというような言い方がされ、そんな嫌な国に変わっていきました。その様子をみるにつけ、私は日本をそんな国にしたくないと思いました。

アメリカの有志連合国になるのは憲法違反

その一方で、私は逆に日本をこういう国にしたいと思う国がありました。それがコスタリカです。コスタリカという国はとても小さい国です。中米の国ですが、この世界で平和憲法をもっているのは日本とコスタリカの二つだけなんです。何が平和憲法の定義かというと、戦争を放棄するということと、加えて軍隊を持たないということです。
ところが、コスタリカは日本とは違います。私は20年前からコスタリカに何度も行き取材してきましたが、大変存在感があり、存在感がどんどん増している国です。私は日本が見習うとすればこういう国だと思います。
今年2月、コスタリカから一人の大学生が来ました。ロベルト・サモラ君という学生です。この学生は2年前にイラク戦争がおきた時にコスタリカ大統領を憲法違反で訴えたんです。イラク政権に対してブッシュ政権が戦争を始めた時、コスタリカの大統領がそれに賛成だと言っちゃったんです。そうしたらホワイトハウスのホームページにコスタリカもアメリカの有志連合国だと書かれた。これに対してロベルト君が文句を言った。彼は平和憲法がある国でアメリカの戦争に大統領が賛成するのはおかしいと思って大統領を憲法違反で訴えた。その訴えが通って去年の9月、憲法裁判所が大統領は憲法違反とし、大統領の発言は憲法違反だからなかったことにした。それからさらに大統領に対してホワイトハウスに連絡して、アメリカの有志連合国ということを削らせよという命令を下したんです。コスタリカの大統領がどうしたかというと、これは日本の首相と違うところで、すぐに裁判所の決定に従い、ホワイトハウスに連絡して、すまんがうちの名前を削ってくれと言った。そうしたら実際に削られました。
ロベルト君が日本にやってきまして、そのときに憲法違反の裁判を起こすのは大変ではないかと聞きました。するとロベルト君は2週間で訴状を作ったと言うんです。2週間で作ったなんてすごいなって聞いたら、ぜんぜんそんなことはない、コスタリカでは当たり前だと言う。コスタリカでは別に訴状なんて書く必要はない、電話一本で憲法訴訟ができるんです。コスタリカでは憲法訴訟が一年間で約12000件です。簡単にやれるんです。訴えた人の最年少はなんと8歳です。小学校の2年生です。小学校の2年生がなんと憲法違反を裁判所に訴えることができるんです。それはどういうケースか聞いたら、学校の教育環境が整っていないということでした。「もしもし憲法違反です」(笑い)というようなことができるんです。そういうことができるということは小学生がすでに憲法の感覚を身につけている、すごいと思いませんか。そして、もし何か権利が侵されたら、どこに訴えるかも知っている、しかも行動する、実践するということです。コスタリカでは法律が身近にあるわけです。そしてみんなが法律を使うわけです。そういう社会になっているのがコスタリカなんです。

平和憲法を持っている国は周りの国にも平和を広げる

コスタリカが平和憲法をつくったのは1949年です。なぜつくったか。コスタリカは当時内戦で約2000人が死んでしまったんです。もう二度と内戦になってはいけない、そもそも軍隊があるから戦争になるんだ、軍隊がなければいくらけんかになっても戦争という方向にはならないだろう、ということで軍隊を廃止することを決めたんです。1980年代、中米の国の多くは内戦をしていました。ニカラグアやエルサルバドル、グアテマラなどみんな内戦をしていました。そういう中でコスタリカだけが平和を維持していた。そしてコスタリカはその時、永世非武装積極的中立宣言をしました。自分の国は中立なんだ、永久に非武装なんだということと、そして自分の国の領土をほかの国の内戦に使わせないということを示しました。すごいのは「積極的」ということです。自分の国だけ平和でよければいいということではなく、コスタリカは積極的に他の国に出て行ってその国の内戦を終わらせるという姿勢を示したんです。アリヤスという大統領は隣のニカラグアの内戦を終わらせようと、その政府側とゲリラ側に対話をすすめ、そして実際に内戦を終わらせたんです。さらにその隣のエルサルバドルにも行ってその内戦も終わらせました。さらにその隣のグアテマラに行って内戦を終わらせる道筋をつけました。3つの国の内戦を全て終わらせてしまいました。そして彼は1987年のノーベル平和賞を受賞しました。これはすごいことです。彼の考えは、自分の国だけが平和ではだめで、平和憲法を持っている国は、周りの国にも平和を広めるということでした。

教育を充実させ、憲法を使い方を生徒に討論させる

もう一つ、私がコスタリカをすごいと思うことは、コスタリカが軍備を捨てたとき、その費用を教育に充てたということです。コスタリカは「兵士の数ほど教師を」というスローガンをつくり、1949年以来、半世紀近く、コスタリカでは国家予算の2割から3割が教育予算なんです。コスタリカは傑出した教育国家になりました。コスタリカの10人に1人は教師の免許を持っています。中米の国はいわゆる途上国です。読み書きできる人は多くありません。小学校にもいけない人が多い。ところがコスタリカだけは識字率がほとんど100%です。中米地域でトップです。
私はコスタリカに行くたびに小学校、中学校、高校を覗くんです。すごいと思うのは、学校では生徒自身に対話をさせるんです。対話をさせて生徒が自分たちの頭で考えるんです。そういう教育をちゃんとやっている。日本の場合、先生が、これが正解でこれは間違い、あるいは丸暗記しろ、なんていう教育をするわけですが、コスタリカは違います。例えば高校の憲法の授業では、先生が、高校を出て就職する人もいるでしょうが、会社に入ったらリストラにあうかもしれない、皆さんがリストラにあったらどうしますか、そのときに憲法をどう使ったらいいですか、と聞くわけです。すると生徒達は、さて憲法をどう使おうかと話し合う。憲法には基本的人権がある、労働権がある、リストラにあったら自分も食えなくなるし、家族も養えなくなる、それは憲法違反じゃないか、だったら基本的人権を使って訴えられるじゃないか、労働権を使って訴えられるじゃないか、そういう話をバンバンする。そういう話が一通り終わってから先生が出てきて、リストラにあった人が裁判でこういうふうに憲法を使ってたたかったということを言う。実践的なわけです。憲法というもの、あるいは法律というものは神棚に飾っておくものではない、憲法は自分たちのためにある、国民のためにある、ということを小・中・高とやっているわけです。すごいです。コスタリカでは、喧嘩がある、紛争がある、そのときは対話で解決するんだ、暴力をふるうとまた暴力が生まれるんだ、対話が結局は一番の決め手なんだということを小さいときから教える、そういうことをやっているんです。

社会がおかしいと思ったら、それをくつがえす

いま日本国憲法の平和主義について、そんなのは時代遅れだ、非現実的だという意見がありますが、決して非現実的ではありません。現に中米の小さな途上国が平和主義を実践しています。非現実的だと言う人こそ非現実的です。国の予算というのはその国の哲学の現れです。いまのアメリカは教育費や福祉を削り、それを軍事にまわしている。それに追従しているのが日本です。そういう国に私たちの日本をしたいのか、それとも軍事費を削って教育費にまわす、そして自分たちの平和を守り、加えて周りの国も平和にしていく、みなさんどっちがよいと思いますか。
日本の政治家は日本も普通の国にならなければならない、普通の国は軍隊を持っている、と言いますが、どうなんでしょうか。ロベルト君が来日した時の話しのなかで言っていました。コスタリカは普通の国です。どう普通かというと、子どもたちが野原で遊んでいます、と言いました。そうか、考えてみれば日本の子どもは野原では遊べません。ゲーム機で殺せーとか言って遊んでいる。これって普通の国じゃないですよね。普通の国っていうのは子どもがわいわい遊ぶ国です。軍隊を持っている国が普通の国なのではありません。よその国が攻めてくる、だから軍隊を持たなければいけない、そういう発想をしていくとどういう国になるかといえば、いまのアメリカみたいの軍事優先の国になっちゃうんです。いやな社会です。
ただそのアメリカも変わっています。アメリカだってずっと今のままじゃないです。イラク戦争が始まる時、ニューヨークで38万人のデモがありました。ロサンゼルスで10万人、サンフランシスコは市の人口の3分の1である25万人でした。その後ブッシュが大統領に再任されたとはいえ、就任時の支持率は50%を切っています。アメリカの歴史で最低です。アメリカの市民も愚かではないですからだんだん変わっていきます。社会がおかしいと思ったら、それをくつがえす力があります。ベトナム戦争でもそうでした。そのとき、この日本だけがブッシュだけについていって、その小泉首相についていって、あっと気がついたら、日本だけが孤立しているということになりかねません。
私たちは理想を忘れていないか。自分自身の理想、社会の理想、そういうものを持っていたいと思うんです。コスタリカは理想を掲げてそれに邁進しています。そして憲法や法律を自分たちで使っています。日本は理想なんて非現実的だと言って忘れちゃっている。
日本では法律は自分達を縛るものだと思いがちですが、そんなことはありません。憲法が縛るのは政府です。憲法は国民が使うものです。日本国民は日本国憲法を自分たちの憲法とは思ってこなかった面があります。たなぼたで降ってきたように思っている。そしてそれをまた棚上げして使わない。使わなかったら、じゃあいらないんじゃないかという発想になってしまう。我々は憲法を使うべきです。憲法に定められている人権がいま満たされているかと言えば、そうじゃない。それぞれの人が自分の置かれた場で憲法を考え使っていくべきです。

過去の戦争被害者と人類に託された平和憲法

私は世界65カ国で取材をしてきましたが、どこの国の人でも、みんなヒロシマ・ナガサキを知っています。どこの国の本屋さんに言ってもその国の人が書いたヒロシマについての詩集があるんです。日本は広島・長崎に原爆を落とされた、そういう惨禍を経験した国だということは世界中の人々が知っている。いっぺん地獄に落ちたと思われています。原爆って人類史上最大の悪ではないか。それに対して、日本が平和憲法を持っているということはほとんど知られていない。日本がもう一つ持っているその平和憲法、これは人類史上最大の善です。人類はたしかにこれまで争ってきた。20世紀は戦争の世紀だと言われれますが、同時に人類はなんとか戦争を終わらせよう、なんとかみんなで一緒に生きて行ける、そういう社会を作り出そうという努力もしてきたわけです。
200年前、ドイツの哲学者カントは「永遠の平和のために」という本を書きました。永遠に平和になるためにはどうしたらよいか、いろいろ条件をあげました。第一条件は軍備をなくすことです。二番目は侵略戦争の放棄。三番目は共和制。四番目は国際調停機関の設置です。カントの夢は200年にして全部叶っているんです。日本に平和憲法ができた時点で叶ったんです。
いまそういう憲法は押しつけられたものだからなくそうと言われています。私は押しつけられたとは思っていませんが、仮に押しつけられたとするならば、それは人類から押しつけられたんだと思います。この憲法を私たちにくれたのは人類です。それは非業の死をとげた人、戦争で死んだ兵士、そこで難民となって飢えて死んだ人、あのアジア太平洋戦争で亡くなった人、日本の兵士、中国で、あるいは太平洋の島々で亡くなった人々などの思いが平和憲法に結集している、私たちはそれを託されている、それを私たちが簡単に捨ててよい問題ではない、そんなことをしたら人類に申し訳ない。そう思いませんか。
平和憲法は宝物です。日本は原爆という人類史上最悪の物と平和憲法という人類が求めた宝物の両方を持っている。この二つを持った者としてアピールしていく、自分達が平和であるだけでなく、まわりの国も平和にしていく、そういう努力をしてはじめて、周りの国から尊敬される国になるんだと思います。コスタリカは周りの国から実際に尊敬されています。

自分自身が誇りを持った生き方をする

コスタリカで私は普通の市民に尋ねるんです。どこかの国から攻められたらどうするんですか。皆が言うのは、我々は平和をつくる努力をしてきた、我々の国が攻められるなんてことはありえない、と言う。みんな自信を持っているんです。普通のスーパーの店員、女子学生、八百屋のおじいちゃん、みんな自信をもって答える。そしてみんな自分の国に誇りを持っている。いま私たちは私たちの政府に誇りを持てるか。持てません。でも日本に誇りをもてないかと言ったらそんなことはない、私は誇りが持てる国にしたい、誇りがもてる社会にしたい、そして自分自身が誇りを持った生き方をしたい。
いま、中国や韓国で反日のデモがあったりします。日本は全然尊敬されていません。日本は自分だけ金持ちになって、かつての戦争のことは忘れてしまって、そんな国は誰も尊敬しません。日本がどうしてお金持ちになったか、それは朝鮮戦争で儲け、ベトナム戦争で儲け、だったら少しはお返ししなければいけない。日本が誇れることはこの60年間戦争をしてこなかったということです。これは誇れる。この唯一の誇りをなくしてよいのか。
憲法を変え軍隊が海外に出て行ったら、よその国から日本も軍隊があって他の国と同じような国だと認識されるでしょうが、決して尊敬される国にはならないでしょう。それどころか人類に申し訳ないことになる。しかし、まだ間に合う。この国を本当にアジアに、そして世界に誇れる国にしたいのか、そして自分自身が誇れる人間でありたいのか、いまその選択の時期なんだと思います。

<*見出しは編集部>

◆伊藤千尋(いとうちひろ)さんのプロフィール

1949年生まれ。1974年朝日新聞社に入社。長崎支局、筑豊支局、東京本社外報部等を経て、1984年〜87年サンパウロ支局長。帰国して社会部員、「AERA」創刊時の編集部員の後、91年〜93年バルセロナ支局長。その後、NGO国際協力チームなどを経て2001年〜2004年4月ロサンゼルス支局長。現在は「論座」編集部。
 「朝日ニュースター」キャスターや「アジア記者クラブ」代表も務めた。
 紛争の現場に果敢に入り核心を伝える報道姿勢と、70か国近くの豊富な取材経験にもとづく明快な語り口には定評がある。
 主な著書は「燃える中南米」(岩波新書)、「観光コースでないベトナム」(高文研)、「フジモリの悲劇」(三五館)、「狙われる日本―ペルー人質事件の深層」(朝日文庫)、「闘う新聞―『ハンギョレ』の12年」(岩波ブックレット)、「歴史は急ぐ―東欧革命の現場から」(朝日新聞社)、「人々の声が世界を変えた!―特派員が見た『紛争から平和へ』」(大村書店)など多数。
 
公式サイト http://homepage1.nifty.com/CHIHIRITO/


 
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