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「われらの」日本国憲法

2005年7月18日
池田香代子(翻訳家、「やさしいことばで日本国憲法」著者)
<伊藤塾「明日の法律家講座」(6月27日)での講演から抜粋>

・・・
憲法には英文憲法があって、それも正式のものなんだそうです。英語の憲法を読んでみると、いろいろな発見がありました。日本国憲法前文は「日本国民は」から始まるんですが、その英文は「We」で始まるんです。「We, the Japanese people」、つまり「われら日本国民は」と始まっているんです。日本国憲法前文には他にも「われら」という言葉がでてきますが、だったら最初のところも「われら日本国民は」で始めて欲しかった。そうすれば前文から103条までの全てが「われらの」憲法なんだということがはっきりしましたから。
私は「We」を見てびっくりしたんですが、それはなぜかということです。私は憲法と聞くと聖徳太子の17条憲法などを連想し、そこに書いてある「和をもって尊し」などのように偉い人が上から言ってくれる格言なようなものだという感覚があったからなんです。
でも考えてみたらそれは違いますよね。近代の憲法のおおもとはイギリスのマグナ・カルタだということを学校で習いました。王様が自分の無駄遣いの穴埋めのために大増税をすると言い出し、議会がそれに反対して王様の構想を取り下げさせた。そしてもうこういうことはしないという約束証文を書かせた。それがマグナ・カルタです。そのような約束証文の束が21世紀になってもイギリスの憲法の代わりになっている。つまり、権力に対して私たちが箍をはめる道具が憲法なんです。それが立憲主義という考え方なんです。

私は憲法について最初に連想したのが聖徳太子だったことを恥ずかしく思っていたんですが、こういうことは決して私だけではないようなんです。
皆さんに自民党のホームページの憲法調査会のページを覗いていただきたいと思います。その議員の皆さんが憲法についての自分たちの考えを明らかにしています。少しだけ紹介します。
「よい家族こそ、よい国の礎である。特に、女性の家庭をよくしようというその気持ちが日本の国をこれまでまじめに支えてきたと思う。家庭を大切にするということ。ドイツの憲法には、「婚姻および家族は、国家秩序の特別な保護を受ける」と書いてある。こういう書き方もあるし、「国民はよい家庭をつくり、よい国をつくる義務がある」ということを書くことが可能であれば書いて頂くとか、ぜひ家族を強調して頂きたい」(熊代昭彦衆議院議員)
「今の日本を見たときに、若い人たちの国に対する帰属意識というか、日本の人は全く国のことを意識しないでものを言うという感じがしており、国を愛するとか、国の帰属意識というのが全くない若者が育ったなと、こういうふうに思う。その原点は何だろうといったときに、憲法9条で、戦争は放棄するんだ、とにかく平和を追求するんだと、平和ボケにするような主張ばかりが書いてあって、国が攻められたら守るんだぞということをはっきり言わないと、日本の国の一員なんだとか、その日本を愛するんだということにつながってこないのではないか。今の変な若者が育ったということの原点を直す必要があるわけで、国を守る、そのために軍隊を持つ、防衛隊を持つと、そういったことははっきり主張しておいたほうがいいのではないか」(奥野信亮衆議院議員)
熊代議員は女性が中心となった家庭、つまり専業主婦のいる家庭しか頭にないようですが、そんなことを憲法に明記したら、憲法に違反するような人がいっぱい出てきてしまいます。奥野議員は若者の国への帰属意識が足りないと嘆いているんですが、憲法には自分の頭の中にある理想を書くものではないですよね。憲法は法律であって道徳律ではないんですが、自民党の人たちはそう理解していない。何かありがたいことを憲法に書き込むことによって社会がよくなると思い込んでいる。でもそういうことではないと思うんです。

私は日本国憲法に対する批判を調べてみました。そうすると、現行憲法は戦後すぐ、人々が呆然自失していたときにGHQに否応なしに押し付けられたものである、そのたたきだいはアメリカがいろいろな国の憲法をつぎはぎして1週間あまりでつくったものである、だいたいこんなものでした。
私はこうした批判が当たっているのか調べてみました。すると戦後すぐ、人々はいつまでも呆然自失していたわけではありませんでした。みな大変だということで働きました。呆然自失していたなんで言ったら当事の人々に失礼です。当事の人々は働くだけでなく、政治的社会的な問題にも活発に発言していました。首都圏では15万人もの人々がデモをする状況の中で憲法が公布されました。現在と比べようもなく少ない交通網や情報量の中で、当事の人々がどれほど元気だったかということです。
アメリカ人が憲法のたたきだいを1週間でつくったということは本当です。ただ、憲法が1週間でできるはずはありません。そんなことができたら手品です。手品には種があります。たたきだいにはそのたたきだいがあったんです。その当事民間から様々な憲法案が出されていました。そのうち鈴木安蔵さんの憲法研究会が1945年12月に発表した憲法試案「憲法草案要綱」は大変民主主義的な憲法だったんです。GHQはこれに注目し、全文を翻訳し、その評価をしたラウレル大佐が1946年2月にGHQの憲法を作成するチームの中心に座ることになったんです。したがってラウレル大佐は鈴木安蔵さんのたちの試案の内容をよく知っていたんです。ですから、その後つくられた日本国憲法はそのために鈴木安蔵さんたちの試案と実際によく似たものになっています。

私は鈴木安蔵さんの試案を見て、すごく不思議な思いに駆られました。それはGHQの憲法案に似ているだけでなく、それ以前のものとも似ていたからです。明治の自由民権運動の中でも様々な憲法案が出されましたが、その中で土佐の植木枝盛が書いた憲法案である「東洋大日本国国権案」にもよく似ていたからなんです。鈴木安蔵さんは憲法史の研究者でしたので、植木枝盛のこともよく知っていたんです。鈴木安蔵さんは植木枝盛の案をはじめ自由民権運動の中で生まれた様々な憲法案を参考にし、また様々な国の憲法を参考にして憲法試案をつくったんです。
植木枝盛の憲法案は現実にはなりませんでした。でも、すぐれた思想というのはいったん生まれ落ちると絶対死ぬことはないんです。私たちの歴史と一緒に、目に見えないところで伏流水のように走ってきてくれる。そしてチャンスだと思うと地上に噴き出してくるんです。植木枝盛の憲法思想は鈴木安蔵の憲法史研究という井戸の底から戦後噴き出したのです。
私は、日本国憲法は私たちの憲法思想の本流に位置していると思います。日本国憲法ができる過程でアメリカが関わったとしてもその思想そのものは私たちの憲法思想史の本流を汲んでいるんだと思います。
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◆池田香代子(いけだかよこ)さんのプロフィール

専門はドイツ文学翻訳、口承文芸研究。「世界がもし100人の村だったら」がベストセラーとなり、印税で「100人村基金」をつくり、難民救済などの活動もしている。翻訳に、「やさしいことばで日本国憲法」、「ソフィーの世界」(ゴルデル)、「夜と霧 新版」(フランクル)、著書に、「哲学のしずく」等多数。98年、「猫たちの森」で第1回日独翻訳賞受賞。


 
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